LGBTについて

LGBTについて思うところを雑に残しておこうと思います。

LGBTについてのおさらい

レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の4種で始まったこのムーヴメントですが、今となってはクィア(Queer)が参戦したりアセクシャル(Asexual)が参戦したりとやりたい放題。

LGBTQ、LGBTAまでならまだ理解が追いつきそうですが、LGBTTQQIAAPなんていう誰も覚えられなさそうなワードも出てきて若干しんどいです。

そこでかしこい人が出てきて、+を使えば少数の性的マイノリティをすべて包含できる!とLGBTQ+なる表記があるみたいですが、だったら一番ボリューミーなBだけ残してB+でいいんじゃね?とノーマル人間のワイは思ったりします。

LGBTについての個人的な付き合い方

ここからは偏見なので、すぐに感情機能が爆発する方は読まずにほかのサイトへ移動してほしいのですが、個人的にはLGBTの存在は認めているし、そういう性志向があるのも理解しているつもりですし、個人的に付き合いのあるGやBの方とは特に衝突も起こさずにやってこれているので、寛容なほうではある気がします。

ただ、よくLGBTが街に繰り出して街宣しているのを見て、ちょっと違和感があるのが、

  1. 差別をやめろという主張

  2. 国やら自治体の制度を変える運動(政治活動)

  3. LGBT当人以外のLGBT養護派のダブルスタンダード

  4. 子を持つ親としてのLGBTとのかかわり方

についてです。
以下に詳細を書いていこうと思います。

差別をやめろという主張

これについては簡単で、この主張に前時代的なレガシー感を感じるだけですね。
さっき言ったように、ワイとしては特に差別している気はないので、これ以上どこを改善すればいいのかわかんねーのと、さらにそれについて街宣で圧をかけられるとむしろ「差別なんかしてねーし!」という反抗的な感情が沸き上がってきてしまうという。
(内面の差別的な感情については後述します)

まぁ上記は個人的な感想ですが、社会的にも大多数のノーマル人間は、ゲイだのレズだので差別するようなくだらない人生は送ってないと思いますよ。

そりゃ一部の人間は差別的な思想を持っているのは事実だとは思いますが、そういう人たちは宗教上の理由とか家庭の事情とかで骨髄までLGBT差別思考に染まった人たちなので、ただただ街宣で「差別ダメ~」と吹かしたところで、洗脳が解けるわけないですよねぇ。

国やら自治体の制度を変える運動(政治活動)

これについては正直、問題視していまして、政治というのは当たり前ですけど、集められる税金には限りがあり、少数派の要求には無限には答えられないものなのです(LGBT問題に関わらず)。

なので、少数派の要望をここまではやるけどこれ以上は譲歩できない、という線引きをどこかでする必要があるのですが、これは個々人で意見が違うところやなぁと。

ものすごく個人的な意見では、パートナーシップ制度は導入すれば?(ワイは使わんけど)となりますが、トランスジェンダー用のトイレを設置しろとか、学校の制服を撤廃しろとか、なんていうか、コスト度外視のむちゃな要望と、既存の文化を制限または壊すようなものは賛成しかねますね。

出し殻みたいな例ですが、欧州で移民が増えた結果、公立学校の給食に宗教上食べることができない豚が出てくるのは人権侵害だ!みたいなこと言い出す輩が出てきたときに、意識高い裁判官がうっかり判例作っちゃったりして大変なことになる前に、どこかで絶対防衛線を引いておく必要はありますね。

LGBT当人以外のLGBT養護派のダブルスタンダード

このエントリで一番言いたいことがここなのですが、LGBT応援する意識高い私、みたいなのいますよね? あれ嫌いです。

ゲイの友達自慢してくるやつ。

それはおいておくとして、そいつらってLGBT+の人権回復を声高に叫ぶくせに、同じ境遇の一部性的マイノリティについて、かたくなに無視しよるんですよ。

その性的マイノリティとは、ペドフィリアズーフィリアネクロフィリアの方々です。

それぞれ小児性愛、動物性愛、死体性愛、ですね。

まぁ世間的には、まごうことなく差別されてきた性的マイノリティである彼彼女らは、なぜかLGBT+の運動に入れてもらえないのです。

なぜ?

これにはまったく合理的な理由がありません。

小児性愛は児童福祉法、動物性愛は動物愛護法、死体性愛は死体損壊・遺棄という法律に触れるから?

あれ? 同性愛で有罪になったゲイのアラン・チューリングさんと同じ差別・排斥の歴史をまた繰り返すのですかね?

現在の法律や宗教の戒律で規定されているからNGだという姿勢は、はっきりいうと風見鶏以外の何物でもなく、差別をなくし、人権を大切にするといった精神・活動の本質から明らかに外れていると思いますね。

現法がすべて正しい、という人は、生まれた時間と場所によって180度違う意見を言うということなので、そんな芯のないやつに誰が賛同するかって話ですよね。

子を持つ親としてのLGBTとのかかわり方

最後に、子どもを持つ親として、LGBT+とどう向き合っていくのがいいのかは、いまだに悩んでいる最中なのですが、このエントリにも書いた通り、自身の子どもがゲイやレズにはなってほしくはないというのが、やっぱりあります。

なぜなら、孫に会えなくなる可能性があるからです。

これを差別だと言われるならもう差別でもなんでもいいですが、そういう考えがある。

そうなると、子どもにはできるだけLGBTの情報に触れさせないようにするべきなのか、ネガティブなイメージを埋め込んでおくべきなのか、どうすればいいのかわからない。

できることなら強い意志を持って、親は何もせずに子どもに委ね、傍観していればいいのかもしれないですけどね。

いや人生って難しい。

[最後に] ゲイの存在理由と特殊スキルについて

これ書いてる最中、学生時代に読んだ本の中に、ゲイの社会的な役割について生物学的観点からの独自の知見によって迫る本を読んだことを思い出しました。

タイトルは忘れましたが、内容はざっくり

人類は幼形成熟(ネオテニー)化によって進化した

という説です。

ネオテニーというのは、幼体の形状を維持したまま大人になる生物の特性、みたいなことで、よくわかってませんが、今ググるとホンマでっかでお馴染みの澤口先生が同じようなこと言ってますね。

幼生の特徴を持ったまま大人と同じ状態になる

ことらしいです。

で、これがゲイとどう結びつくのかというと、あれこの話なんか長くなりそうな気がしてきました。

人類

ずっと昔に住んでいた人類(ネオテニー化する前)は、少数の集団で狩りをして暮らしていました。

オスは成長すると筋骨隆々、攻撃的になり、今でいうツーブロックゴリラのような隙あらば上司の喉元をも噛み切る的精神で、成長したら集団から離れ、小集団を形成しながら生活していました。

ここで、氷河期が来ます。

するとどうでしょう。
小集団の人類は獲物が取れずに絶滅してしまいました。

ただその時、並行して遺伝子の突然変異か何かですでに生息していたネオテニー済みの人類がいて、そっちは大人になっても子どものように攻撃性が少なく、大集団を形成できたことから、みんなで協力して巨大なマンモスを殺ったりできたため、なんとか氷河期を生きながらえました。

また、ネオテニー化に伴い骨格も幼児化しました。

ネオテニー化によって頭が大きいまま成長し、体毛は薄くなり、骨格が赤ちゃんのそれと似ていることによって二足歩行を始めたとする説もあるようです。

脳が大きく、二足歩行することで手が自由に使え、様々な道具を発明しては生存に有利な状況になりました。

人類のネオテニー化完了!

現代の人類とネオテニー

で、個人的にネオテニーが凝縮された人々がゲイ(レズかもしれんが)の人たちだと思うんですよね。

なぜか。

中学高校のころって、男女別で固まること多いじゃないですか。
あれっていわゆる思春期といわれる、第二次性徴期に体が性交可能となるが兄弟との近親相姦(というか近交弱勢)を避けるために、人類が受け継いできた異性を遠ざけて同性同士でつるむ仕草、ありますね。

ゲイ・レズの人たちはネオテニーがすごくて、これが大人になっても残っているだけなのかなと。

まぁ完全にたわごとですが。

そして、もう一つ、ゲイの人たちのスキルの高さがすごい。

ゲイのすごさ

ネオテニー体の特徴として、大人になっても心と体が若いまま、というものがあります。

なので、ネグロイドをネオテニー化したものがコーカソイド、コーカソイドをネオテニー化したものがモンゴロイド、という仮説はまぁなくはないのかなと。

あとは好奇心が旺盛(子どもの感性のまま大人になるから)。そして、多方面の才能が突出しているのがネオテニーさんです。

先ほど出てきたアラン・チューリングさんもゲイ=高純度ネオテニー体ということで、現代人がお世話になりまくっているチューリングマシンを発明した人ですし、マイケル・ジャクソンさん、Queenのフレディー・マーキュリーさんもゲイですね。

感性が豊かでトークも面白いので、芸能界にも昔からオネェ枠ってやつがありますし、美容家、ダンサー、華道家、マッキー、あげたらきりがない。

何が言いたいのかというと、ゲイはすごい、ということです。


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