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パンの話

 イランではキャバーブやホレシュ(各種煮込み料理)と一緒にご飯をよく食べるけれど、主食は何かというと、やっぱりナンと呼ばれるパンのようだ。テヘランでは、ラバーシュ、サンギャク、バルバリー、タフトゥーンという4種類のパンが普通で、サンギャクならサンギャクを焼くパン屋さんと、それぞれ専門のパン屋さんで売られている。パン屋さん(nanva)では朝、昼、夜の3回にわたってパンを焼き、食事時にはいつも焼きたてのパンを買う人たちの行列が見られる。

 テヘランはタブリーズなどアゼルバイジャン系の人が多いせいか、アゼルバイジャン地方の人たちが好むサンギャクやバルバリーのお店が多い。サンギャクもバルバリーも全粒粉で焼く歯ごたえのあるパンで、このパンが好きな人は、薄くて柔らかいラバーシュやタフトゥーンでは物足りないよ!と言う。タフトゥーンはマシュハドのパンらしく、テヘランでは北部のタジュリシュのバーザールやさらに北に上った山間でよく見かける。

 私の家は近くにおいしいサンギャク屋さんがあるので、もっぱらサンギャク派なのだけれど、このサンギャクを買う時は1つ注意しないといけないことがある。サンギャク(sangak)はペルシア語では小石という意味で、窯に小石を敷き詰めてその上で焼くことからこの名前で呼ばれる。それで、焼きたてのサンギャクには熱々に熱した小石がくっついていて、その熱々の小石をを自分でひとつひとつ外してから、持ち帰らないといけない。まさかと思うのだけれど、「小石を外し忘れて食べたので、歯が欠けた!」とか言う人もいて、パン屋さんではみな一生懸命小石を外している。

 パン好きな人はとにかくパンをよく食べる。特にアゼルバイジャン系の人たちがパン好きで知られていて、タブリーズに行った時はみんなスパゲッティもパンに挟んで食べていたし、ご飯もパンに挟んで食べることもある。焼きそばパンやラーメンライスのような感覚なのかもしれないけれど、何が出されても、「お腹が一杯になるようにパンと一緒に食べよう」というフレーズをよく聞くし、本当に何でもサンドイッチ(loqme)にして食べるので、ついつい可笑しくなってしまう。

 サンドイッチといえば、タブリーズからテヘランに戻る飛行機でもこんな事があった。私の隣にはパイロットの5歳の息子さんが1人で座っていたのだけれど、初めての飛行機だったのか緊張気味で、周りの大人たちの世話焼きもものともしないで、じっと前を向いて座っていた。夕食が出されてもしばらくそのまま座っていたので、大丈夫かな?とちらちらと様子を窺っていたのだけれど、しばらくすると、まずトレイの上にナプキンを敷いて、その上にパンやハム、チーズやサラダなどをきれいに並べてから、今度はパンの上に全部のせて、ケチャップもかけて、サンドイッチにしてから、なんとも満足そうに食べ始めた。なんとも独立心旺盛でかわいらしい光景だったので、周りの人たちもとても微笑ましそうに眺めていた。飛行機の機内食をこんなにきちんと満足そうに食べているのも印象的だったし、機内食でもサンドイッチ!と驚いた。帰ってからタブリーズ出身の友達に話すと、満足そうに笑っていた。

 イランの人たちがパンを大事にする感覚は、日本でお米を大事にする感覚と似ていて、例えば、パンは決してゴミに出さない。家庭でもパンは極力捨てないで、固くなった古いパンは、塩(namak)とパンを交換しに来るナマキーという人たちに渡すことになっている。このパンは家畜の餌として使われる。一度、公園でゴミ袋のそばに少し離してパンを入れた袋がおいてあるので、別々に捨ててあるのかと思ったら、誰か必要な人がいるかもしれないので置いてあるのだという。必要な人というのは、自分で食べる人か、ナマキーか、それとも小鳥なのか、よく分からないのだけれど、とにかく天の恵みは捨てられないということのようだ。(ご飯のほうは結構よく捨ててあるのだけれど)

 パンにまつわる習慣でもうひとつ面白いのが、パンを買って帰る人は途中で会った人に焼きたてのパンを少し分けてあげる、というものだ。パンを買う時は、一抱えほどのパンをそのまま両手で抱えて帰るのだが、途中で知り合いに会うと、挨拶してから必ずパンを勧めるし、知り合いじゃなくても、目があってサラーム!と挨拶すると、パンを勧めてくれる。また自分でも焼きたてのパンは道々かじりながら帰ったりする。イランではパンは政府の助成のため、ごくごく安いので、帰り道で会った人みなにあげても大した負担にはならないのだけれど、街角でこういう親しげな挨拶を交わしている人たちを見ると、なかなかいい光景だなぁと思う。

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