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📖ゾシマ長老の言葉 | カラマーゾフの兄弟

 この記事では、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」に登場するゾシマ長老の言葉を引用する。
 「カラマーゾフの兄弟」と言えば「大審問官」が有名であるが、私にとっていちばん興味深い登場人物は、ゾシマ長老である。
 作者であるドストエフスキーは「カラマーゾフ」の主人公はアレクセイだと言っているし、多くのロシア文学解説書ではイワンが主人公だと言っている。だから、いずれにせよ、ゾシマ長老は脇役なのだが、私は最もゾシマ長老にシンパシーを感じるし、印象的なセリフも多い。

 原文はロシア語だが、この記事では原卓也による邦訳と、ペンギン・クラシックスの英訳を並べてみた。私が面白いと思った表現を太字で強調してみた。要は私の英語の勉強のための記事である。しかしながら、英語に関心がある方にとって、覚えておいて損はないと思われる。


 肝心なのは、おのれに嘘をつかぬことです。おのれに嘘をつき、おのれの嘘に耳を傾ける者は、ついに自分の内にも、周囲にも、いかなる真実も見分けがつかなくなって、ひいては自分をも他人をも軽蔑するようになるのです。

The main thing is that you stop telling lies to yourself. The one who lies to himself and believes his own lies comes to a point where he can distinguish no truth either within himself or around him, and thus enters into a state of disrespect towards himself. 

 誰をも尊敬できなくなれば、人は愛することをやめ、愛を持たぬまま、心を晴らし、気をまぎらすために、情欲や卑しい楽しみにふけるようになり、ついにはその罪業たるや畜生道にまで堕ちるにいたるのです。これもすべて、人々や自分自身に対する絶え間ない嘘から生ずるのですぞ。

Respecting no one, he loves no one, and to amuse and divert himself in the absence of love he gives himself up to his passions and to vulgar delights and becomes a complete animal in his vices, and all of it from perpetual lying to other people and himself. 

 おのれに嘘をつく者は、腹を立てるのもだれより早い。なにしろ、腹を立てるということは、時によると非常に気持のよいものですからの、ではありませんか?なぜなら本人は、だれも自分を侮辱した者などなく、自分で勝手に侮辱をこしらえあげ体裁をととのえるために嘘をついたのだ、1つのシーンを作りだすためにおおげさに誇張して、言葉尻をとらえ、針小棒大に騒ぎたてたのだ、ということを承知しているからです。それを承知しておりながら、やはり真っ先に腹を立てる。

 腹を立てているうちに、それが楽しみになり、大きな満足感となって、ほかならぬそのことによって、しまいには本当の敵意になってゆくのです・・・・・・さ、お立ちになって、お掛けなさい。どうぞおねがいです。それもやはり、すべて偽りの行為でしょうが・・・・・・

The one who lies to himself is often quick to take offense. After all, it is sometimes rather enjoyable to feel insulted, is it not? For the person knows that no one has insulted him, and that he himself has thought up the insult and told lies as an ornament, has exaggerated in order to create a certain impression, has siezed on a word and made a mountain out of a molehill -- is well aware of this, and yet is the very first to feel insulted, feel insulted to the point of pleasure, to the point of great satisfaction, and for that very reason ends up nurturing a sense of true animosity

But please get off the floor and sit down properly, I earnestly beg you; why, these are also nothing but false gestures…


(↑)(第2編  場違いな会合、2. 年とった道化、新潮文庫[上]、pp.81-82より)
(Book Ⅱ : An Inappropriate Gathering, 2. The Old Buffoon, Penguin Classics, pp. 46-47)


 もう年配の、文句なしに頭のいい人でしたがの。あなたと同じくらい率直に話してくれましたよ。もっとも、冗談めかしてはいたものの、悲しい冗談でしたな。その人はこう言うんです。

The man was already quite advanced in years, and of unquestionable intelligence. He spoke just as frankly as you have done, though also with humour, a rueful kind of humour

 自分は人類を愛しているけど、われながら自分に呆れている。それというのも、人類全体を愛するようになればなるほど、個々の人間、つまりひとりひとりの個人に対する愛情が薄れてゆくからだ。

"I love mankind," he said, "but I marvel at myself: the more I love mankind in general, the less I love human beings in particular, separately, that is, as individual  person

 空想の中ではよく人類への奉仕という情熱的な計画までたてるようになり、もし突然そういうことが要求されるなら、おそらく本当に人々のために十字架にかけられるにちがいないのだけれど、それにもかかわらず、相手がだれであれ1つ部屋に2日と暮らすができないし、それは経験でよくわかっている。

In my dream," he said, "I would often arrive at fervent plans of devotion to mankind and might very possibly have gone to the Cross for human beings," had that been suddenly required of me, and yet I am unable to spend two days in the same room with someone else, and this I know from experience. 

 だれかが近くにきただけで、その人の個性がわたしの自尊心を圧迫し、わたしの自由を束縛してしまうのだ。わたしはわずか一昼夜のうちに立派な人を憎むようにさえなりかねない。

No sooner is that someone else close to me than his personality crushes my self-esteem and hampers my freedom. In space of a day and a night I am capable of coming to hate even the best of human beings: 

 ある人は食卓でいつでも食べているからという理由で別の人は風邪をひいていて、のべつ洟(はな)をかむという理由だけで、わたしは憎みかねないのだ。わたしは人がほんのちょっとでも接触するだけで、その人たちの敵になってしまうだろう。その代わりいつも、個々の人を憎めば憎むほど、人類全体に対するわたしの愛はますます熱烈になってゆくのだ。と、その人は言うんですな。

one because he takes too long over dinner, another because he has a cold and is perpetually blowing his nose. I become the enemy of others," he said, "very nearly as soon as they come into contact with me. To compensate for this, however, it has always happened that the more I have hated human beings in particular, the more ardent has become my love for mankind in general." ' 


(↑)(第2編  場違いな会合、4.信仰のうすい貴婦人、新潮文庫[上]、p.107より)
(Book Ⅱ : An Inappropriate Gathering, 4. A Lady of Little Faith, pp.61-62)



⚠️(注)太字の部分は私による強調。英文法的あるいは言い回し的に面白いな、と思った箇所を強調してみた。
 また、改行については読みやすさを考慮して、改めた箇所がある。


参考文献


日本語訳は原卓也(訳)「カラマーゾフの兄弟」(新潮文庫)、英語訳はDavid McDuff(訳)「The Brothers Karamazov」(Penguin Classics)を使用しました。
ページ数はこの2冊の本に依るものです。画像は私の蔵書。


原卓也(訳)
新潮文庫版
「カラマーゾフの兄弟」

David McDuff(訳)
The Brothers Karamazov
Penguin Classics版

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