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『メアリと魔女の花』考察

以前、映画『メアリと魔女の花』についての考察記事を書いたことがあったので、今回はそれを少しアレンジして考察を書いてみたいと思います。

公開時には話題になったもののそこまで印象が強いとは言えない作品ですが、自分としては「米林監督のスタジオジブリに対する思い」を感じることができる、とても好感の持てる作品です。

この作品を鑑賞した際に重要な意味を持っていると感じたポイントは以下の3つになります。

  • 庭師のゼベディ

  • この映画における「魔法」の意味

  • 主題歌『RAIN』の歌詞の意味

映画のあらすじを追いながらポイントの解説をしてきます。

出典:ポノック【公式】Twitter

庭師のゼベディ

今作の主人公メアリ・スミスは大叔母が住む館に引っ越してくるが、退屈な日々を過ごしている。メアリは館の手伝いをしようとするも何も上手くいかない。特に庭師のゼベディの手伝いをしようとした時は庭の花を間違えて折ってしまい、ゼベディに呆れられてしまう。

ここで登場する庭師のゼベディですが、原作『小さな魔法のほうき』では以下のような人物と描かれています。

色あせた上着を着て、よれよれの帽子をかぶり、ズボンのすそを膝までたくしあげて、ひもで留めている姿は、温室に転がっているがらくたと見分けがつかないほどだ。古ぼけた帽子の下のほっぺは植木鉢みたいな赤茶色で、節くれ立った手の甲には、血管や骨がごちゃごちゃと浮きあがって、まるでキクを支えの棒に結ぶのに使う黄色いひもが巻いてあるように見える。

出典:新訳 メアリと魔女の花 | メアリー・スチュアート | KADOKAWA

原作の庭師ゼベディは容姿が映画版と違っています。映画で描かれているような特徴的なメガネとヒゲは原作では描かれていません。このことから映画版のゼベディは明らかに意図的に、原作から見た目を変更していると言うことが出来ます。それでは、なぜゼベディの容姿にメガネとヒゲが加えられたのか?ここからは自分の推測となりますが、映画版ゼベディのモデルは宮崎駿なんだろうと考えられます。


米林宏昌と宮崎駿の関係性

今作の監督である米林宏昌は1973年生まれ。1996年にスタジオジブリに入社し宮崎駿監督作品に数多く参加。2010年には『借りぐらしのアリエッティ』でジブリ映画作品では最年少で監督に就任しました。この『借りぐらしのアリエッティ』は宮崎駿監督が若いころに構想していた作品でしたが、その企画を米林監督に引き継いで作り上げた作品です。まさに米林監督はスタジオジブリにおける宮崎駿の後継者と目されたアニメーターと言えるでしょう。

今作でのメアリがゼベディの手伝いをしようと奮闘するも失敗ばかりしてしまう様子は、もしかしたら米林監督がスタジオジブリに入ったばかりの自分と宮崎駿の様子を重ねているのかもしれません。

この映画における「魔法」の意味

周りの人たちの手伝いをしようとしても上手くいかないメアリは、少年ピーターの飼い猫ティブとギブを追って森に迷い込み、森の中で青く光る花「夜間飛行」を見つける。翌日、再び森に入ったメアリはティブと一緒に謎の箒を見つけるが、誤って夜間飛行から出てきた粘々の液体を箒に付けてしまう。するとたちまち箒は独りで動き出し、メアリとティブを乗せたまま空高く舞い上がる。厚い雲を抜けるとそこには空中に浮かぶ魔法学校「エンドア大学」が存在した。

冒頭はメアリの心情描写が多く、静かな場面が多かったのですが、この箒に乗る場面から今作における「魔法」がたくさん登場し、映画全体がダイナミックに動き出します。この場面ですが、見る人の多くは過去のジブリ作品で登場するモチーフがたくさん登場することに気づくと思います。

主人公のメアリが黒猫のティブとともに空飛ぶ箒にまたがる姿はどうしても『魔女の宅急便』を意識しますし、雲の上に浮かぶエンドア大学は『天空の城ラピュタ』っぽくもあり、正門へ繋がる階段は『千と千尋の神隠し』、マンブルチューク校長の登場の場面は『崖の上のポニョ』など、今作で登場する「魔法」はどこかジブリらしい雰囲気があります。

人によってはこれを「ジブリ作品の二番煎じ」と感じる方も多いかもしれません。ただ自分としてはこれは意図的にジブリ的なモチーフを登場させていると推測します。プロデューサーの西村義明は原作を見つけた際に「主人公のメアリを巡る話は、米林宏昌自身の物語である」と思ったそうです。つまり、メアリが魔法の箒に乗ってエンドア大学に入学するというストーリーは、米林宏昌がアニメーターとなってジブリに入社する、という自分自身の人生と重ねて描いていると考えられます。

この映画における箒はアニメーターにとっての筆、夜間飛行から出る粘々の液体はインクを意味していると考えられます。実際、カラフルな虹を空に描きながら箒が飛んでいく、というシーンも存在します。自分の容姿にコンプレックスを持っていた主人公は、アニメーターとしての魔法の道具を使うことで、自分が活躍できる場所を見出すことができたのです。

エンドア大学での授業はアニメーターとして成長していく過程と一致します。まず一番最初に箒の取り扱い方法から学びます。アニメーターとして道具の使い方を基本から学ぶということです。魔法の授業で必死にノートに書き込みをしている生徒たちの姿はアニメーターが作業している姿とも重なります。魔法科学の授業では様々なフラスコにカラフルな液体が入っていますが、これもアニメーターの現場のようでもあり、エンドア大学の窓や壁はカラフルな色が施されているのは、カラーパレットのようでもあります。

校長から才能を見出されたメアリは最上級のクラスの授業を受けますが、このクラスの風景はまるで劇場のようです。そして、姿を消す魔法を使うことが出来たメアリはクラス中から賞賛を浴びますが、ここで賞賛を受けるメアリは、ジブリの劇場長編2作の監督を務め上げた米林監督自身と重ねているのかもしれません。

スタジオジブリの解体

しかし、このエンドア大学には闇の部分があった。校長とドクター・デイは地上の動物たちを捕まえて、変身魔法の実験台にしていた。友人のピーターも捕まったことを知ったメアリは、再びエンドア大学に乗り込んで、捕らえられていたピーターと動物たちを解放する。

エンドア大学から次々と動物たちが逃げていくはスタジオジブリが『ハウルの動く城』以降、経営難に陥り、2014年にアニメ制作部門を解体した流れと重なるように感じます。『思い出のマーニー』の制作後、米林宏昌と西村義明はジブリを退社しましたが、実質的にはジブリの経営難によるリストラです。ジブリ退社後、西村が米林に「もう一度、アニメ映画を作りたいですか?」と聞くと、米林は「やりたい」と即答したことで、『メアリと魔女の花』という作品は生まれたのですが、この一番最初の思いはメアリの「私、今夜だけは魔女なんだ」というセリフに込められています。ジブリでアニメを作ることは出来なくなってしまったけど、ポノックという新しいスタジオで、アニメという魔法をもう一度使うことが出来る、という米林監督の喜びがこのセリフには込められています。

エンドア大学の裏の計画に一人取り残されたピーターを救うために、メアリはピーターと一緒に魔法解除の呪文を行います。そしてそこで「魔法なんていらない!」と力強く宣言するのですが、これは完全にスタジオジブリという「魔法」との決別の宣言です。ジブリのアニメーターの多くはこれまでのジブリ作品に憧れて入社したのですが、アニメ制作部門の解体によって、この夢を続けることが出来なくなってしまいました。戻りたいけど戻れない、というジブリに対する思いを完全に断ち切るためでもあり、米林監督にとっては自分に言い聞かせるためのセリフだったのかもしれません。

主題歌『RAIN』の歌詞の意味

今作の主題歌はSEKAI NO OWARIが歌っています。彼らのファンタジーっぽい雰囲気が映画の作風とマッチしているとも感じますが、それ以上に主題歌『RAIN』の歌詞に注目してみましょう。

虹が架かる空には雨が降ってたんだ
虹はいずれ消えるけれど雨は草木を育てていくんだ
虹が架かる空には雨が降ってたんだ
いつか虹が消えてもずっと僕らは空を見上げる

SEKAI NO OWARI 『RAIN』 より歌詞引用

ここで言う虹とはジブリのことです。ジブリという夢のスタジオはいずれ消えてしまうけれどもその中でしっかりと成長することが出来た、という感謝の気持ちと、ジブリが無くなっても次へと進んでいく、という決意がこの歌詞には表れています。

エンドロールに込められたジブリへの感謝の思い

映画のエンドロールでは「感謝」という字幕の後に「宮崎駿 高畑勲 鈴木敏夫」の3名の名前がクレジットされています。ジブリの生みの親でもあり、自分たちを育ててくれた師匠として、この映画全体でこの3名への感謝を伝えているのです。

エンドロールの最後に、メアリの箒が庭師ゼベディの箒の隣に置かれた絵が登場しますが、これは米林監督から宮崎駿への個人的な感謝のメッセージと捉えることが出来るでしょう。

そしてジブリ映画でお馴染みの「おわり」の文字をきっちりと出してこの映画は終わります。米林監督、西村義明プロデューサー、その他、スタジオジブリ出身の多くのクリエーターに支えられて作られた今作は、我々はジブリの意志をしっかりと受け継ぎました、という感謝と決意に満ち溢れた作品でした。

まとめ

今作公開時にこの考察を出した際には、「たとえ裏のメッセージがそうだとしても、つまらないものはつまらない」というようなことも言われました(自分に言われても知らんがな、という気持ちでしたが)。ただ、作品の見方は様々な視点で観ることが出来た方が楽しみ方も増えると思います。
今回はちょっとリハビリということもあって以前考察したものをアレンジした感じで考察記事を書きました。今後もジブリ作品を中心に考察記事をダラダラと書いてみようと思います。

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