見出し画像

2019広島大学/国語/第三問(随想)/解答解説

【2019広島大学/国語/第三問(随想)/解答解説】

☠️

2018広大国語/第三問(随想)↓↓
https://note.mu/pinkmoon721/n/n0a17570884b5

2017東大国語/第四問(随想)↓↓
https://note.mu/pinkmoon721/n/naecb05386065

〈本文理解〉
出典は米原万里「叱る方も叱られる方も思わず笑ってしまうというのにどうやら効果的な叱り方」。
①~⑤段落。もう十年以上も前になるが、モスクワの街角で見かけた光景が忘れられない。クトゥーゾフ大通り。歴代指導者たちの通勤路。信号も横断歩道も無視して弾丸のようなスピードで、指導者たちの防弾リムジンとその護衛車が駆け抜けていく。ある真昼の昼下がり、地下歩道へ向かおうとするわたしの目の前を、「オレンジ色の固まりが横切っていった」(傍線部(1))。あれ、女の子ではないかな、と気付いたときには、オレンジ色の固まりは舗装された歩道からポプラ並木の植え込みの中に足を踏み入れている。えっまさか。このまま道路を横断する気なのか。この子は!?
慌てて女の子のあとを追おうとするわたしの耳に、落ち着いたアルトが聞こえてきた。「両手をあげるんだよ。道路を渡るのなら、両手をしっかり真上にあげて渡るんだよ」。女の子は立ち止まって振り向いた。五、六歳だろうか。見上げた先には若い女が立っている。母親か。母親にしては何でこんなに落ち着き払ってるんだ。「あら。ママ、なんで両手を挙げなくちゃいけないの?」。さすがの女の子も怪訝に思ったらしい。そして母親の答えは、「耳を疑いたくなるようなものだった」(傍線部(2))。「死体安置所に運ばれたとき、ワンピースやシュミーズを脱がさなくちゃならないからね。脱がしやすくしとかなくちゃ死体安置所の従業員に余計な面倒をかけて嫌がられるじゃないか」。女の子はたちまち道路を横断する意欲をなくして植え込みから歩道へ戻ってきた。その時になってはじめて、わたしは目の前のうだうら若い母親の深謀遠慮に気付いて、感動のあまり立ちすくんでしまった。
おそらく、わたしが彼女の立場だったなら、「待ってーっ。ダメよダメダメ、絶対ダメよ。死んじゃうわよ。お願いだからやめてーっ」と泣き叫んだことだろう。しかし、「その目的は母親の言い方によってより効果的に達せられているではないか」(傍線部(3))。子供というものは、「ダメッ」などと禁止され、ましてや懇願されたりすると、余計に禁を破ってみたくなるものなのだ。わたしにも覚えがある。もっとも禁止を解くだけでは、禁止した事柄の魅力を減退させるという効果しかないので、禁を犯した場合の危険性を伝えなくてはならない。クトゥーゾフ大通りの母親は、「死体安置所で死体からワンピースやシュミーズを脱がす」という具体的イメージを呼び覚まして、死の危険と恐怖を増幅して感じさせることに成功している。

⑥~⑨段落。真冬の一月半ば、同じモスクワでも今度はキーエフ駅前広場での出来事。母親と息子らしい二人連れがピロシキを立ち食いしていた。その匂いに釣られて眺めていると、五、六歳だろうか、息子が凍てついた水たまりに気付いて、氷の上に乗ると、ピロシキ片手におもしろがって滑り出した。今にも転倒しそうで危なっかしいったらない。その息子に向かって母親が怒鳴りつけていた。「調子にのってひっくり返ったら承知しないよ!頭蓋骨かち割って脳みそがはみ出してごらんよ、あたしの食欲が台無しじゃないか!」。息子はピタリと滑るのを止めた。そしてその光景を眺めるわたしは吹き出しながら再び感動を覚えたのだった。「危ないから止めなさい!」などと懇願するより、この方が百倍効果があるのだ。それにしても、クトゥーゾフ大通りの母親も、キーエフ駅前広場の母親も、子供を叱る方法に同じパターンが感じられる。それは、危険や死の具体的なイメージを子供に与え、自己の生死に対する心配や責任を、子供自身にポーンと投げ与えてしまうことだ。驚くほど大胆に「子供は心配をかける役、親は心配する役という慣れ親しんだキャスティングを、いきなり中止してしまう」(傍線部(5))。親が心配する役を降り、それを子供本人に配役する。すると子供は、自分自身の生命と健康について心配する役を演ずるものらしい。

〈設問解説〉
問一 「オレンジ色の固まりが横切っていった」(傍線部(1))とある。これは、何の、どのような様子を描写したものか。本文中の言葉を用いながら説明せよ。(二行:一行30字程度)

内容説明問題。 「何の」については、傍線後の記述を追えば明らかになる。その個体識別が明確になるように、「オレンジ色のワンピースを着た/五、六歳ほどの女の子(少女)」(A)とする。「どのような」については、傍線直後の「あれ、女の子ではないかな、と気付いたときには(B)/オレンジ色の固まりはすでに~足を踏み入れている(C)」を踏まえ、「(Aの)それと判別のつかないような(B)/スピードで筆者の目の前を通り過ぎていく様子(C)」とまとめる。

<GV解答例>
オレンジ色のワンピースを着た五、六歳ほどの少女の、それと判別のつかないようなスピードで筆者の目の前を通り過ぎていく様子。(60)

<参考 S台解答例>
オレンジ色のワンピースを着た五、六歳くらいの女の子の、筆者の眼前をすばやく通り過ぎていった様子。(48)

<参考 K塾解答例>
オレンジ色のワンピースを着た五、六歳の女の子の、筆者の目の前を素早く通り過ぎていく様子。(43)

問二 「耳を疑いたくなるようなものだった」(傍線部(2))とある。筆者が耳を疑いたくなったのはなぜか。(二行:一行30字程度)

理由説明問題。「耳を疑う」というのは、「思いがけないことを聞き/聞き違いかと思うこと」を表すので、その場に適切な「本来的なあり方」(A)と、実際発せられた「本来的でない発言」(B)を具体化すればよい。Aについては、自分の子供が車が猛スピードで駆け抜けるような車道に飛び出そうとしている状況で、母親としてはそれを心配して止めるところである。しかし、実際には、「なんで両手を挙げなくちゃいけないの?」という娘の問いかけに対して、「死体安置所に運ばれたとき、ワンピース…を脱がさなくちゃならないからね。…死体安置所の従業員に余計な面倒をかけて嫌がられるじゃないか」と言い放ったのである(B)。以上を要点が伝わるようにまとめ直し、「母親が/車道に飛び出そうとする娘を心配するどころか(A)/車にひかれて死んだ後、他人に迷惑をかけるのを心配する言葉をかけたから(B)」とする。

<GV解答例>
母親が、車道に飛び出そうとする娘を心配するどころか、車にひかれ死んだ後、他人に迷惑をかけるのを心配する言葉をかけたから。(60)

<参考 S台解答例>
母親が、両手を挙げて道路を渡るように言ったのは、娘の安全のためではなく、死語に迷惑をかけないためだったのが信じられなかったから。(64)

<参考 K塾解答例>
母親なら自動車道を横断する娘を制止するはずなのに、自動車にはねられて死体になる具体的なイメージを彼女に告げたから。(57)

問三 「その目的は母親の言い方によってより効果的に達せられているではないか」(傍線部(3))とある。
1.筆者はなぜそうように思ったのか。(二行:一行30字程度)

1.理由説明問題。「その目的/より効果的に達せられている」ことが何か(A)を明確にした上で、そのために母親はどのような言い方(通常と異なる言い方)をしたのか(B)を示し、Aにつなげばよい。Aについては、「その」が指す内容「娘に道路を横断させない」を踏まえる。これより、「母親の言い方は/~によって(B)/娘の横断を禁じたから(A)(→その目的は効果的に達せられている)」という解答構文を構成する。
Bについては、傍線後の記述「子供というものは…禁止され…たりすると…余計に禁を破ってみたくなる」(B1)と、クトゥーゾフ大通りでのエピソードの締め(⑤段末文)にあたる記述「母親は…「死体安置所で死体からワンピース…を脱がす」という具体的イメージを呼び覚まして、死の危険と恐怖を増幅して感じさせる」(B2)を踏まえる。これより、「母親の言い方は、禁を破りたがる子供に(B1)/横断という行為を想像させ、死の危険と恐怖を感じさせることで(B2)/横断を禁じたから(A)」とまとめ、解答とする。

<GV解答例>
母親の言い方は、禁を破りたがる子供に横断という行為の帰結を想像させ、死の危険と恐怖を感じさせることで、横断を禁じたから。(60)

<参考 S台解答例>
具体的イメージを喚起する母親の言い方が、死の危険と恐怖を増幅させ、禁止や懇願より、娘の道路を横断する意欲を削いだと思ったから。(63)

<参考 K塾解答例>
娘が死体になる具体的なイメージを母親から告げることで、その娘に死の危険と恐怖を増幅させ、たちまち道路を横断する意欲を無くさせたから。(66)

2.このような母親の言動に対する筆者の評価を、別の言葉で表現した箇所がある。本文から五字以内で抜き出せ。

2<答>深謀遠慮

問四 (選択問題)
<答>イ

問五 「子供は心配をかける役、親は心配する役という慣れ親しんだキャスティングを、いきなり中止してしまう」(傍線部(5))とある。「役」「キャスティング」という言葉を用いたことには、筆者のどのような意図があると考えられるか。説明せよ。(二行:一行30字程度)

表現意図説明問題。言葉や表現は文脈に依存するが、逆もまた真である。ここは、「役」「キャスティング」という比喩的・象徴的な言葉を、この文脈の上で、筆者があえて用いたことの意図を聞いているのである。それを安易に「文脈で」答えてはならないのだ。
まず文脈上は、本文2つのエピソードを承けてその示唆するところを一般化する本文結論にあたる箇所で、いずれの場合の母親も「親=心配する役」/「子供=心配させる役」という「慣れ親しんだキャスティング」を中止して、子供の方に「心配する役」を投げる、そのことで危機が回避される、という内容である。その中で「役」「キャスティング」という言葉を使う意図は何か。
われわれは、普通「親=心配する(世話をする)」/「子供=心配させる(世話をさせる)」の関係性を自明としている。しかし、その「役」は一つの舞台の上であてがわれた「キャスティング」にすぎず、舞台を降りれば他の「役」を生きうる。つまり、「役」「キャスティング」という言葉によって、人間は他者との関係を既成の役割分担に当てはめて理解するが、それが決して自明ではない、ということを示唆しているのである。

<GV解答例>
人間は他者との関係を既成の役割分担に当てはめて理解しようとするが、その役割は自明ではないことを明らかにしようとする意図。(60)

<参考 S台解答例>
親が子供を心配するという既成のあり方を演技にたとえ、それを大胆に止めてしまう親のやり方を、具体的、効果的に表現する意図。(60)

<参考 K塾解答例>
親が子供を心配することを演ずる役柄を強調することで、親が子供を心配するのが当たり前だとする常識への疑義を示す意図。(57)

問六 この文章には二つの例が用いられている。その二つの例を用いた効果を100字以内で説明せよ。

表現意図説明問題。「例を用いた効果」を聞いているのでなく、「二つの例を用いた効果」を聞いているのであることに注意しよう。前者ならば「具体的なイメージを喚起する効果」が答えの定型だが、後者ならば「一般化を図る効果」が定型となる。本文の二つのエピソードを承け、結論に入る箇所の「クトゥーゾフ大通りの母親も、キーエフ駅前広場の母親も、子供を叱る方法に同じパターンが感じられる」(⑧段落)の記述が参考になる。つまり、二つのエピソードにより、「子供を叱る方法についての一般的な教訓」(A)を導出しているのである。Aを長い表題「~どうやら効果的な叱り方」を利用し、「子供に対する効果的な「叱り方」についての一般的な教訓」(A+)と言い換え、「二つのエピソードを重ねることによりA+を導出する効果」、と解答構文を決める。
あとは、「二つのエピソード」の共通点を抽出し一般化した形に直す。1つ目のエピソードの締めにあたる④⑤段落、本文の締めにあたる最終⑨段落を参照し、「子供の命知らずの危険な行為を/母親が直接禁じるのではなく/行為の帰結を具体的に想像させ/行為を封じたという類似の例」として、先の解答構文に埋めこんで完成させる。

<GV解答例>
子供の命知らずの危険な行為を母親が、直接禁じるのではなく、行為の帰結を具体的に想像させ行為を封じたという類似の例を重ねることにより、子供に対する効果的な「叱り方」についての一般的な教訓を導出する効果。(100)

<参考 S台解答例>
危険や死の具体的イメージを喚起し、子供自身に自己の生死の心配や責任を負わせるという同じパターンの事例を列挙し、禁止や懇願よりも感動的に効果のある叱り方があることを、読者に具体的かつ一般的に伝える効果。(100)

<参考 K塾解答例>
禁止されたり懇願されたりすると余計に危険な行為をしたくなる子供の性質を踏まえて、子供自身に自己の生死に対する責任や心配を負わせることで、子供を制止する方法を、ユーモラスにわかりやすく読者に伝える効果。(100)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?