見出し画像

クリスマスの特別メニュー♡(地獄の)

こちらは、「稀人ハンタースクール Advent Calendar 2023」に参加するために書いたエッセイです。カレンダーをクリックすると、「クリスマス」をテーマにした書き手のnoteを見ることができます。

今日は12月17日。クリスマス・イブまでちょうど1週間だ。

ふらっと入ったスタバの店内は赤と緑でコーディネートされていて、クリスマスソングがエンドレスで流れていた。7日後の本番に向けてしゃかりきに浮かれているみたいだ。

クリスマスウィークかぁ。昔はどんなふうに過ごしていたかなぁと記憶を辿ってみる。クリスマスツリーやイルミネーションを飛び越えて、ふわんと脳裏に浮かんだのは「薄暗い25mプールの熱気」と「酸素へのくるおしいほどの渇望」だった。

あぁ・・・・(笑)

クリスマスは、6泊7日の強化合宿

10代の頃、私はスイミングクラブの選手育成コースに所属していた。「甲斐は陸上よりも水中の方がイキイキしている」と幼なじみに言われるほど、泳ぐのが大好きな子だった。

ただ成績がよかったかというと、そんなことは全くなくて、むしろドベ。どドベ。チームには日本選手権に出場するほどの人もいたけど、私はただひたすら自己ベスト更新を目指して、日々、こなせない量の練習メニューに半べそになりながら挑む毎日だった。

「クリスマスの1週間」と聞いて思い出すのは、そんな水泳に明け暮れていた頃のことだ。

クリスマスを数日後に控えた12月下旬。我らスイミングクラブ選手一同は、毎年、6泊7日の冬合宿に入る。

普段練習しているプールを離れて、千葉の館山までバスを走らせる。市内の屋内25mプールを貸し切り、朝・晩と2部練習に打ち込むのだ。寝泊まりは近くの民宿で行う。下は小2から上は高3まで、コーチも一緒に1週間の共同生活だ。

練習は、ただでさえきついのに、合宿になると輪をかけてきつくなる。普段より量も質もコーチの怒号もマシマシだ。

1軍から3軍まで年齢・レベル別に分けられて、それぞれの担当コーチが毎回、練習メニューを考える。うろ覚えだけど、ある日の2軍メニューは例えばこんな感じ。

UP(ウォーミングアップ):100m×10本
K(キック練習):200m×8本
P(プル練習):200m×6本
F(フォーム練習):25m×10本×2セット
S(スイム練習※泳ぎ込み):200m×8本 or 100m×8本×2セット

トータル4,000m〜6,000mの練習メニューを大体2時間でこなす。これを1日2回。我ながらよくやってたなぁと思う。練習についてこれなかったり、チンタラやってたら容赦なく怒られた。2000年代初頭、まだゲンコツも平手打ちも飛んでくる時代だった。

コーチからのXmasプレゼント?

クリスマス返上で行う合宿の中で、忘れられない練習がある。というか冬合宿のことを考えると、その練習の思い出が強烈に蘇ってくる。それくらいきつかったのだ。もはや生命の危機と言ってもいいかもしれない。

それは私が中学2年か3年の冬合宿のことだった。

疲労も溜まってきた合宿4日目、クリスマス・イブの午後練習。いつも練習メニューが書き出されるボードを見ると「X'mas特別メニュー♡」と書かれていた。♡がむしろ空恐ろしかった。

UP(ウォーミングアップ)、K(キック練習)・・・といつも通りのメニューの中に見慣れない文字があった。

N.B :25m×10本(30s)

えぬ、びー・・・?

なんだろうと思いながらも、誰も何も突っ込まないので、結局、コーチにも聞くに聞けず、そのまま練習に突入してしまった。

とりあえずいつも通り練習に取り組むも、私は得体のしれない「N.B」というメニューが気になってしかたなかった。中身がわからないというのは怖い。プレゼントボックスだったらワクワクできるけれど、地獄の強化合宿にサプライズなんていらないよ。

絶対にいいもんが入ってない玉手箱を絶対にあけないといけない未来が数十分後にせまっている。恐怖だ。練習中はずっと、ぼやっとした不安が頭の片隅にゆれていた。

そうこうするうちに、ついにN.Bの番がきた。既に相当泳いでいたから、息も上がってるし、腕も足も乳酸がたまっていて重い。空気との温度差で、身体からは湯気があがるほどだった。もうすでにしんどい。

担当の女コーチが「はい、じゃ、メニューの説明しまーす」と飛び込み台に足をかけながら話し始めた。私はみぞおちにぎゅっと力を入れながらコーチの言葉を待った。ざわざわざわざわ。

「次、N.B、ノーブレね!ノーブレスト!クロール25m、息継ぎなし、10本!」

・・・え??

「スタートしてタッチするまで呼吸禁止だからね!」
「息したら、わかってんでしょうね?(グーポーズ)」

メンバーからは、ハッと息をのむ音や、ため息、ええ!という驚きの声まで、様々あがった。コーチはそんな私たちなんてお構いなしだ。むしろちょっと楽しそう?

「誰かが息を吸ったら、例え10本目でも、全員で1本目からやり直しだから、ねっ!」

中国の獅子舞に似て目力の強いコーチは、ギョロッとした目でプールの中の私たちを見渡した。コーチの言うことは王様以上に絶対だ。圧がすごいのだ、圧が。

そして最後に、コーチはふっと笑顔になって、こう付け加えた。

「ハッピークリスマース♡」

息を、吸いたい

想像してほしい。15秒間息を止めながら手足を全力でバタつかせて、終わって15秒後にもう一回同じことをする。それを10回も繰り返すのだ。

人生で「呼吸を禁止される経験」がある人はどれくらいいるだろう。しかも運動中にだ。なかなかいないんじゃないかな。とんだクリスマスプレゼントだ。サンタさんもびっくりだよ。

しかも連帯責任付き。自分が息を吸ったらみんなに迷惑がかかる。いつも練習で足を引っ張ってる私は、この時点で泣きそうだった。いや既に泣いていたかもしれない。鼻水も出ていたかも。プールの水と混ざってバレていなかったとは思うけど。

もちろんノーブレはただの根性練なわけではなく、レース終盤、身体がきつくても最後までしっかり泳ぎ切る気力と体力を養うものなんだけど、中学生の私はそんなの知ったこっちゃない。

死刑宣告を受けた罪人みたいな気分になってスタート位置についた。25m先が熱気で霞む。

「(針が)上になったらスタートねー」とペースクロックを指差してコーチが叫ぶ。みんなが唾を飲む音が聞こえた気がした。

10秒前、5秒前、4、3、2・・・

思いっきり息を吸い込んで壁を蹴る。全力で泳げばその分早く着いて休みも多くなるけど、体力が削られて呼吸も荒くなる。もちろんチンタラやってたらコーチのグーパンが飛んでくる。てゆうかそんなこと考えながら泳いでたら脳みそに酸素が取られて既に苦しい。あああ、25mってこんなに遠かったっけ・・・。

1本目が終わった時点で既につらい。苦しい。逃げたい。でも考える間も無くまた2本目が始まる。つらい。肺が酸素を求めて胃の上で暴れている。つらい。3本目が始まる。口から内臓が飛び出しそう。つらい。手足が上手く動かせない。4本目、休憩の10秒間でさえ上手く呼吸ができない。ああもう、つらい!

空気がほしい。
ただただ、空気がほしい。

酸素を求めて全身はもうはちきれんばかりだった。リアルに内側から爆発するんじゃないかと思った。

息を吸いたい。吸いたい。吸いたい吸いたい。吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたいすいたいすいたいすいたいすいたいすい・・・

5本目の途中で半ば無意識に呼吸してしまった時、やっちまった!と思ったけど、「人間だもの」と、瞬時にみつをの言葉が浮かんだ。当時学校で流行っていたのだ。人間だもの。息、吸いたいもの。

一呼吸だけじゃ、くるおしいほどの欲求はもちろん満たされないけど、その“ひと吸い”で身体中のヘモグロビンが狂喜乱舞しているのを感じた。ちょっと大げさだけどそんな感じだった。

5本目を終えて、プールサイドに手がつき顔を上げると、眼の前に“speedo”のサンダルがあった。見上げると、コーチがジロリと私を見下ろしていた。

「はい、イアンが吸ったので1本目からやり直しーーー!」

苦しさと申し訳なさとでまた涙が出た。

クリスマスに感じる、酸素のありがたみ

その後どうなったかはあんまり覚えていないけど、結局、私以外にも呼吸をしちゃった人はいて、何回かの「やり直しーーー!」の後に、みんなの限界を悟ったコーチが「終わり」にしてくれた気がする。

聖なる夜、酸素のありがたみを知ったクリスマス・イブだった。

その後も、高校を卒業するまでは毎年、クリスマス前後の1週間は冬合宿に参加した。毎回練習は超きつかったけど、楽しい思い出もたくさんできた。イブの夜はみんなでケーキを食べたし、まだサンタさんを信じていた小学生メンバーの枕元にコーチと協力して夜中にお菓子の袋を置いて回ったりもした。

ただ思い返して一番に浮かぶは、あのノーブレ練習のこと。きつかったなぁ。もう絶っっっ対にやりたくない(笑) 

あれから20年近く経つけど、あれほど刺激的なクリスマスの思い出はまだないね。まぁもう一回、同じようなのが来られても困っちゃうんだけどね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?