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映画『落下の解剖学』 映画の解剖学(ネタバレ感想文 )

何の前情報も持たずに鑑賞しましてね。
女性監督だということも、カンヌ映画祭のパルム・ドール受賞作ということも、素晴らしい犬の演技にパルム・ドッグなる賞が授与されたこともとんと知らず、ただ予告を見て「面白そう」と思って映画館へ足を運びました。

結論から言うと、ミステリーとして見ちゃうと、お話自体はそう目新しくもないんです。
今時この手の話は大概、芥川龍之介を引き合いに出すまでもなく「真相は藪の中」なんですよ。結局『羅生門』(1950年)。やっぱり黒澤すげえな。
ましてや「大ドンデン返し」なんかを期待していると痛い目に遭う。そんなもん、ねるとん紅鯨団時代の話ですよ。昭和の末期か平成初期。

実はこの映画を観ていて感じたのは、ミステリーというよりも「不可思議な夫婦のイザコザ物」に見えたんです。
感覚としては『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)に似ている。
『アルプススタンドのはしの方』(20年)じゃないよ。
『フレンチアルプスで起きたこと』の監督はリューベン・オストルンド。
『逆転のトライアングル』(22年)の監督です。
そういや、この『落下の解剖学』がパルム・ドールを獲った年のカンヌの審査委員長はリューベン・オストルンドだったんですよね。

カンヌ映画祭って、審査委員長で結果がだいぶ左右されるというか、審査委員長のさじ加減ひとつというか、まあ、みうらじゅん賞と似たようなもんなんですが(<そんなわけあるか)、基本的には人間の本性を描くような映画が評価される傾向にあると思うんです。
それも、上っ面の綺麗事ではなくて、腹かっさばいて内蔵をむき出しにしてるような人間の本性。私は「内臓ゴロン系映画」と呼んでるんですがね。
だから、パルム・ドール作品は、面白いとか楽しいとかよりも、「凄い」印象の映画が多い。

そういうわけで、というわけでもありませんが、やはり私もこの映画は面白いというより「凄いな」という印象です。
ただ、「内蔵ゴロン系」(夫婦のイザコザ物としてそういう面は感じますが)というより、映像の解剖(分解)が凄いなと思ったんです。
もう少しわかりやすく言うと、映像と音声の切り離し方。

例えば、夫婦喧嘩の音声を法定で聞く場面があります。
やがてそれは「回想」のような形で、実写で描写されます。
あたかも我々観客は、その場にいるように夫婦喧嘩を目撃する。
この映像と音声が一致している「実写」を、我々は「事実」として受け止めます。それが映画の約束事。

ところがこの夫婦喧嘩、最後は「音声」だけになるんです。
物が割れる音。叩く音。肝心な場面は映像を見せない。
それが何の「音」だったかは、「証言」でしか観客に伝えられません。
グラスを壁に投げつける「映像」、夫が自分で自分を叩く「映像」、これらを見せられたら、我々はそれを「事実」と受け止めたでしょう。
しかしこの映画はそれを見せない。意図的に見せない。
それが何を意味するのか。
この映画は、映画の約束事を逆手に取って、映像と音声で「藪の中」を見せるのです。

これを踏まえた上で、別のシーンも解説しましょう。
(超ネタバレです)
子どもの証言の場面。
車の中で父が話した言葉。
「映像」として父が語ります。
しかしその「音声」は証言台に立つ子どものものなのです。
映画の約束事として我々が「事実」として受け止める形式を取らずに描写される。これが何を意味するのか。

この映画は、犬で始まり犬で終わります。
そう考えると、この映画における真実は、犬だけが知っているのかもしれません。

監督:ジュスティーヌ・トリエ/2023年 仏(日本公開2024年2月23日)

(2024.03.17 アップリンク吉祥寺にて鑑賞 ★★★★☆)

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