コーヒーブレイク

「ゴメン」と言えない根っこにあるのは?

 仕事も、プライベートも、より充実するカギとなる「パートナーシップ」を専門とするコーチ・HOSUが、パートナーシップをより大きな結果につながるように、いろんな切り口でつづっています。

 noteマガジン「パートナーシップを磨く」連投61日目。

 昨日、アメリカのドラマをみていたんですね。その中で、普段、登場することのない主人公の父親と、主人公の関係性が描かれるシーンがあったんです。背景として、父親と息子は、犬猿の仲というほど悪くはないけれど、そんなにわかり合っているという関係でもないという状況でした。
 そして、とあるトラブルに巻き込まれるのですが、その解決方法で、親子が衝突するシーンが描かれていました。結果的には、息子がトラブルを解決へと導いていったんですね。要するに、息子の解決策が的確だったわけです。

 さぁ、このあとです。このあと、こんな会話を交わしました。

父親「さっきは悪かったな。お前が正しかった」
息子「・・・ああ」

 この一言、なんでもない言葉ですが、このひと言で親子のわだかまりは解消するひと言になるシーンだったんですね。で、なんでかわかりませんが、わたし、このシーンで涙があふれてきました。

 そこに見いだしたのは、父親の「率直さ」「正直さ」でした。それがあるから、素直に謝れて、息子に敬意を払うことができるんだなーと。
 ドラマでは、トラブルに対処する途中から、父親は息子のやり方を応援するために手伝うシーンもあるのですが、トラブルを回避するという”意図”のもとでパートナーシップが組まれ、見事に解決ができた時、その「率直さ」「正直さ」を表に出すことができたんだなと思ったんですね。

 でも、人って、わかっているけど、なにかそこで自分の「率直さ」「正直さ」を表せないことってあるじゃないですか。そこにあるのはなんだろう?って探ってみて、ひとつ発見したのは「意地」でした。

・「あんな風に言って悪かった」
・「お前が正しかった」
・「さっきはゴメン」   等

 たったこれだけの言葉、自分の中にはあるのに、それが言いにくいあの言いづらさの正体は「意地」なのかもしれない。その「意地」がいったいどれだけの価値を生んでいるんだろう?

・相手にはこちらの申し訳ないという気持ちは一切伝わらない。
・その一言が言えなかった自分を引きずる。
・相手と会う度に、気まずい感覚が自分に湧いてくる
・パートナーとして頼みたいことがあっても頼みにくくなる  等

 こうやってみたら損失しかない。得ているものは、きっと、その場、その一瞬の”かっこわるさ”から逃れられるだけのことなんじゃないかな。

 自分は「率直さ」「素直さ」を表に出していると思っているけど、自分にも、そんな”意地”があると思うなぁ。
 ポイントはそんな”意地”をなくそうとすることじゃなく、「あ、いま”意地”張ってるな」と気づけて、”意地”を手放して、”かっこわるさ”を受け入れて、「率直さ」「正直さ」をただ表に出すだけなんだろうな。
 自分は「カッコ悪い」と感じることも、他人からは「カッコ悪い」というよりも、「潔い(いさぎよい)」とみえることのほうが多いんじゃないかなって思いますよ。

記事に価値があると認めてもらえることは、何より嬉しいですし、とても力づけられます。いただいたサポートはパートナーシップの価値が大きくなる使い方につなげます。