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粟盛北光著 「小説 名娼明月」 自序

 博多を中心としたる筑前一帯ほど、趣味多き歴史的伝説的物語の多いところはない。曰く箱崎文庫、曰く石童丸(いしどうまる)、曰く米一丸(よねいちまる)、曰く何、曰く何と、数え上げたらいくらでもある。
 しかし、およそ女郎明月の物語くらい色彩に富み変化に裕(ゆた)かに、かつ優艶なる物語は、おそらく他にあるまい。
 その備中の武家に生まれて博多柳町の女郎に終わるまでの波瀾曲折ある二十余年の生涯は、実に勇気と義理と孝心で綯(あざな)いし縄を、血と涙をもって染め上げたる芸術品である。
 ことに、その臨終に先立ち仏門に帰し、その地下に眠れる明月の口より蓮華が咲き出でしというに至っては、宗教的色彩まで加えて、さらに物語を輝きあるものとしている。
 げに、わが博多に、物語「明月」を有することは、博多の誇りであらねばならぬ。
 親から夫、夫から恩人、恩人から仏と、明月の生涯は、これらに捧げ来たりし麗しき犠牲の生涯である。
 余は仏教徒でも博多の生まれでもないが、かねて明月の物語に、尠(すく)なからぬ興味を持っている者。たまたまちょっとしたる機会より、明月に関する数種の稗史・伝説・口碑を参酌して「名娼明月」の拙き一遍を綴り、大正元年九月九日より十一月下旬にわたって九州日報紙上に連載するに及んで、意外にも非常の好評を博し、これが出版を慫慂(しょうよう)されること、しばしばであった。幸いにして、余、このごろ小閑を得、古きに多数の修補を施して上梓することとなった。大方諸賢の愛読を乞い奉る。

   大正二年七月上旬
                 福岡市九州日報社編集局にて

                    粟 盛 北 光


 

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