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藤子・F・不二雄ミュージアム

展示会

昨日、川崎市にある藤子・F・不二雄ミュージアムに行ってきた。子どもが大勢いて活気に満ちていた。

現在、藤子・F・不二雄先生(以下先生)が実際に描いたドラえもんの原画の展示会が行われている。

そこで特に面白いなぁと感心したのが、壁に展示されている原画がやけに低いことの理由。最初は子どもが多いからこういう配慮がなされているのかなと思っていたら、実はドラえもんの身長129.3cmの高さに設定されているらしい。本当にドラえもんが目の前にいるようなリアリティのある仕掛けに思わず鳥肌。すごい!!!

ドラえもんの身長の設定に関連して、ヒットの由来も仮説立ててみる。当時先生は同じストーリーを小学1~6年生にそれぞれ分けて刊行され、それぞれの学年ごとの平均身長が漫画にも反映されるよう配慮されていた。そのため、子供たちは自分をのび太に投影することで、共感を生み、大ヒット作品となったのではないかな?

心打つメッセージ

そして、展示会には何箇所かに先生の哲学や思いが綴られている。胸を打たれたものを以下にいくつか載せておく。

・片足に現実をひっかけて、手を伸ばして空想の世界へ
・時代とともに変わっていくのは上部だけで人間の本質はほとんど変化しないのではないかしら。だから人間を本質に近い部分で捕らえていれば、必ず共感してくれる読者がいるのではないかと思うのです。
・人間は何らかのトラブルにぶつかって、いろいろ悩みながら切り抜けていくことで成長していく。それが大多数の人生のあり方ですよね。ドラえもんのようにまとまった形での助っ人は存在しないけれども、様々に助けてくれる人がいたり、そういう状況があったりするものです。だから、ある意味で、ドラえもんはどこにでもいると、そういっていいと思うんです。

特に3つ目の文章、この文章を書いている今も鳥肌が止まらない。みんなドラえもんを欲しい、ひみつ道具が欲しいと思っているけれども、よくよく周りを見渡せば部分的なドラえもんはいつも側にいるんだよって。

童心に帰ることは、大人になっていくにつれて忘れてしまう大切なことを思い起こさせてくれることでもあるよね。

創造すること

最後に、Fシアターについて書こうと思う。Fシアターとは先生がドラえもんを発想するに至った経緯がドラえもんのアニメを通して描かれる15分の映画のことで、館内で定期的に放映されている。

先生はのび太のように怠け者で、勉強嫌いで、ダメダメな人間だ。ただ、一つ優れていたのは考え続けること。ずーっと何かが生まれないかを考え、息詰まった時に見かけた娘のぬいぐるみと、飼っていた猫が頭の中で組み合わさり、ドラえもんが誕生した。

これは、外山滋比古先生の『思考の整理学』で述べられている「発酵」と「寝かせる」ことに通づる。つまり、何かが分からなくても、色々な経験や知識がついていく中でふとその解決策が思いつく、なんてことがあるということ。

何かを創造する時に息詰まって何もかも嫌になっても、とにかく考え続けることこそ尊いことだということを教えてくれる。パスカルの「人間は考える葦である」の言葉の通り、たとえ人間は弱い存在であっても、考えることができる尊さを持っている。

これが先生のドラえもん誕生秘話の教訓ではないだろうか。

皆さんも是非!

これをお読みになった方もぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか!?

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