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The Lady Is a Tramp!!

今日はなんだかな・・・変な天気だな

そう思いながら僕はまたマスターの店に向かった

店のドアに手をかけたとき、かすかに店の中から話し声が聞こえた。

「今日は先客がいるのか、どんな人だろう?」

ドアを開け、中に入るとマスターと小学生くらいの女の子が

ピアノを囲んで談笑しているのが目に入った

「あ、お客さんだ! こんばんは!」

「こんばんは、マスター、彼女は?」

「ご近所さんでね、親御さんが仕事で遅くなる時はよく遊びに来ているんですよ。ビールでいいですか?」

「そうだったんですね、はい、ビールで」

いよいよこの店がジャズバーであるということを忘れそうになる

「おにいちゃんもピアノ弾けるの?」

「僕は弾けないんだ、聴くだけだよ」

「えー、ピアノは誰にでも優しいんだよー、すぐ弾けるよ、私みたいに。」

そう言って少女はピアノに向かった

「もしかして、天才少女?」

そう思っていると、耳に飛び込んできたのは

「バーン、ジャカジャカ、ダッダーン」

と、とても元気よく鍵盤をたたいている音だった

お世辞にも曲になっているとは言えないが、実に楽しそうに弾いている。

「ほら、かっこいいでしょー? お兄ちゃんも弾こうよー」

そう言われてピアノに座らされたものの、

何をどうしたらいいのかがわからない。

「好きなように、ねぇ・・・」

子どもは無邪気でいいなぁと羨ましがっていると、店のドアが開いた

「マスター、遅くなってごめんなさい」

どうやら少女の母親らしい

「ママ、今日はこのお兄ちゃんとお友達になったのー」

「あらよかったね~、今日はもう帰るからマスターとお兄ちゃんにバイバイしてね」

「おじちゃん、お兄ちゃん、またねー」

「またねー」

ハチャメチャな音楽を僕の耳に残して少女は帰っていった。

「ここに来たばかりの時は、あんな子じゃなかったんですけどね」

マスターがポツリとつぶやく。

「あんな子じゃなかったとは?」

「親御さんも遅くまで仕事だから、たくさん習い事をしてたみたいなんですよ。その中の一つがピアノでね、音楽は好きだったみたいなんですが、教えていた先生が間違えると怒る先生だったみたいで・・・来たときはピアノに触ろうともしませんでした」

「そうなんですか・・・」

「一番初めに、お母さんとお店にいらした時、たまたま僕がピアノを弾いてましてね、その時彼女は僕が五線譜じゃなくて、コード譜を見ながら弾いていたことが不思議だったみたいで『何これ、楽譜?』と興味津々に寄ってきました。」

「そこで、音楽は楽しいこと、好きに弾いていいこと、でもうまくなったり、難しい曲を弾くには練習が必要なこと、ピアノの先生は怒る先生ばかりではないことなど、いろいろ教えてあげました。」

「はぁ」

「すると次の日から、放課後に遊びに来るようになったんです。習い事に行かずに、学校の宿題をしたり、ピアノを弾いたり、絵を描いたり、いろんなことをしていくうちに、今日みたいな元気いっぱいの女の子になったんです。」

「マスターのおかげですね。」

「そうなんですかね? でも、ピアノという共通点があったから二人は友達になれたわけで、もし彼女がピアノを習っていなかったらまた少し違った未来になっていたと思いますよ。」

「音楽は世界共通語とも言いますしね!」

「そうですね。僕はピアノを習ってこういう風な出会いをたくさんしてもらいたいんですよね。習っている人全員がピアニストになる必要もありませんし、演奏会などに必ず参加しなければならないこともありません。大切なのは、楽しむことーまたその楽しさを人に伝える事なんではないですかね?」

「おっしゃる通りです、で、マスター熱いお話の途中に申し訳ないんですが、ビールそろそろいただけますか?」

「私としたことが申し訳ない、すぐお持ちしますね」

教えるということはただ言うとおりにさせればいいわけではなくて、

教育者の分身をつくればいいわけでもなくて、

その子に合った方法で臨機応変に対応していかなければいけないよなと

それで道を外れたとき、何か失敗をしたときに、

手を差し伸べることが教育ということなんだろう。

そういうことを今日、マスターは僕に教えてくれたのだろう。

ジャズバーに来て教育について考えるようになるとは・・・

「お待たせしました、ビールです」

今日はいいお話をつまみに飲めそうだ

そう心の中で呟いて、グラスに口を付けた。


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