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羅刹の伝説 | 鬼の手形

 岩手県に、宮沢賢治も石川啄木も生まれていなかった遠いとおい昔のお話。
 盛岡に、菜園も馬場町も肴町もなかったとおい遠い昔、人々は、羅刹という名の鬼に悩まされていた。

 羅刹は、盛岡の町に度々やって来た。若い娘をさらっては、好色に耽り、酒を盗んでは、夜な夜な飲みあかす日々を送っていた。

 町の男たちは、何度も束になって、羅刹の横暴を押さえ込もうと頑張ったが、返り討ちにあうばかりであった。町の強者たちは、その数を減らしていくばかりだった。

「何とかしなければ、町からおんながいなくなってしまう。おんなだけではない。男たちもみんな喰われてしまって、町が壊滅してしまう。なにかよい方法はないだろうか?」

「家屋をどんなに頑丈しても、羅刹の怪力をもってしては、その意味はほとんど無きに等しい。あの鬼は悪魔だ。悪魔に勝てる者は、もはや神様しかいないだろう」

「神様ってどこにいるんだい?」

「三石の神様に頼んでみるか?」

「だがしかし、三石様は羅刹の棲みかに近いじゃないか?頼む前に殺されちまったら、元も子もないだろう」

「んだなぁ。じゃあ、じゃんけん✊✌️✋して、誰が行くか決めようか?」

「いや、死ぬときはみんな一緒でいいんでねぇか?」

「んだな」

「んだ、んだ。取りあえず、酒をみんなの家の前に出しといて、羅刹の奴が酔っぱらって寝込んだら、その隙に、三石様に頼みに行こう」

 盛岡三ツ割の松峯山東顕寺の境内には、岩手山の火山活動が活発だった頃に
飛んできた大きな岩があった。その岩が、きれいに3つに分かれていることから、「三石」と呼ばれるようになったと言われている。

 羅刹は、めっぽう酒に強かった。赤ら顔になるのは早いが、なかなか眠りにつかない。町の人々は、何日も何日も、酒を提供しては、ただ空になっていく樽を見つめる日々が続いていた。

 そんなある日の夜、羅刹の棲む山から、「ゴ~、ガァ~」という音が響き渡った。羅刹の鼾らしい。ようやく深い眠りについたようだ。

 みな揃って、三石様のもとへ走った。
「三石様、どうか我々を助けてください。羅刹の奴が二度と町に来ないようにして下さい」

 そのとき、町人に、爽やかな一陣の風が吹きつけてきた。目にはさやかに見えなかったが、三石様の返事のようだった。

 夜が明けて、三石様のもとを訪れると、藤の枝が、羅刹の手足に巻き付いていた。幾重にも巻き付いていて、流石の羅刹も苦しそうだった。

 羅刹は、人々に懇願した。
「もう二度と町には現れません。約束します。三石様はこうおっしゃいました。『町の人々に、藤を切ってもらいなさい。そして、約束の印として、3つの石に、お前の手形を押しなさい』と」

 羅刹は大粒の涙を流していた。さんざんひどいことをしてきた羅刹ではあるが、みな、羅刹に同情した。
 羅刹に巻き付いた藤の枝を切り落とし終わったとき、羅刹は3つの石に手形を押して、人々に深々と頭を下げた。

「みなさん、本当に申し訳ありませんでした。ありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

 それ以来、羅刹は二度と現れることはなかった。そして、いつしか、この羅刹がかつて暴れた町は「岩手」と呼ばれるようになった。また、地元の人々には、羅刹がやって来なくなったことから「不来方」(こずかた)と言う人もいるという。





どっとはれ

*「岩手県の民話」(偕成社)を参考にしましたが、小学生の頃、私が岩手に住んでいた頃に、担任の先生から聞いたお話をもとにしています。なので、オリジナルの民話とは若干異なります。
再び筆をとれば、また、違った話になるような気がします。民話なので、ご寛恕くださいm(_ _)m。

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