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あんなに元気に準備したのに、玄関が開けられなかった日。

出れなかった。どうしても、あと少しができなかった。


* * *

数週間前のその日、私はやたらと目覚めが良くて、6:30には体も軽くベッドから抜け出して本を読み、洗濯物を干して、普段は昨日の残り物を詰めるだけのお弁当なのに朝からフライパンなんか握っちゃったりして気合入れたお弁当を作った。今日はなんかいい日だな、って感じてた。化粧のりも良くて、鏡に映る私はなんかいつもより可愛い気がした。

その日は午前の授業は2コマともあったけど、両方ともオンラインと対面授業の併用だったので、せっかくだし学校に行こうと思っていた。朝から完璧だった私は、突然、玄関で靴を履く直前に座り込んでしまった。

結局、しばらく動けず、午前はそのまま全部オンラインで受講した。
何も頭に入ってこず、ただただ無機質なワンルームにパソコンから音割れのひどい音声が流れているだけだった。


* * *

午前中が終わり、せっかく作ったお弁当を家で食べるのも癪で、スーパーにも行きたかったからその途中にある公園で食べようと思った。スーパーも公園も、学校と反対方向にある。だからなんとなく行ける気がした。

外に出た瞬間少しひんやりしたから上着を羽織って出たのに、公園はどのベンチも陽向にあったせいで暑かった。公園はだだっ広い土のせいで照り返しが眩しい。黒い服の部分はぽかぽかというよりじんじんとあったかい。この公園には一本だけ随分と背の高い木があって、神秘的でありつつ親しみを覚えていた。

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高校生の頃、1回だけ家を出たのに学校に行かず、サボった日を思い出した。あの日も特に朝は変わったこともなくて、普通に家を出たはずなのに、電車にはどうしても乗れなかった。駅で学校に電話して、体調不良ですとだけ伝えて、その日は一日中歩いた。適度に止まってボーッとしては、教科書でパンパンの重い鞄を持っていることを恨めしく思った。夕方、部活が終わる頃の時間まで公園にいて、おじいさんが健康器具に乗っている様子や走り回ったり座り込んで遊ぶ園児とそれを横目に噂話に勤しむママ友集団、縄張り争いを始める小学生、端っこの方でお菓子を食べながら駄弁る中学生、暗くなり始めた頃にやってくるカップルを見ながら過ごした。

つい数週間前のあの日は平日真昼間の公園に人影もまばらで、高校生の頃のように長居はしなかった。いつもは親しみを感じる公園の木は、やけに孤独に見え、なのに一人でも背筋を伸ばしてピンと立っている様子に見えて、なんでそんなに強いのと嫉妬のような感情を抱いた。木も日差しも眩しすぎて、早々と公園を後にした。


* * *

高校生のあの日の私も、ついこの前の大学に行けなかった私も、変われていないのかと思うと悔しくなる。どれだけモチベーションが高い日でも、ルンルンの気分で準備した日も関係ない。その感情は突然私から体の力を奪い去る。

私が今日黙って休んでも誰もなんとも思わないだろうな。
このまま死んじゃっても気付かれないんだろうな。なんて。
私みたいな口ばっかりで行動できない人、あの人は嘲っていそうだな。
私みたいな人に話しかけられて、そういえばあの人は迷惑そうにしていたんだろうな。なんて。
夢を語るばっかりで、手は動かしていなくて恥ずかしいな。
やるやらないじゃなくて、できるできないで判断するのださいな。なんて
考えたって仕方ない思考がぐるぐると回る。


* * *

中学生の頃は、親が成績より何より皆勤賞を大切にする方針だったので基本的に学校を休ませてもらえなかった。人間関係のいざこざも、部活でのトラブルも、「休む理由」にはなれなかった。ストレスが体に出てご飯が食べられなくなっても、自律神経失調症と言われて目眩と吐き気に襲われても、結局制服を着て気づけば玄関から出ている。家庭内のいざこざと反抗期も重なって家にもいたくなかったから、気持ち悪くても学校に行って図書室に行ったり保健室で休んでいる方が楽だったのもある。途中からは、いじめに屈して学校休んだりしたら負けだという謎の反骨心を持って死ぬ気で登校していた。「休んだら負け」というのは危険な洗脳の気がする。

あの時休み方を知っていたら、どうなっていただろうか。
もうずっと学校に行けない、ストレスに立ち向かえない人間になっていたかもしれないし、人が休みたいという時に寄り添えるようになったかもしれないし、自分をコントロールして追い詰めずに生きる術を知っていたかもしれない。
わかんないけど、でも、少なくとも今、「あ、無理だ」って玄関で座り込んで行けなくてその日は苦しんでも、また明日か明後日から頑張ろうと思う今の方が生きやすく感じる。


ドタキャンも、突然玄関に座り込んでしまうのも、他人に迷惑をかけて自分の価値を落としてしまっている。なんでこんなに生きるの下手なんだろう。
いつか、上手に生きれるようになるのかな。


ぽてと

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