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逃げろ、逃げろと言ってきたけれど。

2023年も暮れに差し掛かり、なぜかこの時期になるとこの1年を振り返ったりして、感傷な気持ちを抱くことが多い。頑張っていようが、頑張っていなかろうが。幸せだったか、はたまた不幸な1年だったか。人それぞれ思うことがあるはずだ。

この振り返りを、数年規模に拡大してみた。果たして、どうだろう。たとえばここ5年のことを振り返ってみる。よく、5年あれば人は生まれ変われるなんてことも耳にするが、僕のここ5年は波乱万丈、心の中を東奔西走、ネガティブの底の底まで辿り着き、やっと今その落ちた谷を駆け上がっているところかなと思う。

そしてこの5年を言葉に表すならば、まさに『逃げる』だと思う。この数年で、良くも悪くも逃げてきた。地元から逃げて、また新たな地に辿り着いては、また逃げてみて。逃げついた先に京丹後があり、今はなんとかやらせてもらっているものの、来年のことなんてまた分からなくて。良いことも悪いことも、逃げの選択を取り入れてみたことでたくさんの経験ができたように思える。

そんな僕は、こんなうつ病に関する発信だったり、働いているサウナで『鬱とサウナ』という催しを定期的に開いてみたりと、当事者なりの活動をしている。おかげさまで様々な人たちとお会いする機会が多い中で、ここ数年言い続けてきたのが『早く逃げて!』だったかのように思う。とりあえず、このあまりにも辛い現状から逃げる。逃げた先のことは、後から考えればいい。そんな気持ちだった。

今振り返ってみると、そこにさらに付け足して伝えたいことがあった。

それは『全て受け入れる準備できてから、逃げよう。』かなーと。

ただ逃げる。思い切り遠くまで逃げてみる。その逃げた先で、前と同じ思考や行動をして生きてみる。すると、あんなにも遠くに逃げたつもりだったのに、また前と同じ状況じゃん、、どこへ逃げても何も変わんないじゃん、、となる。このループをしている人が、結構いる。(たまに、天性の行動力と自己中心力、順応力でそのまま人生を跳ね上げる人もいるけど、稀です。)

いや、もちろん変わらない芯の強さっていうものは尊敬するんだけれど、逃げる前の自分、どんなんだったっけ?の自問自答が少ないと、結局どこに行こうが苦しむのかなと思う。逃げた先が全て天国で、そこに行けば自分も幸せで、、なんて幻想は抱かない方がいい。正味、再び絶望を目にすることだろう。そうやって絶望を乗り越えていくのが人生なんだとは思うけれど、そんな絶望を乗り越える前に自分が変わる努力したっけ?と自分に聞いてみるといい。環境や一緒にいる人が変わっても、前と同じ自分では乗り越えられるものも乗り越えられない。

こんな話をしていても、逃げることに関しては常に選択肢に入れておいてほしいと思ってる。逃げることが脳の片隅にあるかないか、デッドラインを超える前になんとかしなきゃというアラーム的な役割として、絶対にあったほうがいい。デッドライン超えると、年単位で戻すのに時間かかるし、できることならそんなことにならないほうがいいと思ってる。でも、逃げた先は天国じゃないぞ。自分がどう変わって、どう体験して何を思うか。その繰り返しで天国にもなるし地獄にもなる。何もせず周囲が天国に変わることは、ない。

逃げた先を天国にする努力をもっと自分でやる。
僕の今後の課題でもあり、皆さんに伝えたいことです。

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