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ep.9 人々は今日も働き、旅人はただ歩き、猫は座っている | サントリーニ島の冒険

朝の日差しに包まれたDaneziストリートを通って、フェリーの代理店に向かう。さて、今日のフェリーは動くのか。いや動かないか。代理店のカウンターには、再び起きたばかり風のあの女の子が座っている。「今日もだめ」と言われて終わりそうだ。フェリーの運行は週に何本かだけで、滞在日数は限られているため、私にとって明日がミロス島へ行くラストチャンスとなる。翌日のフェリーの運行決定はいつなされるのか詳しく尋ねる。するとそれは明日の11:30に確認せよという。ついでにいつも閉まっている向かいのポストオフィスはいつ開くのかと尋ねてみると、朝だけだという。何でも”明日の朝”なのである。まだ朝だというのに。

続いては恒例のバスステーションへ向かう。明日フェリーが動く望みを捨てず、港へのバスの時刻をチェックしておくのだ。いつものデニムジャケットのお姉さんが窓口に座っている。掲示板に目をやると、明日の港行きのバス時刻表がまるまる空欄になっている。どういうことか尋ねてみると、明日のバス時刻は今日の15時から16時にならないとわからないという。何もわからないのだ。

本日もカオスのバスステーションには、掲示板に首を伸ばす人々と、あのお姉さんにチャレンジする人の列と、ボーと歩いている旅人達に注意を叫ぶドライバーでごった返している。私はこのカオスが嫌いではない。二人組の若いバックパッカーの女性達が、どうやらフェリーのキャンセルについて話している。二人とも心の余裕がなさそうに見える。私より困っている人はたくさんいる。彼女達と情報共有したかったが、足早にバスステーションを去ってしまった。

このカオスの中、大型バスがバックで入ってくる。そう、このバスステーションは、一見ただの駐車場で、バスと人の往来に境界線がない。いつも大魚バスの登場に小魚の民が避けるという構図だ。掲示板に深く見入っており、迫りくる大魚に気づかない女の子がいる。声をかけるとハッと気づいた彼女は、ありがとうを何度か繰り返した。三日間、毎日ここに通っている私は慣れてきたが、初めての人がここに戸惑う姿には頷けるものがある。

昨日の疲れが残っているためか、坂の多いサントリーニはちょっと歩くだけで足の重みを感じる。今にも出発しそうなOia(イア)行きのバスを見かけて、飛びのってしまいたい気もしたが、その気持ちは押さえて今日は休息(足)日としよう。フェリーでミロス島に行くラストチャンス、来たる明日はフットワーク軽く動けるように体を休めておくのだ。

ということで、今日は歩いていける距離で、気ままな近場観光にする。普段の自分であれば美術館やハイキングコースなど、一つは行き先を決めていることが多いので、全く予定が決まっていないこの旅は珍しい。坂の途中で50セントのポストカードを一枚買い、海を眺めながら隣町のImerovigli(イメロヴィグリ)の方向へ歩く。今は主に観光船の発着地となっているが、昔はメインの港であったOld Port(オールドポート)は、首都フィラの崖の下にあり、そこへ続くケーブルカーには既に長い列ができていた。ケーブルカーの頂上駅とあって、ここまで来ると眺めが良い。このお散歩コースは、実は最終的にイアの街まで続く10キロほどのハイキングコースともなっている。歩き続ければ、イアに行くこともできる。

こんなに登ったかしら
人々が働いた後の見えるワンシーンにいつも心惹かれる

イメロヴィグリまでは基本的に緩やかなのぼりコースで、途中傾斜のきつい階段もある。途中休んでいると、たくさんの旅人が出会って穏やかに会話するシーンを見かける。そんな和やかな人々の空気に元気をもらい、ほぼイメロヴィグリの手前まで来たところでランチタイムにする。

いい匂いのするイタリアンのレストランに入り、メニューを開くと「サントリーニパスタ」が目に入る。トマトベースにチーズのかかったこのシンプルなパスタと水を頼む。海の見える席に座りたくて、ウェイターにテーブルを移ってもいいか聞いてみると、英語が伝わっていないのか、ふざけているのかヘラヘラしている。なんだか嫌な気分になり、このレストランに入ったことを後悔しつつあったが、水を持ってきた別のウェイターもヘラヘラしていて、ここはヘラヘラレストランだとわかった時点で、開き直って居座ることにした。三人目のヘラヘラウェイターに声をかけ、ボールペンを借りた。ちょうどいいので両親への葉書を書いて、気分転換しよう。熱々のパスタが届き、フーフーしながら食べると味は普通であった。

イメロヴィグリでは別の日に宿をとっており、散策はその日の楽しみにとっておくことにして、足が棒になる前に来た道を引き返す。往路でも見かけた同じにゃんこが白い壁の前でまだ佇んでいる。サントリーニの猫も可愛い。そういえばここではよく犬も放し飼いで歩いており、飼い主らしい人の姿が見当たらないことも多い。

帰り際、再びバスステーションに寄ってみると、時間は15:30をまわっていたが、デニムジャンパーのお姉さんによると、明日の情報はまだ来ていないという。もうこれは全て明日の勝負ということで、ヘロヘロの旅人は宿へ戻り、ベッドでぱたっと寝る。約2時間後の18時にはっとして目を覚まし、サンセットを見なければと起き上がる。普段のロンドン生活では、なかなか太陽の光にあたることがないため、この旅ではできるだけ日の出も日の入りも見たい。海沿いの通りに出ると、すでに人が集まり始めていた。

ピンクとオレンジが織りなす至上の時間。今日も最終的には太陽の行く先が分厚い雲に覆われたが、隠しきれない輝きが雲を通して見える。サンセットが幕を閉じた後、辺りを見渡すと近くにカフェがある。この旅の日誌をつけるのにちょうど良さそうであり、そこでギリシャ滞在初となるカフェのコーヒーを頼む。ここに来てからというもの、ザ・カフェ的な場所に巡り会えず、コーヒーを飲みたいならレストランに行くものなのかと思っていた。サントリーニの人はあまりコーヒーに熱くないのだろうか。カウンターでラテをオーダーして、明日の朝食用のパンオショコラも買っておく。これまで朝ごはんに食べていたイギリススーパー・テスコのチョコパンが既になくなってしまったのだ。

ほぼ外にいるような風の吹き抜けるテーブル席で、ブルブルしながら旅の日誌にペンを走らせる。夜20時を過ぎると書く手が疲れてしまい、夕食探しに歩くのも面倒になってしまった。昨日見つけたインディアン料理のテイクアウェイにしよう。私の定番はバターチキンカレーだ。インディアンに熱いロンドンでも必ずバターチキンカレーを頼む。

暗くなったDaneziストリートを戻ると、いつものレストランでいつものおじさんが今日も客引きしている。宿の向かいの小さな食料品店では、あのギブスのおじさんが店先をウロウロしている。今日も働いた人々の一日も終わりを迎えようとしている。

宿に戻り、3台あるシングルベッドの真ん中に寝転がる。聴きはじめたポットキャストでは、偶然にもミロのヴィーナスの話が出てきた。この彫刻が見つかったというミロス島行きへの思いを明日に託す私。東向きの部屋なので、明日のアラームを日の出前の朝6:45にセットする。バルコニーから日の出を眺められるかもしれない。

暗くなった部屋で、ブルーライトに照らされる明日のフェリーの検索結果は、No Result(該当なし)であり、既にキャンセルされて運行無しのようにも見える。先ほどのカフェでは、ミロスで予約しているホテルに電話をかけてみたが、電話に出てくれたマルガリータは、今回のフェリーのキャンセル続きで、ホテルの状況もめちゃくちゃだと言っていたことを思い出しながら、いつの間にか賑やかな通りの音がミュートになって、私はカーテンが少しあいたままの青い部屋で眠りにつく。



ここまで読んでいただき、ギリシャ語のありがとう!Ευχαριστώ(エッフハリストーという発音に私には聞こえます)。

洗濯機が直ったと思ったら、掃除機が壊れた今日この頃です。

「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteで週更新をめざしています。

海を眺めるその目には、泳げるようになりたい思いが。ロンドンの池で泳いだ時を回想する、一つ前の記事はこちらです。

これまでの記事はこちらに綴っています。お時間があればぜひ訪れていただけますと嬉しいです。


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