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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #26 『東京ヒゴロ』 松本大洋

#26
2024年4月25日の一冊
「東京ヒゴロ」
松本大洋 作
(小学館)

ちょうど5年前の今頃、私は上京し今の部屋で暮らし始めた。18歳のとき地元の長崎を出て、倉敷、大阪を経て、27歳のときにようやく東京に到達した。

学びたいことを勉強をし、生涯の友人を得て、与えられた仕事や掴み取った仕事に無我夢中に取り組みながら、とにかく生きた。いろんな人に出会い、当然いろんなことがあった。その度にいろいろなものを与えてもらった。

自分の機嫌を自分でとるスキルも身につけて、1人で過ごすことも増えた。

全然、完璧ではないけれど、18歳のときよりは、自分の内側と外側を行き来することができるようになったと思う。自分を自分のままに、受け入れ、慰めたり励ましたり褒めたり、恥じたり叱責したり許したり、開き直ることとは違って、今の自分の全てを知って抱き込みながら、もっと育てよう。そう、思うことはできている。

32歳が40歳に向かう自分に対していまだにそんなふうに考えたりしているのだから、私の人生、スローモード。でも、これはこれで着実な道なのだと思おう、ウン、そうだそうだ。

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東京で暮らす日々、仕事、暮らし、人。これらに囲まれた生活に、絶対に、何がなんでも欠かせないもの、私にとってそれは「文化」である。

今日の一冊は、
松本大洋による『東京ヒゴロ』全三巻。


「一冊」というか全三冊の「一作」になってしまった。でも今日はどうしてもこの本。

主人公は、50代漫画編集者の男「塩澤」。第一話では塩澤が、30年間勤めた出版社を退職するところから始まる。


ある理由により、担当雑誌を廃刊させてしまった塩澤は「私はあそこで働くに値しない人間」と責任を追う。

しかし、その退職金をはたいて「自らの理想とする」漫画雑誌の創刊を目指して、奮闘の日々を歩み始めるのだ。


かつて担当した漫画家や心から尊敬の念を置く漫画家たちへの直談判を繰り返し、駆けずり回る日々。断られる、断られても無理強いはしない、しかし「描いて欲しい」想いは伝える。

寡黙で、堅く真面目な塩澤の、漫画と漫画家たちへの熱意は誰よりもジリジリと熱い。それでいて無闇に近寄るとヒャッとさせられるほどのプライドは、漫画家や編集者の同僚など、周囲の人々を強く惹きつける。

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塩澤の「目指していること」と「取り組んでいること」は至極シンプルで淡々としているのだけれど、それを成し得ることの厳しさや難しさは、「漫画」というものだけがそうさせるのではなく、「人間」たちのドラマがそこにあるからなのだろうと気付かされる。


塩澤に声をかけられる漫画家たち。周囲の編集者たち。それぞれが過去を背負い、囚われたりして、日々を生き抜いてきた「人間」。描き続けている者も、描くのを辞めた者も、それぞれに事情があり人生がある。「漫画」のある人生なのではなく、「人生」のなかに漫画があるのだということを知る。人生の要素としての漫画、そしてその要素は彼らにとって、星屑のように光る瞬き。

1人の漫画編集者が、新たな漫画雑誌を創刊するまでに織り成される「人間」の物語。

何を始めるにしても、遅い、ということはなくて、むしろ年齢を重ねてきたからこそ持つ経験や交流がある。何かを始めるなら、塩澤のように積み重ねて、得てきたもの、大切にあたためてきたものを存分に羽ばたかせられる方がいいのだろう。少し、勇気が湧く。

舞台は東京に限らない、舞台は自分が立っているところ「ここ」。

文化。漫画、映画、絵画、小説、詩、演芸、ラジオ‥そういうものがあることで、私は幾度となく立ち上がることができている。笑ったり、泣いたり、知ったり、恐れたり、和んだり。さまざまな感情を知り、人と共有し、何度も噛み締める。それが楽しくて仕方がない。

『東京ヒゴロ』を読んで、日々の暮らしの切なさとやるせなさと、それでも生きたいと思う気持ちを知り、同時に文化、特に漫画が教えてくれる優しさを思い出すことができた。

松本大洋先生の新作、2021年から2023年発刊。是非に読むことをお勧めする。


パークギャラリー・木曜スタッフ
秋光つぐみ

30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョインし、さらにその秋から古本屋に弟子入り。2024年4月にパークの木曜レギュラーを卒業、活動拠点を地元の長崎に移し、以後は本格的に開業準備に入り、パークギャラリーでは「本の人」として活動予定。

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