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「AIは心を宿していない」をやや深堀り

引用したnote記事「AIで死者は蘇るのか、AIは心を宿すのか」の文中、「AIは心を宿していない」という結論について。

AIはもちろん、"Artificial Intelligence"。
文字通り「人工知能」のことですね。

一方の「心」。
「心」とはなんぞや?

面倒くさい奴‥、などと思わないでください(笑)
きちんとした議論には、もし定義された言葉があるならそちらを使った方が得策なんじゃないか、と。
もちろんその定義も人によりけりだったりしますがね。

きちんと科学的に考える時に定義は重要です。

意識の定義とは?

システム工学が専門の慶応大学・前野隆司教授によれば、
心とは、
「知」(知覚・知的情報処理)、
「情」(感情・情動)、
「意」(意図・意思決定)、
「記憶」(記銘+想起)、
および「意識」という五つの機能の総体である、とのこと。

氏によれば、これらの内「意識」以外は現在のAIで部分的にせよ実現しており、できていなかったのが「意識」。
で、最後に残ったこの「意識」機能も、氏の提唱する「受動意識仮説」で実現可能とみなされる。

受動意識仮説とは、我々の認知活動の中では「無意識」が圧倒的に主体的な役割を果たしており、「意識」はそれに対して受動的な役割しか果たしていないとする仮説です。
その詳細な説明となると本稿では余るのでいずれ稿を改めますが、興味ある方は前野氏の本を参照してください(例えば「脳はなぜ『心』を作ったのか」、筑摩書房(2004))。

(※より専門的には論文がおススメ(「ロボットの心の作り方」、日本ロボット学会誌、vol. 23No.1,pp.51,2005)

では彼の定義する「意識」とは?

それは、1)モノやコトに注意を向ける働き、そして2)自分が<私>であると認識する再帰的な働き(自己意識)、の2つの機能にまとめられます。

厄介な「クオリア」の扱い

意見は分かれるところでしょうが、もう一度言うと前野氏によれば、AIによる「心」実現の最後の課題、「意識」機能の実現も、受動意識仮説により技術的に可能だということです。

私(種市)個人の意見としてはおおむね賛成です。
ごくわずか残った(いや、意外に大きいかも!?)疑問点については、別稿に譲ることとします。

ここで気になるのは、「意識」を語る時に付きまとう重要な問題、いわゆるクオリアに対し前野氏はどう言及しているのか、ということ。

「意識」に対する前野氏の定義は前節で述べたとおりですが、実は世の中にはもう一つ別の定義があります。
それは、「意識」はクオリアの集合である、というもの。

クオリアとは何ぞや?
茂木健一郎氏の挙げる例にならうと例えば「赤いバラ」。
花びらの赤い感じ、バラとしてのその形状、バラの香り、とげの痛み、などなど私たちの脳内に表象される、「赤いバラ」を構成する感覚の一つ一つ、それがクオリア。

このようなクオリアが如何にして物質たる脳などの神経系からその働きとして生じ得るのか、という問題はハードプロブレムとして知られます。

「知」、「情」、「意」、「記憶」それぞれについてクオリアが発生しています。
例えば「情」。

夕陽を見て、「美しい」とか「どこか懐かしさを感じる」などと感想を述べるAIは既に実現しています。

しかしそれはプログラムされたとおりに動作しているだけ、とも言える。
奴らの中に、私たちが心の内に感じているような美しいとか懐かしいとかの感覚(クオリア)が生じているのだろうか?

大いに疑問ですね。

でもね、実は我々人間の側にだって、クオリアの生じ方には多分にプログラミングの要素を見て取ることができます。

例えば‥
指先に針を刺したとします。

イテッ!

痛い、当然。
ところでどこが痛いですか?

「指先に決まってんじゃん!」
‥そう、「指先」当たりまえ。

しかし脳科学的には、それはそれほど当たり前じゃなかったりする。
その「痛み」を感じている指先に存在するのは「侵害受容器」(いわゆる「痛点」)。
そこには針の刺激を電気パルスにして神経に伝える機能があるのみ。
実際に痛みを感じているのは、あくまで脳の感覚野です。

指先で痛みを感じているのは、「感覚野での計算結果としてアウトプットされた痛みを、指先で感じるものとする」というプログラムが脳内にあるから。

もしそうじゃなかったら‥、なかなかゾッとする結果に。
痛みを感じた瞬間に、どこに異常があるのか体じゅうを探さなければなりません。
探しているうちに手遅れになるかも。

遠い昔には実際にそのような過程で手遅れになる生物種があり、生存に不利なため絶滅して、結果として異常箇所で痛みを感じるようなプログラムを持つ種だけが生き残った、と進化論的に考えることもできます。

という訳で、クオリアの発生機序には多分に「埋め込まれた(生来そなわった)プログラム」が関わっていると言えます。

そういう文脈では、AIも人間も大差ないのかも知れません。
けどさ、そうは言っても‥

奴ら(AI)の中に、人間が持つ独特の深淵なるクオリア、
夕日の空のオレンジ色の感覚、
夕陽の美しさへの感動、
一緒に眺めている恋人と共有するロマンチックな雰囲気、
子供のころ親と一緒に夕陽を眺めた記憶を呼び起こしこみあがってくる懐かしさや寂寥感、などなど

‥が存在するかというと、おそらくそれはなさそう(ないというか、判定できないので「おそらく」という修辞を付けた)。

前野氏自身はクオリアをあってなきがごとき幻想と捉えそれほど重大視していないとしつつ、物質たる脳の中でいかにクオリアが生じるかという機序の問題は未解決と言明しており、やはり問題は残る。

前述の通り世の中には意識=クオリア(の集合)と捉える流派もあり、やはりクオリアを脳内でいかに実現するかという問題は、少なくとも世間では「幻想」の二文字では片づけられそうにありません。

AIを駆使した故人との再会

このように未解決な問題はあるにせよ、AIやディープラーニングの技術を駆使することにより、特定の人物のしぐさのクセやしゃべり方など、個性や人柄に関わる部分をかなりの精度で機械で再現できるようになりました。

韓国で、今は亡き妻との再会を実現し今後の人生を生きていく希望を表明した男性の事例が報道されたことがあります。

日本でも一昨年、タレントの出川哲郎さんが既に他界している実母との再会を経験して心を動かされる様子が報道されました。
母親の死の間際、それを言うと死が近いのがバレてしまうから言えなかった「育ててくれてありがとう」の言葉を、今言うことができて良かったと、心の底から喜んでおられました。

(※唐突に育ててくれたことへのお礼を言うと死が近いことが伝わってしまうのでお礼の言葉を口にできなかった経験は、実は母の他界に際しての私個人の経験でもあります。
ですので出川さんのAIによる母親との再会の事例は本当に胸に刺さります。)

遺族が望んで故人との再会を果たすこのような事例とは異なり、美空ひばりさんのケースは、彼女が多くのファンを持つ国民的歌手であるという点でやや事情が異なります。
ファンは、美空ひばりさんの親族でないとはいえ、彼女に対してそれぞれなりの思い入れを持っているもの。
彼女の死そのもの、そしてAIにより歌っている姿を復活するとなればそれに対しても、千差万別・多様な感慨を持つことになると思われます。

好意的に受け止める層だけではないことは容易に想像できます。
もちろんこのプロジェクトを推進する側もそのことは重々承知しており、その上で敢行したと述べているので、少なくともこのプロジェクトに関しては全く無神経に、受け取る側への配慮なく行われたということではないようです。

AIによる故人との再会、その是非はあげて状況によるのであり、一概に判断されるべきものではない、と言えるでしょう。

グリーフケアの新たな可能性に向けて

ただ、東日本大震災の被災地の人々の、数々の霊体験を綴った奥野修司氏のルポ・「魂でもいいから、そばにいて」(新潮文庫(2017))にも見られるように、不条理に家族を奪われた遺族の方々の喪失感は深く、時間が経ってもなかなか癒されるものではありません。

例えば宮城県亘理町・亀井繁さんの場合。
妻と娘が見つかったのは、津波で流されてから2週間の後。
その間彼は風呂に入れなかった。
「二人が冷たい水に流されているのに、自分だけ温かい風呂に入るわけにはいかない」、と。

その後数年たっても、たまに妻が夢に出て来て、
「私がいないとつまんない?」とか
「信頼している。待っているから」
などと声をかけられた。

「今自分の生きる希望は、自分が死んだらあの世で妻と娘に逢えるというその想いだけ。その為には魂があってほしい。それなくして、何の人生か。」

私のPF理論はこの「魂」とも呼べるようなものをオカルトではなく科学の議題として論じ、ある条件下では「あり得る」とする理論です。
これは科学的な側面からのグリーフケア(悲哀の軽減)につながると信じます。

しかし、AIによる故人との再会実現の活動もまた、肉親・知人との死別の喪失感・悲哀に苦しむ亀井さんのような方々へのグリーフケアの一つの選択肢になるのかも知れません。
そういう意味で、個人との再会の機会創出にはそれなりの意義があると考えます。

○Kindle本
「再会 -最新物理学説で読み解く『あの世』の科学」
https://www.amazon.co.jp/dp/B0973XR53P

○ブログ“Beyond Visibility”
不思議現象を「根拠をもって」科学する
科学は、ホンモノこそが面白い
https://parasitefermion.com/blog/

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