見出し画像

時を越えて思い出を運んでくれるもの。

少々手持ちぶさたで暇な時間、ふと思い立って夏目漱石の小説『こころ』を読むことにした。

明治の文豪、夏目漱石が書いた『こころ』と出合ったのは、現代文の教科書に載せられていた抜粋が最初だった。だから、教科書としての第一印象が抜けず、今までずっと教科書的なイメージが残ってしまっていた。

ただ、教科書に載っていたのは抜粋であり、一部分だけであったため、それ以外の部分を読むのは今日が初めてだった。したがって抜粋に含まれない最初の方は先入観もなく新鮮で、読み物として十分に楽しむことができた。

ところが、だんだんと教科書の部分が近づくにつれ、見覚えのあるキーワードが出てくるようになる。
中心となる登場人物は、読んでから随分と時が経っても、意外と覚えているものだ。主人公の親友「K」。そしてヒロインの「お嬢さん」。
彼らと今になって再び出会い直し、霧が晴れるように、当時の記憶が徐々によみがえってくる。

そして、いよいよ抜粋されたところに辿り着いた。

高校時代に現代文の授業で何度も読み込んだ文章を、一文、また一文と読む度に、あの青春のひとときが思い出される。

黒板の色、チョークの音、気だるげな教師の声。

教室に並べられた机、椅子に座る同級生の背中、見慣れた制服。

文章中の言葉の意味を問う教師、机を囲んでともに考え議論した仲間たちの真剣な表情。

時を越えてキーセンテンスを読み直す度に、それらすべての風景が自然と浮かんでくる。

まさかこんなにも文章が記憶と結びついてるとは思わなかった。

若かりし頃に好んで聞いていた音楽を耳にして、青春時代を懐古する。そんな話はよくあるが、まさか授業で扱った小説を読んで高校時代を懐かしむこともあるとは、驚きだった。

しかし、意外にもそういうものなのかもしれない。
私は当時、その現代文の授業の時間が好きだった。著者の意図が明白ではない文章を、あちこちに散りばめられた手がかりをもとに深読みするのが楽しかった。みんなと一緒に、あーでもない、こーでもない、と考える時間が好きだった。

だから、だからなのだろう。
キーワードをもとに考えたから、キーワードやキーセンテンスを見て、考えたことを思い出し、そして考えるのが楽しかったから、その感情と結びついた情景が思い出される。
感じたことは知覚したこととセットになっているのか、心が動いたときの記憶はより鮮明な気がする。

記憶と結びついたもの。

音楽だったり、文章だったり。

なんにせよ、懐かしい素敵な思い出をよみがえらせてくれるものって、いいよね。

この記事が参加している募集

読書感想文

いただいたサポートは書籍購入に使いたいと思います