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「焼きたてのナン」


「一番好きな食べ物は?」という世界一の難問には、「そのとき食べているもの」と答えることにしている。

そのくらい、日本中の食べ物は甲乙つけ難いくらいなんでも美味しい。
苦手な食べ物はわかっているから口にしないし、花粉を食べない限りアレルギーもない。


そんな私の今日の好物は、焼きたてのナンである。

焼きたてのナンが私の「一番好きな食べ物」の座に躍り出たのは、何も今日が初めてではない。
日本全国に数多ある、インネパ系カレー屋さんに行くたびにそうなるのだから。

……本筋から逸れるが、日本にあるインネパ系料理屋さんというのは、どうしてああも似通っているのであろうか。
私がお邪魔するのは大抵ランチタイムなので、ランチメニューを比較しての感想である。

セット内容が、

・サラダ
・カレー(1種〜3種、種類によってお値段変化)
・ナンorライス(あるいは両方)
・飲み物(別料金なことも。ラッシーは必ず)

と大体こんな感じ。値段は1000円前後で、カレーを何種類選ぶかとか、チキンティッカをつけるか、ナンをチーズナンに変更するか等で変動。日替わりカレーを選べばちょっとお安めな一方、大体バターチキンカレーは他より高くて別セット。

そして何より、ナンとライスはおかわり自由。

これを読まれている方に一度でもインネパ系カレー屋でランチを食べたことがある方がいれば、大体このような感じではなかっただろうか。

こういうお店は本当にどこにでもあって、私の暮らす片田舎にも、都会の方にも抜け目なく分布している。私がランチをするエリアを半径500mくらいの円で描けばその中に少なくとも4店舗、前述の特徴に該当する店あり。かと思えば最寄駅付近に3店舗、隣の駅付近にも3店舗……

そんなことある?

いや、もちろん全部が全部同じというわけではない。
カレーのラインナップはお店によって微妙に異なるし、チーズナンのないお店もチキンティッカのないお店もある。物価高に伴い値上げするお店も多いから値段には差があるし、おかわりの回数を制限しだすお店もよく見るようになった。
しかし、そうだとしても微妙な差がすぎると思うのは気のせいか。

使っている金属製の食器が全く同じだったところもあるし、ナンの大きさが特大なのもお約束。初めの頃は度肝を抜かれた巨大なナンの登場だって、今となれば予想通りである。

サラダにかかっているオレンジ色のドレッシングも同じだけれど、これはインドではポピュラーなドレッシングなのだろうか?自宅でも食べられたら嬉しい。

こういう時は文明の利器で検索である。
「インド料理屋 ドレッシング」で検索……

え……っ

「謎ドレッシング」って言われてる…

みんな、あの謎のオレンジ色のドレッシングが謎にどこでも同じで、それでいて謎に美味しいことに気づいていたのである。そして謎なだけに名前もついていないし、レシピも謎だからリケンさんが頑張って再現したと思われる。

果たしてなぜこうも被るのか。
陰謀論者ではないけれど、謎の組織の一つや二つ仮定してみたくもなる。
日本に溢れるインネパ系カレー屋の謎…
真相は藪の中である。


……話を戻す。
結局のところ、私にはそんなことはどうでもよいのである。インネパ系カレー屋のメニューが酷似していることの裏に、深い歴史があろうと、興味深い民族性があろうと、壮大な陰謀があろうと。私は行くから。

今日のお店は、数多あるインネパ系の中でもほんのわずかな違いをもって、私のお気に入りのお店なのである。

薄暗い雑居ビルの階段を上がり、営業中なのか否か外からでは判然としないドアを開ける。
ドアベルの音に迎えられるも、電気がついていないと思われる明るさの店内に、店員さんの姿は見えない。進んでいくと、ベランダで電話中の方が一名、厨房に一名。
厨房の方に顔を覗かせてから、席につく。

いくつかあるセットメニューの微妙な違いは知り尽くしているので、すぐに注文すると、間髪入れずサラダが到着。
このサラダは相当数作り置かれ、直接上にタオルを被せられた状態で入り口付近に置かれていたものであることを知っているが、タオルの衛生状態も、野菜の鮮度も、私が気にすることはない。

おいしいので良し

これが例のドレッシングである。甘めでありつつ酸味もある、どろっとしたやつ。
名前もついていないくせに多くの人に求められる、魔性の魅力がここにある。


サラダを食べ終わってしばらくすると、メインの到着である。

ナンとも幸せな絵面だ

今日はサグパニールカレー。今日はというか、いつも。パニールとはインドのチーズ的なものらしいが、食べた感じは乳製品っぽい豆腐、という感じである。
それとしょうがが入っていて、ベースはサグというからには多分ほうれん草。
…正直ほうれん草はあまり感じないけれど。
好きなのかと訊かれれば正直よくわからないけれど、なぜかいつも注文してしまう。

そしてなんといっても、ナン。ダジャレと言われようが結構だ。私はナンが大好きなのである。大きな皿から完全にはみ出た、焼きたてのナンの持つ魅力は抗いがたいものがある。ふわりと香る小麦粉の香り、つやつやとしたギーの輝き。焦げ目好きな私には、焼きが強めのこのお店のナンはぴったりである。
触れないほどの熱々さに胸をときめかせながら、パリパリの部分を一口。香ばしさが一気に口中に広がった。
次いで分厚い、モチモチの部分を。弾力ある食感を楽しみながら、鼻に抜ける小麦の風味を感じる。

まさに至福のひとときである。

巨大なナンは、その大きさに見合わないスピードで私のお腹に収まっていく。ちなみに私はナンにカレーをつけることはほぼなく、ナン単体で食べる。カレーがなくなったらナンが食べられない、という問題点がない一方で、カレーの量というリミットなく、永遠にナンを食べ続けられてしまうというリスクを孕む。当たり前である。
そして、ナンを食べる気でここに来た私には当然、一枚で終わりという選択肢はない。ここはナンおかわり自由、ナン好きの夢の王国なのだから。

厨房のおじさんにジェスチャーでナンのおかわりを頼む間にカレーを食べる。ここのカレーは水分が多く、スープ感覚。私に言わせればこれが完璧なペース配分なのである。

そして、小さな球形のデザートに手をつける。
写真の左の方、存在感を消して待機していた、これ。

何かわかるだろうか

私の知る限り、この手のお店でデザートがつくことは珍しい。だから初めて来店した時、これが何かすぐにはわからなかった。
しかし急に、以前YouTubeで見た記憶が蘇り、まさかと思いつつ検索をかけると、やはり。

「世界一甘いお菓子」……グラブジャムンである。


世界一などという枕詞がつくものが、普通の料理の一環として出てくることが信じられなかった。それこそYouTuberのように、物珍しさから試す人がいるくらいだろう。それに、物には限度というものがある。世界一甘いものが美味しいとは到底思えない。やりすぎに違いないのである。

ところがどっこい、おそるおそる食べてみると、意外と美味しいのだ。
特段驚くほどというわけでもないが、甘さも嫌な甘さではないし、普通。言われなければ世界一甘いとは全く思わない。
それ以来、お手軽になんとなく世界一を体験できるメニューとして、私の中で高評価なのだった。

世界一の甘さに舌鼓を打っているうち、ナンのお代わりが到着した。再び焼きたてが食べられることに、ひとり狂喜乱舞する。

以前は、この手のお店には友人と来ていた。
おっかなびっくり店のドアを開け、独特の雰囲気とか、店のテレビでエンドレスで流れ続ける謎のインドの映像とか、初めて見るメニューに、二人で釘付けになった。
しかし慣れると、問題が発生した。
私がナンを食べすぎるのである。
私が次々にナンをお変わりする中、どの友人も一枚でお腹がいっぱいになり、「気にしないでいいよ」と言いながら私を待っている。
それに私が耐えられなかった。
私が一人で来るようになったのは、それからである。

一人で食べるナンに、枚数制限はない。
会話するために口を開く必要もなく、目を閉じてナンの味を感じる。
無愛想に見えるけれど気前のいい、インドかネパール人のおじさんが、このナンをタンドール窯で焼いてくれてからものの数十秒。私のために焼かれた焼きたてのナンが、目の前にある。全身でこのありがたさを浴びる。

今この瞬間に、カレーも、友人も要らない。
私とナンがあるだけである。


ああ、今日誰にも好きな食べ物を訊かれなかったのが残念だ。
訊かれたら、すぐに答えたのに。

「焼きたてのナン」

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