Lullaby of Birdland
「別れようか、僕たち・・・」
「えっ・」
今日も性懲りもなくマスターのバーに来ているわけだが
今日の先客は若いカップルで居心地があんまりよくなかったので
今日は帰ろうかと思っていたところとんでもない修羅場に出くわしたようだ
「待って、何で突然別れようなんて言うの?他にいい人でもできたの?」
「突然ではないよ、もう終わりかなと思ってて今日言うつもりで誘ったんだ、最近お互いに忙しくて会えてないし、なんかお互いにすれ違うことが多くなってきてるような気がしてさ」
「じゃあ、一緒に住んだりとか時間をちゃんとお互いに時間とって会えるようにしたらいいじゃん、学生じゃないんだし。忙しい忙しいって言って会ってくれないのそっちじゃん、私はちゃんと時間つくって会いに行ってるのに・・・それを理由にされても全然納得できないって」
隣で聴いていてドキドキしているのはおそらく僕だけだろうが、カップルはさも自分の家で話しているようにマスターや僕のことなんか眼中に無いのだろう、若いとは羨ましい限りである
「とにかく今日1日よく考えて、俺の気持ちは多分変わらないと思うから」
彼氏の方はその言葉だけを言い残して、会計を済ませ一人そそくさと店を出て行った
彼女の方は放心状態からか、机の上に残されたグラスをうっすらと涙ぐんだ目でただただ見つめ、固まっている。
ここで僕は声をかけるべきか悩みどころではあるが、見ず知らずの人間が声をかける場面ではないだろうと思い、机の上の煙草に手を伸ばした。
しばらく静寂が続いた後、声を発したのはマスターだった
「大丈夫ですか、何か新しいの飲まれますか?」
「・・・」
「終わったわけじゃないとは思いますが、昔のものにこだわり続けますか?」
「・・・そうは言っても、好きなんですもん」
その言葉を聞いて彼女はとうとう泣き出してしまった、マスターなんてことを言うんだ、と思っていたらそうではなかったようだ
「そうですよね、僕も彼氏さんの言った理由が本当の気持ちとは思えないんですよね、どこかあなたのことを思って別れを告げたような、憶測ですが」
「・・・どういうことですか?」
「彼のことをよく知らないおじさんが恋愛に口出すのはよくないと思いますが、あなたにこれ以上無理をしてほしくないんでは?」
「それは・・・」
「忙しい合間を縫って会いに来てくれるのはうれしいことですが、それが当たり前になってしまうとあなたばかりしんどい思いをして、自分の気持ちと天秤にかけてしまうんです、”自分はここまでこの人に同じことができるのか”って、”きちんと大切にできてるのか”って、そう彼なりに考えて考えて出した苦肉の策が、別れを告げることだったのではないですかね?」
「・・・そう言われると、いつも何かアクションを起こしていたのは私でした。休みを取ってほしいとか、あそこに行きたいとか。でも今日だけは彼から誘われたんですよね」
「彼はまだ本心から別れようとしているわけではないと思いますよ。今日ゆっくりとご自身の考えをまとめてしっかりお二人でお話しされてみてはいかがでしょう?」
「そうします、マスターありがとうございます。では、今日はこれで失礼するので私もお会計を」
「会計は先ほど済まされましたよ、彼氏さんが」
「えっ?」
「2人分の会計をしていったからまだ可能性があるんじゃないかと思ってお話しさせていただいたんです」
「・・・じゃあ私、彼氏とちゃんと話をしてきます」
「お礼も忘れないでくださいね」
「もちろんです、ありがとうございました」
マスターと話した後の女性は何かを乗り越えたような清々しい顔をして店を出て行った
「マスターすごいですね、ちゃんとアドバイスまで」
「こういう仕事をしていると、あの手の話はたくさん聞いてますし、一応私だって人並には恋愛をしてきているので」
しかし言葉とは裏腹にマスターの顔はどこか淋しそうに、切なそうに見えた
デリカシーないなと今は思うが、この時は聞かずにはいられなかった
「マスター、結婚とかしてないんですか?」
「何度かチャンスはあったんですけど、この通り、独り身です」
「チャンス?」
「ええ、チャンスです。でも、その時何もできなかった、してこなかった訳ですから、ただの”チャンス”で終わってしまいましたけどね。」
「もしよかったら、詳しく聞いてもいいですか?」
「ただ長いだけで、退屈だとは思いますが、それでもよろしければ」
「お願いします」
「では、まずビールでも取ってきますね」
そういってマスターはビールを取るために席を立った
さっきまでの静寂とは違った静寂が僕を包んでいた。
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