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映画『空気人形』 (ネタバレ感想文 )是枝裕和の「ブレードランナー」。

公開当時に観た私は「ダッチワイフはオンリー・ワンの夢を見るか?」という感想を書いていたんですが、13年も経つと、ダッチワイフもラブドールと呼び名が変わってソフビからシリコンに進化し、レンタルビデオも配信に押され、ARATAは井浦新に改名してるんですよね。
藤純子は既に富司純子だったけど。

是枝監督の『ベイビー・ブローカー』公開記念で特別上映していたので映画館に足を運びました。映画館で観るのは公開時以来。
その間、一度CS放送で観てるけど、それも10年前。

是枝作品は、一躍名を馳せた『誰も知らない』(2004年)以降、ほとんど観ていて、観れば上手いと思うし面白いんだけど、「また観たい」とはなかなか思わないんです。
「また観たい」と思ってるのは『歩いても 歩いても』(08年)、『空気人形』(09年)、『奇跡』(11年)くらいかな。
振り返ってみると、是枝監督40代後半の作品群なんですね。
正直、その次の『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)はあまり好きじゃなくて、とうとう『海よりもまだ深く』(16年)は観なかったくらい。

まあ、今回映画館に行ったのは、ただのペ・ドゥナ好きだったからかもしれませんけど。

何が言いたいかというと、この是枝監督40代後半の「(俺の)また観たい」作品群以前は、「毎度毎度こんな話作って楽しいのかねえ……」というのが私の是枝評でした。
当時は「後ろ向きな人生」を描くのが好きな人だと思ってたんですが、この辺りから「前向きな優しい視点」を少し帯び始めたように思うのです。
ちなみに、いま「毎度毎度こんな話作って楽しいのかねえ王」の座は李相日。

この映画は、『白痴』(1951年)ばりの「純真無垢な視点」で、現代社会の日陰、具体的には「孤独な人々」を見つめるという意図なのでしょう。
「代用品」「空っぽ」という言葉を用いて、孤独な人々の「自己承認欲求」を逆説的に提示します。

「どうして私だったの?」とペ・ドゥナは尋ね、
余貴美子は「あなたの代わりはいない」と自分で自分に伝言を残し、
富司純子は偽の自首で世の中との関係性を保持しようとし、
交番勤務の寺島進は「悪い警官の映画はないかな?」と満たされない気持ちの代用品を探すのです。
ついでに言うなら、レンタルビデオ自体が映画の「代用品」の象徴なのでしょう。

そして、オダジョーが「返って(帰って)きた人形は皆違う顔をしている」とオンリー・ワンを提示します。
空気人形ペ・ドゥナも「あなたに何でもしてあげる」とあなたのオンリー・ワン宣言をし、「君にしかできない」ことを頼まれて自分がオンリー・ワンになっていくのです。

まったくもって自然な流れ、自然な構成で、
「誰かに必要とされること」が「存在意義」であり、
それがいかに「心」を満たすか=「空虚な体に息を吹き込むか」
ということを描いていきます。
そうです、これは人造人間ならぬ空気人形が自己の存在意義を探す是枝版『ブレードランナー』(1982年)だったのです!(<そうか?)

ただ、公開当時も思ったし今回も思ったんですが、孤独な人々が多すぎるというか五月蠅いというか、正直、少々説教臭く感じるんです。
そこに監督の主義主張が込められてるのはわかるんですが……。

私個人は、「心を持ってしまった人形」という異常設定だけでワクワクするわけですよ。異常設定下の「自然な気持ちの流れ」で満腹なんです。
「あなたの息で私が満たされる」「私の中にあなたが入っている」
悶絶するほど萌える。
「だから私も同じことをしてあげる」
私はそこに勝手に『愛のコリーダ』(1976年)的なものすら見たのです。

今回の再鑑賞で気づいたんですが、カメラがずっとフワフワ動いてるんですね。撮影はリー・ピンビン。
黒沢清のカメラの動きは、フワフワというよりも不安定で、「この世界は不安定である」という恐怖の象徴だと思うんですが、この映画は優しくフワフワしている。
このフワフワ感は、ファンタジーということもあるんだろうし、前述した「優しい視点」にも寄与していると思うんです。見方によっては、孤独な人々の生活を「覗き見ている」ような感覚でもある。
行定勲『春の雪』(2005年)もこんなフワフワ感だったなと思って調べたら、撮影はリー・ピンビンだった。

リー・ピンビンの撮影と、ペ・ドゥナの不思議な魅力が香辛料となって、是枝の臭みを消してる印象。

監督:是枝裕和/2009年 日

(2022.06.19 渋谷WHITE CINE QUINTにて再鑑賞 ★★★★☆)

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