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映画『崖上のスパイ』 チャン・イーモウの生き抜く術(ネタバレ感想文 )

監督:チャン・イーモウ/2021年 中国(日本公開2023年2月10日)

真面目なことを書きます。
本作にみる3つの「チャン・イーモウの生き抜く(生き残る)術」ということを真面目に書きます。

でもその前に……

小蘭シャオラン役のリウ・ハオツンが超可愛いと思いません?
『初恋のきた道』(1999年)でチャン・ツィイーがトコトコ走りで登場した時の衝撃くらい可愛い。『ワン・セカンド』(2020年)でも見てるんだけどさ、あの時は小汚い子供の役だったから。

この映画で描かれているのは、スパイたちのミッション遂行よりも、敵に囲まれて「生き残る」ことに重点が置かれているような気がします。
実際、これまでのチャン・イーモウ作品でも、しばしば激動の時代を「生き抜く」市井の人々が描かれてきました。
私はチャン・イーモウは「失われゆく文化を描く作家」だと思っていたのですが、確かに「生きる」ことを描く作家でもあったように思います。

本作のウリ(キャッチコピー)は
「巨匠チャン・イーモウが初めて挑む<予測不能>スパイ・サスペンス」。

いやまあ、『HERO』(2002年)とか『LOVERS』(04年)とか、『グレートウォール』(16年)とか『SHADOW』(18年)とか、外貨稼ぎの大作も結構撮ってるんでね、何をもって「初めて挑む」なのか分かりませんが。
ただ、本作が「娯楽大作」であることは、チャン・イーモウが考える「映画界が生き残る術」だったように思います。
コロナ禍で映画館への客足が減ってしまった。だから人々が足を運びやすい「娯楽大作を撮ろう!」ということだったようです。
(何かのインタビューでそう言っていたと記憶しています)

空から降りてきて、鉄道、自動車とあらゆる交通手段を使って(さすがに陸地だから船はないけど)銃撃戦やらカーアクションやらを盛り込みつつ、見応えのある頭脳戦・心理戦を展開する。
個人的には、アッと驚くどんでん返しよりも、「疑わしい」「疑われてると思われてるかも」「疑われてると思われてると思われてるかも」的な頭脳戦・心理戦の方が好き。
でも、全編雪が降ってるのは相当コスト高だったと思うんだ。

そしてこの映画の最後に「革命に命を捧げた先人達に捧ぐ」みたいなメッセージが出ます(正確には覚えてない)。
私はこれを、中国共産党に色目を使ったチャン・イーモウの「生き抜く術」だと思っています。
そういうのが上手いから、上述した外貨稼ぎも重なって、北京五輪の開会式を任されるまでになったんですよ。

30年以上もチャン・イーモウのキャリアに付き合っているので、彼が共産党員であることはよーく分かっています。
でも、文化大革命や現在の国情を決して良くは描きません(ことさら悪くも描かないけど)。
彼は、「失われゆく文化を描く」ことで、現在いまを遠回しに批判しているように思えるのです。

劇中で「共産党員」という言葉を出して、「革命に命を捧げた先人達に捧ぐ」みたいなことを言うことで、なんとなく「共産党万歳」的なイメージを持たせて当局を満足させてますけど、実際は「先達に敬意を払う」ということしか言ってない。
そこが、『シャドウプレイ』で何度も当局の検閲を受けて修正させられたロウ・イエと違う老練さ。

この映画は1934年の満州国を舞台としています。
その後の戦争があるので、何となく「抗日」つまり日本vs中国の戦いのように思えますが、実際に日中戦争がはじまるのは1937年からで、この映画はその直前の緊張状態下。
ちなみに中国共産党が政権をとって中華人民共和国が建国されるのは、この映画の15年後の1949年。
「日本の傀儡政権・満州国」「日本軍の悪事を暴くのだ」という台詞はありますが、日本人はおろか日本語も映画には登場しません。チャン・イーモウが高倉健ファンということもあるかもしれませんが、日本やどこかの国を悪者にする思想性は見せません(これも彼の生き抜く術かもしれません)。

この話はあくまで「日本の傀儡政権」と「ソ連で訓練を受けたスパイ」の中国人同士の対決なのです。
広い目で見れば、現在のこの国が生き抜いて(生き残って)こられたのは、こうした先達の犠牲があったからだ!という映画なのかもしれません。

(2023.02.26 アップリンク吉祥寺にて鑑賞 ★★★☆☆)

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