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#251 指導法に正誤はあるのか?

あなたの学級はどうしていますか?

Å:発表するときは、指先をまっすぐ挙手し、指名されたら立って発言させる。
B:自分が話したいことがあったら挙手し、指名されたら発言させる。
C:発言したいときは、周りの様子を見て、自由に発言してよい。

教師あるあるの一つですね。特定の場面において、どんな指導をしているかについて情報交換をしたことがあると思います。
・発表のさせ方は?
・宿題は?
・給食当番は?
・ノートの使い方は?
同期で話したり、職場の先輩のやり方を教えてもらったりと、誰もが経験があると思います。

指導法に正誤はあるの?

互いの指導法を話していると、たまに、次のような発言をする方がいます。

「いや、そのやり方は違うんだよ。それだと~~~。」

一応確認しますが、自分の指導法と異なる(違う)という意味ではありません。
相手の指導法が、間違った指導法だと指摘しているんです。

こんな時、いつも思うのですが、「指導法に正誤はあるのかな?」と。

価値観の違いが正誤になっていませんか?

例えば、発表のさせ方を例に考えてみます。
Aの先生は「規律」を大事にしている。
Bの先生はあまり「こだわりがない」。
(よくある指導法、自分が受けてきた指導法に倣う)
Cの先生は「主体性」を大事にしている。

A先生の学級の子は、学習規律が身に付くのが早いでしょう。一方で、自分が意見を言いたい時に待つ経験が多い子、決まりが守れない子は、発言意欲が低下していくかもしれません。

春に出会った子どもたちがあまり発言しない学級であれば、C先生のやり方が効果的かもしれません。いや、発言しない理由によっては、B先生、A先生のやり方が有効かもしれません。(話そうとすると、声の大きい子、反応の早い子が言ってしまう場合など)

一人一人の先生方の指導法には、その先生の価値観が反映されています
目指す児童像、大切にして欲しい価値。これによって数多の指導法の中から取捨選択していると思います。

あくまでも指導法は手段

僕たち教師の願いは子どもの「成長」です。
この「成長」という2文字を具体化し、様々な手段(指導法)を用いて試行錯誤しながら、子どもとの時間を過ごしています。

指導法に正誤はないのではないでしょうか。
目の前の子どもにあった指導法、それを見つけることが大事ですね。
 

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