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短編小説 デニムの砂(3)〜P2P5曲目 体温より〜

次の日、僕は1人で散策に出た。
真琴さんの部屋に飾ってあるあの写真の場所に行ってみたかったからだ。

なぜあれ程までに、僕はあの写真に拘ったのか。あの写真に宿る壮一さんに、何を感じているのか。
それを知りたかったからだ。
これも、昨日素直に嫉妬できたから、思えたことだった。

どの辺りの写真だったのかは、以前真琴さんから聞いていたので、ある程度当たりを付けながら、散策をした。
今日も沖縄の空は澄み通っていて、東京では感じることのない色が僕を包んでいて、太陽の光でさえも、いつも感じることのない色を感じていた。

そのうち、何を探しているのかわからないくらい、僕はこの景色に魅了され、時間を忘れて歩いていた。
ある場所に着いたところで、僕は心臓が大きな音を立てて脈打つのがわかった。

ここだ。
この場所が、あの部屋に飾られてある写真の場所だ。
沖縄の海、空、花、そして木に吊られたブランコがそこにあった。

「見つけた…」
そう呟いて、僕はしばらく佇む。

何か感じるかと思った。
何かを吹っ切れるのかと思った。
何かが崩れるのかとも思っていた。

でも、何も感じなかった。
いや、正確には、とても綺麗な色とりどりの風景に魅了された。
何も感じないと言うのは、僕の拘りがこの風景を見て、どうなるか、だった。

何も、何も変わらなかった。

当たり前だ。
あの写真の風景は、あの2人の思いがこもった風景で、僕が目の前にしている見ている風景は、僕が見ているのだから。

僕を縛っていたのは、僕自身だった。

「何だよ」
そう呟くと、僕はブランコに乗ってこぎ出す。
最初は小さく、だんだん大きく揺られて、感覚的にはそのまま回転しちゃうんじゃないかと思うくらい大きく揺らした。

「あぶねぇーーー!」
僕は1人で叫ぶ。
だけど、周りには誰もいない。盛大な独り言だ。

それが面白くて、ブランコを降りて走り出す。
砂浜に差し掛かると途端に足を取られて転んでしまう。

走って転ぶなんて何年ぶりだろう。
僕は太陽を見る。
もちろん眩しくて見ることはできないが、東京とは違う色の太陽の光を浴びて、僕はあの、地図のない荒野から飛び降りたのを感じた。

新しい地図を手に入れた。
そう思った。
深い溝には、まだはまり込んでいるとは思う。
だけど、そこから上に這い出すための地図を、僕は今手に入れたんだ。

僕は、僕の思いで真琴さんと向き合っていく。
壮一さんのことは乗り越える必要なんかない。
僕と壮一さんは別人だ。
壮一さんの思い出と共に真琴さんを包もうとするなんて、自分にも壮一さんにも失礼だし、不可能だ。

そう思ったら、昨日触れることのなかった指先から、真琴さんの体温が伝わってきた。

僕は、理論派であり現実派だ。
だから、運命なんてものは信じた事がなかったし、運命と呼べるものは、努力で引き寄せるしかないと思っている。
だけど、真琴さんと僕は運命で繋がっているのかもしれない。
繋がっていなくても、僕は真琴さんが好きだ。

それで良いじゃないか。

僕は大きな声で笑った。
それこそ、天国の壮一さんに届くように笑った。
あなたを愛した真琴さんを、僕は愛していきます。

そう宣言するように、笑った。
太陽が、海が、空が僕の笑い声を受け止めてくれていた。

⌘⌘⌘⌘

東京に帰ってきた翌日、僕は、洗濯をしようと荷物からデニムを取り出す。
すると、そのデニムから砂が落ちてきた。
あの時、砂の上で転んだ時に入り込んだんだろう。

途端に僕の心は沖縄のあの風景に飛んだ。
そして、真琴さんを思って笑い転げたことを思い出した。

僕はいても立ってもいられず、そのデニムと砂を写真に撮る。

真琴さんに送ろう。

僕らが別れてから初めて連絡を取る。
真琴さんがどう受け取るかはわからないけど、僕が躊躇するのはやめた。

だって、僕は新しい地図を手に入れたのだから。

あとがき
松下洸平さんのライブツアーに参加してきました。あまりの楽しさに、セットリスト通りにお話を作り始めました。5曲目の体温になります。
沖縄の風景と指先すら触れなかった2人のストーリーで、この体温からは過去にもいくつかお話をかいています。
でも、今回は、ライブから感じ取ったお話です。
再開した2人がどうなるのか、見守っていただければと思います。

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