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おにぎり性格診断

私は知っている。うだうだ言いながら、台所に立ってシャコシャコと硬い米粒を水の中で浮遊させ、それをその大きな手で押さえつけてはかき回し、白い入浴剤のような水を排水溝に捨てる。その一連の動作の中に、無駄はない。音が私を現実から引き離して、想像の世界に米粒と一緒に浸らせる。そうこうしているうちに、炊飯器の中にその米粒とひたひたの水分が放り込まれ、スイッチが押された。


私は知っている。親はどっちも働いて家にいなかったし、あたしたちの昼ご飯をつくる余裕なんてなかった。火を使っちゃいけないなんていう、火傷を知らないお嬢ちゃんにしようとする親の悪巧みのせいで、好きなぐちゃぐちゃたまごも焼けないし、ソーセージも焼けない。そんな時、兄ちゃんは私の手に私の手よりも少し大きめのラップを握らせた。そして、自分も手を切りそうになりながらもラップを引きちぎり、机に置く。それが合図だ。性格診断スタート!私は冷蔵庫の中から、梅干しとかつお節を引っ張り出す。あと、チチがこないだ会社の人からもらって密かに冷蔵庫の奥に隠していた塩辛も。何でもお見通しだっつーの。あと、私の大好きなたまごのふりかけ。これは大事。さて、兄ちゃんはというと、引き出しからのりを出して、何やら作業をしている。

【細かいことをするのは好きですか?】

私は兄ちゃんに聞く。返事はない。「ねえ、細かいことは好きですかって聞いてるんだけど」「ああーもうるさいな。今、のり切ってんじゃん」あたしは兄ちゃんの後ろに行き、覗き込んだ。そして、机に戻ってあたしは鉛筆でメモを取る。

【はい】

「あ、いい匂いがしてきた」手に握らされていたラップを放り投げ、私は炊飯器に近づく。一瞬だけ見えては消え、見えては消えをする白い雲がどんどん上に登っていく。いつだったか、兄ちゃんが教えてくれた。「炊飯器の湯気が出るもとのところよく見ててみ、ちょっとだけ隙間があるでしょ?あそこだけ気体で、あとの目に見えている湯気は気体じゃなくて液体なんだよ」その時はなんのことかよく分かんなかったし、いっつも図鑑みたいなやつばっかり見ているから、そんなことも知ってんだと分からないなりに「へえー」とか言ってた気がする。「今日、のりは?」「いらーん」「はい」そういうと、すぐに蓋を閉めて、引き出しにしまった。

【おかたづけはすきですか?】

あたしは頭の中のノートに書いた。

【はい】

ぴーっ、ぴーっ、その頭のノートを閉じたと同時に、あたしは炊飯器のボタンを押した。ふわーっと湯気あたしの顔を覆う。ほら、温泉に行ってドアを開けた瞬間に目の前に出来る湯気の壁みたいなやつ、あれに似てる。ぷつぷつとお米が少しの水分に溺れて、「あっと、急に開けるなよ」と、照れながら甘―いあのお米を炊いた時にしか味わうことの出来ない蒸気を発する。毛穴という毛穴、そして私の鼻腔を貫通して、脳まで伝える。「兄ちゃん、出来たよ、ほら、早く乗せないと」あたしは放り投げて、ぐちゃぐちゃになったラップを無理やり広げて、手の平に乗せる。そして、しゃもじを持った。ここが最大のポイント。上手にかき回して、あったかいのをすべてのお米に伝わらせる。そして、一度に掬える最大の量をどんっとラップの上に置く。一瞬だけ意識が飛び、痛みも熱感も感じなくなるあの瞬間。反射という時空を抹殺し、感覚を刺激する機能が人間にはあるらしいけど、たぶん嘘だよ。だって、その無の感覚になる瞬間、あたし知ってる。でも、それは本当に一瞬で、そのあとのことはもう想像の通り。「あっつーーーーーーーーーーーーーーー」あたしは思わずラップを手の平からドロップアウトさせそうになる。「何回も言ってんじゃん。出来たばかりのご飯は熱いから、冷ましてからラップに乗せろって」そう言いながら、自分の手の平にのせていたラップを机において、あたしからしゃもじを取り上げると、悠々とその上にあたしの乗っけたご飯の量の半分を乗せた。あたしが手をフーフーしているうちに、もう一枚、同じくらいのラップをちぎると、その上にさっきよりも少し多めのご飯を乗せた。「こうやってやれば、熱くなくていいし、すぐ冷めていいよって何回も言ってるじゃん」「でも、ご飯は熱い方がいいもん」「もう茶碗にしたら?そしたら、熱くなくて済むよ」「ダメ、おにぎりがいいの」「もーう」そういうと、兄ちゃんはラップを引きちぎつて、あたしに渡した。「これでもう一回、そのご飯、こっちに移しなよ」「どうやって?」「ひっくり返せばいいじゃん」「ああ、そうか」こんなことも分からないクソガキのころの話だから、その辺は許して。「あ、出来た出来た、こうだ」もともとのラップに運よく米粒が残らず、移し替えに成功。今日の運勢は良かったかもなあーなんて。「ねえ、皿とって。あの小さいやつ」「これ?」「うん、それ」あたしは片手に皿を、もう片方の手に目一杯に盛り付けたご飯を持って、椅子に座った。「はい」「どうも」

【はずかしがらずにありがとうが言えますか?】

【いいえ】お、初めていいえだった。

兄ちゃんは手際よく、かつお節を皿の上に出すと、その上からポン酢をかけた。そして、箸で軽く混ぜる。あたしはというと、大きなそのご飯の中心にくぼみを作って(勿論、手でね)ご飯を出来る限り広げると、チチのへそくり塩辛の蓋を開ける。そして、手で適当にとると、そのくぼみに入れた。塩辛のたれがすぐにご飯と混じっていく。ふわーっとしょっぱいにおいがあたしの舌に滴を宿し、それが口角から生まれ出そうになる。兄ちゃんはというと、一つにはさっき作っていたかつお節ポン酢和えを入れて、もう一つには梅干をこれまた丁寧にちぎって入れた。「ねえ、そんなちぎってやってたらめんどくさいよ、そのまま入れたらいいじゃん」「そしたら食べるとき、のどに詰まるじゃん。いやだし」

【あぶないことはあぶなくなる前にやめることができますか?】

【はい】

あたしはとどめのたまごふりかけをこれでもかとかける。「ねえ、それそんなにかけたらその味しかしなくなるでしょ?」「うんん、そんなことないよ。ちゃんといかさんのこりこりもあるよ」「へえー」「あ、兄ちゃん食べたいんでしょ?」「そんなことない」「へーん、あげないもんね」あたしはその黄色く染まったマリーゴールド畑のようなご飯を思い切り閉じた。そして、ラップの端同士を無理やりくっつけると、ねじって、くるくると回した。


私は知っている。「兄ちゃんってなんでいつもそんなにきれいな三角形になるの?」「だって、サチみたいに大きくないもん。そんなに大きなやつ作るからボールみたいになるんだよ」「でも、それだとたくさん食べられないじゃん」「何個も作ればいいじゃん。違う味のやつ、たくさん作ったらたくさんの味が食べられるでしょ?サチみたいに一気にいろんなの詰め込んだら、何の味か分かんなくなって、美味しくなくなるじゃん」

【ひとつひとつのことをちゃんと大せつにできますか?】

【はい】

「そんなことないよ、ちゃんと、ああーー」あたしのラップの下からお米がこぼれた。「ほらあー、だから大きいんだって。ラップも無理だ―ってなったんだよ」そう言いながら、兄ちゃんは皿を持ってきて、ラップに残ったご飯を一時的に避難させた。「あとはちゃんと自分で拾っといてよ」「わかってる」あたしは自分の洋服が食べたご飯を一つひとつ取ると、それを口に入れた。「これ、落ちないようにもう一枚、ラップをひいといたから」あたしはすべての米粒を取り終えると、もう一度、ご飯と対峙した。もう応急処置をされまくっているご飯の塊が少し形を崩してそこに存在していて、なんだかそれはそれで絵本に出てくるおにぎりみたいで愉快な気分になった。あたしはラップの包帯に巻かれたおにぎりをわしゃわしゃとそれっぽく固めた。こぼれないくらいに。「出来た?」「うん」「もうぐちゃぐちゃじゃん」そういう兄ちゃんの前には、二個だったはずのおにぎりが一つ増えていた。「あれ?もう一個、作ってたの?」「ん?うん」「何味?いっつもは二個なのに」なぜかそういうと急に目が合わなくなった。あたしはそのおにぎをよく見る。「ああーーーー、兄ちゃん、たまごのやつ使ってるーーーーほらあー、食べたかったんでしょ?サチのやつ」「そんなんじゃないし、ちょっとたまにはいいかなと思って作ってみただけだもん」「それ、チチのやつ入ってる?」「それは入れてない、美味しくなさそうだから」「あ、ほらなんていうんだっけ、カカがよく言うじゃん、きらいくわずだっけ?食べてないのに嫌いっていうやつ」「違うし」

【じぶんの気もちをちゃんとうそをつかずにいえますか?】

【ぜんぜんできないので、いいえ】

「食べるよ、いただきまーす」「ああーサチも、いただきまーす」あたしは自分で作ったぐちゃぐちゃおにぎりを頬張った。もうとっくに冷めてしまってはいるけれど、このちょっと甘くて、食べた後も黄色に染まっているご飯がとてもきれいで、食べているというよりも感じている。食べることを。「兄ちゃん、はあごふりあえをほあじはどほでふか?」口に目一杯に入れたご飯のせいで、呼吸をするのもやっとである。「ん?なに?」兄ちゃんは最初の方で切っていたのりを一枚、一枚、ご飯にきれいに巻きつけて一口、一口に必ずのりがつくようにして食べている。あたしは何とか飲み込んでもう一時、繰り返した。「たまごふりかけ、美味しいでしょ?」「んー普通。かつお節の方が美味しい」「うそだー、サチのやつは美味しいもん、あ、サチの一口、あげようか」「いらない」「その代わりに、そのかつお節のやつ、サチもたべたい。ほら、兄ちゃんにはいったのに、サチもきらいくわずかもなーって、かしこいでしょ?サチ」「やだ、もう一つ、作ればいいじゃん。かつお節で」「えー、サチは兄ちゃんのやつがいい。今からまた作るの面倒くさいもん、ね、一口」あたしはどこまでも引き下がらない。このあたりからこの何というか、我を通す性格は変わらないらしい。「もー、じゃあ、今日の駄菓子、一つくれよ」「いいよ」あたしはこの割に合わず、あとから必ず後悔する契約を結んだ。「あ、でも、兄ちゃんがあたしの食べたらびょうどーっていうやつになるからそれでもいいよ」「だから、いらないんだって」「兄ちゃんって、きらいくわずだね。ほら、美味しいって言ってるでしょ」あたしは自分の食べかけた少し塩辛がのぞいているおにぎりを押し付けると、皿に置いていたかつお節の入っているおにぎりをかっさらった。そして、口に入れて歯型をつけた。そしたら、あたしにはない歯ごたえがしっかりあるお米の粒とともにかつお節の塩気とポン酢の酸っぱさが相まって、とてつもなくオトナな味がした。「あーーー、もーーう」「ねえ、兄ちゃん、これ美味しいね」あたしの思わぬ反応に兄ちゃんは思わず「って言ってんじゃん、いつも」と得意げに少しだけ頬が緩ませた。「きらいくわずだった。でも、兄ちゃんのやつ、なんか美味しいね。上手だね、サチのやつはもっとぽろぽろするのに兄ちゃんのはしない」完全に得意げになった兄ちゃんの顔を想像していただきたい。ね、得意げでしょ?「サチのも食べていいよ。びょうどーになるよ、そうしたら」あたしは兄ちゃんの手に握られているおにぎりがその歴史的な瞬間を今か今かと待ち構えているように見えた。「ええー」そういいながら、どこを食べようかと悩んでいる。だって、いろいろなところからあたしが食べているから、上手に食べないと崩れるから。「チチのやつのところも一緒に食べるんだよ、わかった?」「うん」ついに、その瞬間は訪れた。あたしのおにぎりが兄ちゃんの血となる日がやってきた。「うん、まあまあ」「うそだー美味しいもん」「うん、でもまずくはない」「まずくはないは、美味しいってことでしょ?」「でも、なんか俺のと違って美味しいかも」あたしの脳内には承認の花火がドカンドカンと何発も打ちあがった。「ほらねーー、兄ちゃんもきらいくわずだったんだよ」「でも、このたまごといかは合わないよ、やっぱり」「でも、美味しいんでしょ?サチの」あたしは兄ちゃんに迫って、あたしの求める答えを言うように目で催促をする。「うーん、たまにはいいかもね」カカがいつもは50円しかくれないお菓子代を、70円くれた時の高揚感とはまた違う、どこか誇らしさを含んだ嬉しさがあたしの全身を駆け巡った。

【きちんといわなければいけないことはいえますか】

【人にいいなさいといわれたらなんとかできるので、はい】


兄ちゃんは、あたしのおにぎりをあたしに返すと、指先についた米粒を取るために、指先をちょこっと舐めた。「今ね、兄ちゃん、はいといいえがいろいろだよ」「何が?」「ん?言わなーい」「なんだそれ」

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私は確信した。               「新郎、新婦の登場です」あたしは親族の席に両親、祖父母とともに座り、スポットライトが示す方角を向いた。今までに見ていた兄ちゃんがどこにもいないような気がした。白のまっさらなタキシードを(それなりに)着こなしていた。そして、その隣には、もう兄ちゃんには勿体ないくらい、透明なデコルテを持った優しそうな女性がいた。軽い地響きが起きたのではないかというくらいの拍手をくぐり抜けていく兄ちゃんがどこかそのまま遠くに行ってしまいそうな気がしてしまった、不覚にも。でも、兄ちゃんはそこにちゃんといて、あたしの周りにいる大人がみんな、各々の感情を花びらが舞っているような笑顔で、その笑顔を集めたら大きな花束が出来るんじゃないかと思うくらい。


「お父さん、頑張ってよ。間違わないようにね」母にそう後ろから脅され、緊張しながらもマイクを持った。「ええ、親族を紹介します。こちらが・・・」母とあたしがドキドキしながらその光景を見守る。何とか父が親族全員の名前を言い終えた時には、母とともにほっとした。昨日、二人して叩き込んでおいて良かった。それが終わると徐々に余裕が出てきて、ご飯も味がするようになり、普段では絶対に見ることが出来ないような食材の神々しさたるや、なんとも言えぬ、と式もそこそこにあたしの中で「兄ちゃんたち」の次に「食」が来るまでに達した。スライスされた色とりどりの野菜が聞いたこともないようなソースがかけられて、晴れた日に太陽の光を浴びて、光る葉っぱの表面のよう。「これ、美味しいよ。カカ」「うん、何だろね、これ」黒の着物を身にまとい、金色の帯を巻き付けられてた母は、いつも見ているバタバタとせわしなく動いている母とは違っていた。おにぎり性格結果によると、母はあたしの幼少期のころと同じ。でも今の母なら、三角形のきれいな形をしたおにぎりを作れそうな気がした。


「それではここで、友人代表のスピーチをしていただきます。ご友人の方、よろしくお願いいたします」そのアナウンスのあと、見慣れた顔の男性が壇上に上がった。私にとっての第二のお兄ちゃんだから「にいに」と呼んでいた、兄ちゃんにとっては小学校のころからの親友だ。「結婚おめでとう。小学校のころから、細かいことが好きで、理科の実験では誰よりも楽しんで授業を受けていたやっち、誰に対しても変わらない態度で接して、誰でも遊びの中に入れて、仲良くできていたのに、それが高校になると、難しくなりました・・・」ある一帯のテーブルから笑いが起きる。「確かに遊んでいたんです。でも、好きな人の前になるともうこれが全然・・・」少しだけ、会場の空気感が緩む。「なかなか本心を言えなくて、やっと俺らに押されて話が出来て、感謝しろよ!俺らに」そう茶化すように兄ちゃんに向かって言うと、兄ちゃんも恥ずかしそうに「言うな、そういうこと」と口をパクパクさせていた。「何回、お前、けじめつけるときにはけじめつけろ!と何回、言ったことか。職場で子どもに言うこと、何で酒の場では大人に言わなきゃいけないんだよ、と職業病に侵されそうになりました」全体から笑いがどっと起きる。


おにぎりには人柄が出る。きれいな形の三角形をつくる人もいれば、たわら結びのような形にする人、小さかったあたしのようにもうソフトボールなのかというくらいの丸いおにぎりを作る人。おにぎりを作る過程の中では隠したいと思っている本性もお見通しになってしまう。もう、面接官もその学生の性格を見るために、おにぎりを握らせたらいいのにと思うくらいだ。        あたしのおにぎり性格診断は間違っていなかった。小さいときから兄ちゃんの性格は変わってなんかいやしない。いつだって本心は恥ずかしくて言えないし、人に押されないと自分の思いを伝えられない。あのたまごおにぎりを頬張っていた時と何一つ変わらない兄ちゃんの本性を嘲笑しそうになった。

「でも、人思いで、一途なところは今でも変わりません。これと決めたらそれを最後までやり通す。ほかに浮気せず、一つひとつの物事をあやふやにせずに、一人一人との時間を大切に出来るそんな友人です。小さいときから、いつも僕たちと遊ぶ時にも妹さんを連れて来て、一緒に遊べるようにルールを工夫したり、駄菓子屋に行っても、妹さんのお菓子の分もいつも計算をしてあげたりしていました」あたしの方に向いたにいにの顔、バットを持って目の前を向けば、そこにはにいにがいて、下からボールを投げてくれた。それを打てるように背中からあたしの持つバットを支えてくれていたのが、兄ちゃんだった。「人が好きで、人思いで、一途で、とにかくお嫁さんのことが高校の時から大好きなやっちです。お幸せに。また、みんなで草野球して、呑もう!」

あたしは驚いた。皆の拍手の数があたしの目からこぼれる滴の数と同じに思えた。拍手の音が見えなくなっても、あたしの目には見えるものがずっとこぼれた。そうだ、本当にあの診断は間違ってなんかいないのだ。あたしが具材をごちゃまぜにするのに、兄ちゃんはいつだって一つのおにぎりには一種類の具材しか入れなかった。浮気なんかしない。これと決めたらそれを食べる人だった。あたしは気がつかなかったけど、確かに親が共働きで、遊びに行くとなると絶対にあたしも連れて行ってくれていた。一人にしないこと、ともしかしたら親に言われていたのかもしれない。でも、時には妹のことなんてほっといて、思う存分、遊びたかっただろうに。そう思うと、なんだか申し訳なくなってくる。今更、そんなことに申し訳なさを感じてもどうすることも出来ないのが何ともやるせない。嘲笑してごめん。

「では、大きなケーキをどうぞ!」あたしの周りから人が知らない間に消えていて、ふとももには見慣れたハンカチが置かれていた。あたしはぱっと前を向く。そこには子どもの時のような顔で、お嫁さんからのケーキを頬張っている兄ちゃんがいた。小さいころのあたしたちを見ているようだった。あたしは人の頬張るあの時の顔が大好きだ。それは昔から変わらない。おにぎりは頬張って食べる。おにぎりがもたらす、あのなんとも幸せそうな人の顔が、あたしを惚れ込ませた。それが今は兄ちゃんが選んだ大切な家族の顔に映っていた。兄ちゃんには勿体無いくらいの笑顔の持ち主だった。にしても、何で兄ちゃん、臆病なくせにプロポーズ出来たんだろう。あ、そういえば、あたしが塩辛の入ったおにぎりを食べるように迫った時、あたしのものを食べた。ああ、こりゃ、お嫁さんとにいにたちにかなり圧力をかけたれたな・・・・鍛えられて良かったじゃないか、とやっぱり嘲笑した。それで、滴も吹き飛んでしまった。                    「柔軟に自身の当たり前を崩していくのが夫婦というものです」どっかの本で読んだぞ。そんな感じのこと。あたしはそんな兄ちゃんらしい幸せを記録にしようとハンカチで目元を拭うと、スマホを構えた。


兄ちゃん、おめでとう。

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