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身体から魂が溢れる(グロリア:1980年,アメリカ)

ホームでの昼休み。食堂のテレビで99年くらいの映画の再放送が流れていた。
シャロンストーン主演の『グロリア』。

オープニングからすると面白そうだな~と思ったのだが、休み時間には限りがあるので中座。

で、どこかで見た展開だな~と思ってよくよく思い出してみると、そうだった、そうだった。80年のジーナ・ローランズさんがやった『グロリア』だ。それのリメイク版というわけか。

***

その夜、思い出したので、まだ観ていない方のシャロンストーン版を見始めた。横には相方Kちゃんが居たのだが、始まってまもなく互いの顔を見てしまった。

あまりにイメージが違い過ぎる。きーきーきゃーきゃー言い過ぎる。

途中で無性にジーナ・ローランズ版を観たくなったので切り替える。検索してまで見始めた。
つまりはシャロンストーン版を閉じてしまったのだ。

ジーナ・ローランズ版は記憶する限り何度も観たはずなのに、新鮮だった。忘れているシーンも沢山あった。

『やっぱ、こっちだよねー。』というKちゃんに、ふと思って聞いてみる。『1980年って、生まれてたの?』

聴くところによると一歳だったらしい。不思議だ。ギリ生まれていたけど、やっぱり若いのね。

それにしても、恐ろしくてドキドキする攻防の中、やはり見どころは、腹が座った時の女の勇気。
リメイク版の方は冒頭から主人公が男に金くれよ、金よこせ!と迫っていて興ざめ。こんなに尽くしたんだから約束通り金くれよ!と喚いているばかりで計画性はない。

何だろう?時代の流れで美学も変わってしまったんだろうか。いや、時代は関係ないか。きっといつの時代にも、どちらのヒロイン像も存在するのだろう。

役柄だから仕方がないのだけど、あんなに容姿端麗な当時のシャロンストーンがちっとも綺麗に見えなくて、一方、80年代の当時、既に立派な中年女性だったジーナが、映画の中でどんどん綺麗になって行くという不思議。人はやはり魂の生き物で、身体が所詮容れものに過ぎないということが良く分かる。

そして、80年代の残酷なギャングの世界や、無関心で冷たい街の堅気の人々の中にも、ちらほら優しさが見えたのが面白かった。みんな彼女を逃がそうとしたり、行く先々で助けようとする人にも出会う。
男たちだって沽券にかかわることなので、そりゃもう意地でも殺そうとするのだが、ちょっとユーモアと優しさがある。情けがある。(女は話しかけるだけでバンバン撃って来るけど。)

最近の映画は喫煙シーンがタブーだったりR指定だったり、色んな制約あるせいもあるのだろう、精彩を欠いたものか、極端に残酷なだけのものが多い気がする。

ダメな時代だった。でも、なんだかんだ言って、優しさや夢がある時代だったなあと80年代を振り返る。ジーナは、若き日はもちろんのこと、中年時代のグロリアも、90代のお婆ちゃんになった今でも、永遠に美しい。あくまでイメージだが、例えその品格が演技だったのだとしても、自分の中にないものを人は出せない。

怖くて美しくて、愛と夢がある一本だった。

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