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小説 | 逃げる夢


 逃げる夢を追い求めていただけかもしれない。ずっとつづくと思っていた彼との交際は、あの日が最後になった。

 今思い返してみると、いつもと違って別れ際に「またね」の一言がなかった。彼が最後に言った言葉は、「寒くなってきたね。カラダに気を付けてね」だった。それが別れのサインだったのか?


 今までにスキになって交際してきた男は何人もいる。いつも年上の男ばかりスキになった。
 ずっと「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われつづけてきたからだろうか。母から毎日言われて育ってきたから、私だって誰かに甘えたい、という気持ちがあったのかもしれない。なにも考えず、誰かに身をゆだねてしまいたいという思いがあったのだと思う。

 私の恋はいつも受動的だった。告白したことは1度もなかった。いつも告白されることを待っていた。
 顔は美形で胸が大きかったから、いやらしい男に声をかけられることはしょっちゅうあったが、本当に私のことを思い、好きになってくれた男は、片手で足りるくらいの人数だった。


「サクラ、どうしたの?飲めない酒なんか飲んじゃってさ。きみらしくないじゃないか」

「女だって飲みたくなることくらいあるわよ。『らしい』って言葉が嫌いなこと知っててさ、なんでわざわざ言うのよ。このバカ!」

 これは高校を卒業してから、最初に付き合った男との最後の会話だ。1年間付き合って、何回も自分のことを話してきたのに何も理解されていなかったんだ。そう思うと自暴自棄になってしまう。
 こういうときにはだだ黙って抱き寄せてほしいのに、彼は私から去っていった。


 それから何人かの男と付き合ったが、結局最後は同じような別れを繰り返してきた。自分の気持ちを抑えることができなくなって、相手を傷つけてしまう。相手だってたくさん我慢していたことだってあるだろうに、そんなことは忘れてしまって最後には相手を罵ってしまう。
 私と付き合うと、相手は耐えられなくなって私から去っていく。「もう私のことなんか放っておいてよ」と思う瞬間がやってくるようだ。それは仕方のないことだと、受け入れてきた。


 でも今回の彼との別れは、今までの恋愛の最後のようにカッターでスパッと切ったような別れではなく、鈍器でズドンと殴られて気を失ってから殴られたことに気がつくような、鈍い痛みがつづいている。

 直接的な失恋の原因がわからない。彼から連絡がないだけで、つづいているのではないかと、何回か電話したりメールを送ってみたがいっこうに返事はこなかった。それで、もう終わったんだな、とさすがに気がついたのに、今日も彼のアパートのドアノブに、手作りのおかずの皿をビニール袋に入れてかけてきた。

 食べたのかどうか知らないが、毎回きれいに洗った皿がドアノブにかけられている。私に「ありがとう」の感謝の気持ちへ伝える書き置きなんてないけれど。どうやら私の恋はつづいていたようだ。




おしまい



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