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【前編】自然とふれあいながら自然を維持するまちへ~横須賀市・堀井靖世さん、松田真和さん、NPO法人三浦半島生物多様性保全・天白牧夫さん~

今回のインタビューで訪れたのは神奈川県横須賀市。
横須賀と聞くと、「米海軍基地のまち」というイメージが強いですが、軍港だけではなく生き物たちの棲み処である海や山に囲まれた、自然豊かな地域でもあります。
このうち樹林地や田畑、草地などが市の面積を占める割合は半分にものぼり、横須賀市は「みどりの中の都市」づくりを進めています。
ポプラ社としては2年前から横須賀の環境保全事業に参画させていただいていますが、今回は保全事業の現状に加えて、行政と民間が手を取り合って行っている先進的な環境学習について、お話をおうかがいできればと考えました。
ご出席いただいたのは、市自然環境・河川課の堀井靖世さんと松田真和さん、横須賀を拠点とするNPO法人三浦半島生物多様性保全の理事長で、行政との協働のもと民間の立場から横須賀の環境分野をリードする天白牧夫さん。
まず話題にのぼったのは、行政を含む大人たちが環境の大切さを理解し、ふれあいを楽しむことの大切さでした。

【神奈川県横須賀市】
人口:377,686人(2023年3月1日現在)
面積:100.81平方キロメートル
産業:工業(自動車・電気機械生産)
交通:品川駅から京浜急行で約45分、車で約1時間
【取り組み】 
・次世代に自然環境を引き継ぐための学びの場として「継承の森」を3か所に設定。
・環境分野で国や県、市の認めるアドバイザー資格を持つ人や識者を「環境教育指導者」として登録し、小中学校や保育園、町内会などに派遣。
・外部講師の指導により、学区をフィールドとした各クラスのオーダーメイド自然体験プログラムを行う「学区の自然体験事業」を実施。
・里山をモデルとした自然環境の形成を官民連携で推し進め、環境保全と自然とふれあえる場づくりの両立を目指している。

軍艦と港だけではない、自然あふれる地域

横須賀市役所内で、三浦半島生物多様性保全の天白さん、市自然環境・河川課の堀井さん、松田さんと

千葉 本日はどうぞよろしくお願いいたします。今回は子どもたちの自然体験と学びをテーマにお聞きしたいのですが、お話の前提として横須賀の自然環境の特徴からおうかがいしてもいいですか?

堀井 港と軍艦というイメージが強い横須賀ですが、実は自然が豊富。三方を囲む海や川のほかにも、丘陵地が連なり、各所にまとまった緑があることも大きなポイントなんです。

天白 その緑というのは、手つかずの原生自然ではなく、農作をしたり、薪の原料を採取したりといったふうに、人の暮らしと一体になった「里山」であることが特徴です。

千葉 ポプラ社は、市による里山の保全活用事業に参画して、環境の再生をサポートさせていただいています。「再生」という限りは以前のような環境が失われたということですが、具体的にはどのような問題が生じているのでしょう。

天白 そもそも里山は農林業などの生産活動があって維持されるものですが、それらの産業に従事する人がこの50年ほどで激減したことで、山の手入れが行き届かなくなり荒廃してしまったんです。結果として、里山の環境をベースとしていた生態系が崩れ、一昔前に見られたはずの生き物たちがいなくなってしまいました。私の運営するNPO法人も、市としても、里山で稲作事業を行っていますが、コメの生産を目指しているわけではなく、あくまで再び生き物たちに生息してもらえる環境をつくるために行っているんです。

松田 そういうことなので、市の事業名もあくまで「里山的環境」の保全活用としています。人の生産活動という要素が欠けているので、定義通りの里山をつくりなおすことはできませんから。

千葉 なるほど。豊かな自然はそれ自体が大きな魅力ですが、市民の皆さんにまちへの愛着を持って暮らし続けてもらうためにも、地域外から人を呼び込む上でも大切な資源になりまよね。

堀井 そうなんです。そうした地域資源を守ると同時に、保全活動そのものを自然とふれあう機会にしていこうというのが市の基本的な考え方です。

子どもへの教育が地域の将来を決める

千葉 市としては里山の活用や、これからお話していく環境教育には長期的に力を入れてきたのでしょうか?

堀井 これだけの自然がある地域なので、以前から各種の取り組みは行ってきましたが、施策として特に重視するようになったのは、この10年ほどになります。

松田 里山の活用や環境教育は市が策定した「みどりの基本計画」にもとづく事業なのですが、1997年から「緑の基本計画」として施行されていたこの計画を、2010年に名称も含めて大幅に見直したんですよね。

天白 というのも、前市長が「横須賀の自然を市民の手で守らないといけない」と旗振り役を担ってくれたんです。その姿勢を明言して実行に移せるトップは、全国的にもなかなかいないと思います。

千葉 環境は取り組むメリットが数字で見えづらいだけに、行政は直接的な利益につながるほかの分野の方を優先しがちですからね。

天白 本当は産業や福祉などあらゆる分野に結びつくものなんですが、結果に至るまでが遠回りになりますからね。

千葉 その課題は教育も一緒で、行政に力強く推進してもらうためには、首長の深い理解と高い意識が必要になります。

天白 ただ、すべてのトップにそれを望むことは難しい。そうなった時に、何が首長を動かすのかといえば、やっぱり民意。そして、民意を生み出す力が子どもだと思うんです。まちのこれからを決める意味でも、各分野の重要性を伝える教育が大切ではないでしょうか。

失われた「出会いの機会」を行政が補完すべき

堀井 市民の皆さんも自然が地域の魅力だということは認識していて、市民アンケートでは80%の人がそう回答しているのですが、その割に身近にふれあうものとしては捉えられていない現状があります。海で遊んだことも山に入ったこともないという子がやっぱり多いですし、親世代も同様です。

千葉 皆さんご自身はいかがでしょう? お三方とも横須賀市のご出身とお聞きしたのですが、どのような子ども時代を過ごされたんですか。

松田 私は住宅地の出身ということもあって、正直なところあまり自然には接しない子どもでしたね。

堀井 私は「ガキ大将文化」みたいなものがまだ生きていた頃が子ども時代でしたから、近所のお兄ちゃんたちに山へ付いていったり、流れが速いからダメだと言われているのに海に行ったり。今考えると、ちょっと危ない瞬間もあったかもしれないですけれど。

千葉 でも、少しヒヤッとするような体験もあってこそ、感受性が育まれるんですよね。自然は楽しさと危険の両面を教えてくれる場だと思います。

松田 行政として体験を提供する上では、安全確保との兼ね合いが難しいですけどね。

千葉 天白さんはいかがですか?

天白 私はもう、本当に生き物大好き少年でした。転機が訪れたのは中学生の頃で、授業の外部講師で柴田敏隆さんというナチュラリストの巨匠が授業に来てくれたんです。その講和で柴田さんが、「この間、イタチに会ってあいさつしましてね」みたいなことをおっしゃっていて、「なんだこの人は!」と。それに、私は遊んでいた沼が道路になったりというまちの変化に対して、子どもながらにモヤモヤを抱えていたんですが、そのような状況をきちんと問題視している大人に会えたことも嬉しかったんです。たまたま柴田さんが近所に住んでいることがわかり、そこからは押しかけ弟子のように。

堀井 私が天白さんを初めてお見掛けしたのも、柴田さんに講師をお願いした市民講座の場でした。「なんか、ちっちゃい子がいるなあ」と思って見ていたのを覚えているのですが、もう20年くらい前でしょうか。

天白 そうでしたか(笑)。まあ、それから大学でも生物について学び、横須賀で環境保全活動を開始して今に至るわけです。

千葉 自然を介した出会いが人生を変えたということですよね。天白さんの例には、今後の日本のコミュニティーを考える上で、とても大切なことが含まれていると思うんです。というのも、子どもにとって、その後の人生の糧になるような大人との出会いが生まれにくい状況があるのではないかと、かねてから課題感を持っていまして。

天白 そうなんですよね。昔は住民同士がつながり合う営みの中で子どもたちが育まれていたはずですが、今は世代間の結びつきが分断されている。地域の機能が失われてしまったのならば、それを補完するのは公共サービスの役目だと考えています。

堀井 市としても、環境保全の取り組みには市民協働を掲げて、天白さんをはじめさまざまな分野に造詣が深い市民の方々に携わっていただいています。そういう人と子どもたちが関わることで、第二の天白さんのような存在を育んでいけばと思いますね。

楽しむ大人を育てることが、子どもの関心につながる

千葉 里山の事業においては、多世代交流はどのように実践されていますか?

松田 近隣の小学校の授業に田んぼづくりを取り入れてもらったり、イベントとして親子稲作体験を行ったりしています。そうした中で、子どもたちと講師の大人たちとの交流は生まれていますし、基本的にボランティア活動は年齢を問わずオープンに募集しています。

堀井 里山もいくつかエリア分けをして整備しているのですが、ポプラ社さんにも参画いただいている場所は「民官連携エリア」と位置付けていて、幼稚園や保育園を運営する法人にも加わっていただいてます。民官連携での緑地整備は運用を始めてから日が浅いので、今後の話にはなってしまいますが、園児と大人たちが里山を通じて継続的にコミュニケーションできるようにしたいと思っています。

千葉 さまざまな企業や団体が参画しているわけですから、つながりが何を生み出していくか楽しみですね。

天白 あと、里山での作業を中心的に行っていただいている市民団体の「横須賀里山田んぼ倶楽部」さんは、40人ほどのメンバーがいるかと思うのですが、高齢層からいわゆる現役世代まで幅広いですね。

千葉 市民団体は高齢者の方が多く、次第に活動が縮小していく傾向もありますが、きちんと新規メンバーを獲得できているんですね。

堀井 里山活動のボランティア養成講習を市が主催していて、その修了生の方々が組織してできた団体なんです。現在は養成講習を修了すると倶楽部に加入する流れができ上がっていて、講習の講師も倶楽部の方々に担っていただくようになりました。

松田 市としても、市民団体の高齢化は課題と捉えていますので、このシステムは今後の取り組みを支える要になるはずです。

千葉 子どもたちに良い出会いを提供するには、キラキラと目を輝かせながら楽しむ大人を育てることも必要。その仕組みをきちんと市がつくっているのは、素晴らしいことだと思います。

堀井 やはり、大人たちが楽しんでいる姿を見せることが、子どもの関心を引き出すことになりますから。

千葉 大人が楽しむといえば、松田さんは「あまり自然とふれあわない子ども時代だった」とお話しされていましたよね。今お仕事として自然に関わる機会が増えて、ご自身に変化はありましたか?

松田 こんなに自然が面白いのなら、子どもの頃からもっと接していればよかったなと(笑)。30年以上暮らし続けて、すべて知ったつもりでいた地域について、市民の方々から新しい魅力を教えてもらっています。自分の住む住宅地の裏山にサンショウウオがいるだとか、発見ばかりです。

千葉 山も海も、実際にその中に入ってみなければ単なる日常の景色になってしまいますからね。自然が遊び場だった頃と違って、今は誰かが機会を提供しなければ面白さを知ることすらできない。

松田 天白さんがおっしゃっていたことをなぞるようですが、だからこそ行政が機会提供の役割を担うべきだと思いますし、自分が親になってなおさらその大切さを感じますね。これは市役所職員というよりも親の視点になってしまいますが、自分の子どもには私が気付けていなかった地域の魅力を、早くに知ってほしいなと。

千葉 そういう目線を持つことはとても重要だと思います。行政側の一人ひとりが生活者としての実感を持っていることが、自治体運営には必要ですから。松田さんのお言葉からも、子どものより良い学びのためには、大人が学ぶことが大切だとわかりますね。

後編へつづく)