スクランブル交差点付きの喫茶店
ーー「スクランブル交差点付きの喫茶店」ということなんですが、最初聞いたとき、どういうところなんだろう?と思いましたが(あたりを見渡しながら)こういうことなんですね。
店主:そうなんですよ、こういうことなんです(笑)
ーー店内をガラス張りにするなんて、かなり勇気がいる試みだったんじゃないでしょうか。
店主:ははあ、そうですねぇ。まあ荻窪で元々喫茶店を開いておりまして。家内と2人でやっていたのを、この街でやることになって。そうしましたら建築デザインの仕事をしている息子が、いろいろ相談にのってくれましてね。「それなら、ガラス張りにしたらいいんじゃないか」と。
ーーなるほど。身近に信頼のおけるアドバイザーがいたわけですね。特徴が何カ所もあるかと思います。店内全面ガラス張りということ以外にも、たくさんありますよね。例えばお店の敷地がとにかく広い。小学校の体育館くらいあるんじゃないですか?
店主:ああ……。あるのかもしれないですね。私のころは体育館というのがなかったので、分かりませんが。以前やっていたお店は、ここの1/5くらいのスペースでしたからねぇ……。
ーーご夫婦以外に働かれているスタッフは10人ということですもんね。……いちばん気になるのが、店内のデザインといいますか。お店が4つに区画されていますよね。いわば4つの透明な箱に分かれている状態といいますか。
店主:そうそう。ひとつの透明な箱を縦一直線に切って、さらに横一直線に切って、その切ったところを道路にして、人が通れるようにしたんですよね。
ーーそうそう。これって、すごい発想だと思うんですよ。道路を後付けするっていう。信号までつけてますし。これが「スクランブル交差点付きの」ということですよね。しかし、そもそも、4つに分ける必要って、あったんでしょうか?
店主:うーん。必要があるか?と聞かれると……。ただ私、探偵小説が好きなんですね。
ーー探偵小説……?
店主:読まれますか?
ーーあ、はい。一応。ミステリー小説のようなものは。
店主:ほぉほぉ、そうですか。ああいう物語は、自分で推理していくのが楽しい時間ですわ。なかなか犯人をあてられた試しは私にはないんですが、ああいうのを読んでいるとつくづく「人間観察」なんじゃなぁと思うわけです。
ーー人間観察?
店主:はい。人を観察するんですな。人にきどられないように観察をして、どんな人なのか、推測するんですよ。目を配り、想像し、確認する。この一連の流れを繰り返すことで、推理力も高めることができるんじゃないかと思うわけです。
ーーそうなんですね。
店主:この喫茶店を今のデザイン・素材にしたのは「探偵ごっこ」がしたかったからなんですよ。
ーー探偵…… ごっこ?
店主:ほら、ガラス張りだと外から丸見えだけれど、中からも見えますでしょ。そうすると、コーヒー飲みながらぼーっとしながら「人間観察」ができますでしょ。なんなら「こういう人を探したい」と思ったときに、スクランブル交差点をわたる人を見ながら人探しもできますでしょ。この街は人が多いですし。
ーーははあ…… だからガラス張りなんですね。
店主:そうなんです。だからね、僕自身は「人間観察喫茶店」っていうキャッチコピーのほうが、ぴったりだと思っていますよ。
ーー確かにそうですね……。4つに分けられた区画はみんな、2階にある連絡通路で互いに行き来ができるようになってますよね。これ、つなげるのは相当大変だったと思うんですが、どうしてつなげたんですか?
店主:うーん。これはねえ……、妻の意見を取り入れましたね。
ーーどんな意見でしょう。
店主:妻は今、大学に通っているんですよ。もう70歳近いんですけどね。「青年心理学」という分野を勉強していましてね。生涯現役なんていって、はりきってます。そしてそこに、お気に入りの助教授がいるらしいんですよね。
ーーはあ。
店主:妻よりも15年下の助教授に、妻は恋してしまったんですね。それで、授業終わりに質問をしにいくようになったそうなんです。いつも授業が終わると小走りに彼を追いかけるらしいんですが、彼は足が速いために、なかなか追いつけないそうです。そしてようやく追いつく場所が、教室と教授専用の部屋をつなぐ細い連絡通路だというんです。
ーーえ……
店主:妻はせっかくなら、それと似たような連絡通路を喫茶店の2階につくってほしいといったんですね。とてもステキだと。
ーーえ…… あの……、いいんですか?それは……
店主:僕も「なんだそれは」と思いましてね。意見を取り入れる気などなかったのですが、スクランブル交差点を導入した場合、喫茶店は4つの別々の店のようになってしまいますよね。従業員の行き来が中でできなければ、コストもかさみ、運営も難しくなる。だから、中で4区画を行き来するための通路は、必ず必要だったんです。
ーーいや、最初からスクランブル交差点とかつくらず、お店を4分割しなければ良かったんじゃ……?
店主:……ロマンですよ。スクランブルロマン。
ーー……。費用も莫大だったんじゃないですか?
店主:そうですね……。1億8000万ほどかかりました。
ーーえ、それ、安いんじゃ……
店主:けれど、夢がこうして叶った。みんなが気に入ってくれて、こうして取材にも来ていただけている。助教授に恋している妻の姿は美しいですし、このお店に来てくれるお客さんも楽しんでくれています。人間観察も自然としてくれているんじゃないかな。私は幸せですよ。
ーー……非常にユニークで、おふたりのやりたいことがつまったお店なんですね。
店主:そうなんです。
ーーあ、それでは、こちらで取材を終わりにさせていただければと思いますが、何かほかに伝えたいこと、すすめたいことなどあれば……
店主:ありがとうございます。いやあ、もう十分ですよ。とても楽しい時間でした。本当に今日は通いところからわざわざ。妻も参加したいといっていたんですが、残念です。またね、遊びにきてくださいね。
ーーありがとうございます。それでは、原稿はのちほどメールでお送りいたしますので。またご連絡させていただきます。失礼いたします。あ、すみません。出口はどこに…?
店主:ああ、何時にここに入られました?
ーーええっと、12時40分ごろでしょうか。
店主:そうでしたか。今は14時30分なので、まだ出られませんね。15時40分になれば、最寄りの出口への案内板が購入されたコーヒーカップに表示されるはずなので、それまでお待ちください。
ーーえ、それって、どういうことですか?
店主:ああ、これ。意外とあまり知られていないんですよね。うちの喫茶店は「3時間滞在」が基本なんですよ。3時間以上ここにいないと、外に出られない仕組みになっているんです。
ーーえ…… それって……軟禁
店主:これはね、お客さんの要望から生まれた仕組みなんです。ゆっくりしていってくださいね。
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