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とある妊婦の脳みそ【3】食いしん坊でもつわりにゃなるのね

知識としては皆、知っているだろう。

“妊娠すると、つわりというものがあるらしい”。

よくドラマや漫画で、何かを口にした女性が「うっ」と口を押さえてトイレに駆け込んで吐く、それを見てしまった人が密かに妊娠に気づいて――なんてシーン(?)があったりなかったりする。

そう、知識としては私ももちろん知っていたのだ。

*  *  *

だが、つわりというのはドラマの中の話だけじゃなく、本当に起きる。これもまた、私には世界を逆転させるほどの衝撃体験だった。

というのも元来、私は食べることが大好きなのだ。

美容や服にはお金をかけないが、食と旅にならかけてもいいと思う。食いしん坊といえばかわいいが、特にグルメではないので、単に食い意地がはっているだけかもしれない。

とにかく、おいしいものを食べることが本当に幸せ。「いや〜、ほんとにおいしそうな顔して食べるよね(笑)」と、一緒に食事をした人から(コイツ単純だなぁと呆れられながら?)言われたことも一度じゃない。

そして基本的に好き嫌いはなく、何でもおいしい。嫌いなものがあるとしたら、今まで食べたことがないものだろう。例えば珍味の虫とか。だが、少なくとも今まで口にした中で唯一、味が苦手だと認識しているのはドリアンくらい。それ以外はたいてい、おいしい。

そんな、食い意地のはった自分にも……。

本当に、つわりという現象がやってきた。これは事件だ。私の世界観をゆるがすほどの。「食べものを見るだけで気持ちが悪い」。食欲だけがとりえのような自分に、まさかそんな日々が訪れるなんて思ってもみなかった。

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改めて断っておくと、ここに書くのはすべて私の個人的な体験談だ。

つわりひとつとってみても、まったく症状が出ないという方もいるし、同じつわりという言葉でくくられる中にも“食べづわり(食べ続けていないと気持ち悪い)”や“吐きづわり(食べられない、食べると吐く)”、その他いろいろ、人によって程度も傾向も実にさまざまある。

私の場合は、吐きづわりが主だった。とにかく食欲がない。むしろ、食べものの匂いや映像だけでも気持ちが悪くなってしまう。大丈夫だと思って食べてみると、しばらくしてからやはり消化できずに吐いてしまったりする。

ただ波があって、本当に何も口にしたくないときもあれば、今ならば何か食べられる、というときもある。けれど面倒なことに、食べものも飲みものも、日によって、むしろ時間帯によっても刻々と、受け付けられるものが変わるのだ。

私の場合はいわゆる定食メニューのような“食事系”全般がほぼダメになってしまったので、“野菜や果物の素材そのまま”や、“おやつポジション”のものを、時間帯関係なく「今なら食べられそう」というときを見計らって少しずつ口にしていた。当時は安静中だったこともあり、体力が落ちてフラフラと脳貧血になり、時には寝たまま、なんとか口に物を入れることもあった。

季節は春の終わりから夏に向かうころ。比較的食べられたのは、トマト、メロン、すいか、りんご、キウイ、じゃがいも(レンジでふかしただけ+塩)、きゅうり、グラノーラ、カロリーメイト、ヨーグルト、シャーベット、あたり。あとは緑系の野菜ジュースで命をつないでいた。

大好きだった肉や魚は、パックに入った素材を見るだけでもう「うっ」ときてダメに。以前は毎日作っていた味噌汁も、味噌の味がやたら酸っぱく感じて無理。好物だったキノコ全般も匂いだけで無理。炒め物も調味料と油の匂いだけで無理。温かいごはんも無理。

かと思えば調子がよい日は、パンが食べたくなったり、突然ハンバーガーやポテトのようなジャンクフードが食べたくなったりもする。他に主食系で受け入れやすかったのは、酢飯系。生ものは控えていたが、五目ちらしやいなり寿司ならいける日がちょこちょこあった(※つわり時の食べものの傾向は、本当に個々人で異なります。あくまで私のケースです)。

毎日が毎日、「今、この瞬間に、これなら食べたい……」となり、もう30分後には同じ気分かどうかわからない、という感じなので、なかなかやっかいである。買い物をお願いしていた夫には頭がさがる。ありがとう。

*  *  *

そんな感じで、食べることが毎日の幸せ、食べることが生きがい、くらいに思っていた私にとって、「食べられない」「食事が楽しみじゃない」ことは本当に衝撃的であったし、なんとも、つらかった。

安静中のため出歩くこともできず、かといって家での食事の楽しみもなく、日に日に体力は落ちて脳貧血にもなり、文字通りフラフラとしていた。体調面と精神面の相乗効果でよけいに気落ちしていたのも頷ける。

しかし、見ようによっては、“(食べられるときにがんばって)食べて、ひたすら寝ているだけなのに、日々みるみると体重が減っていく”、という経験をしたのは初めてで、それも驚きだった。

こんな状態でも、母体はきちんと、赤ちゃんに優先的に栄養を送るようにできているそうだ。だから初期のつわりのときは、食べられるものを食べられるときに、で大丈夫なのだと。なんと当然のように、すばらしいシステムが体内にはインプットされているのだろう。

口にした果物や野菜の栄養素が、赤ちゃんに送られる。そんなイメージを脳内に描きながら、なんとか日々、エネルギー源を口に押し込んでいた。

(つづく)


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