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生きてることの素晴らしさを切り取ってみる

こんにちは。

株式会社プロタゴワークスあかねです。

先日、とある要件で“写真”というキーワードについてモノを考える必要がありました。

とは言え、“写真”に対しての造詣が深いわけでも無ければ、そもそも日常的に写真を撮る事もあまりありません。スマホのカメラを使う機会自体も少ない自分としては、“写真”というキーワードについて考えようとしても切っ掛けになるようなモノが少なすぎてとにかく困っていました。

こういう場合には、僕はとりあえず頭の中を整理するためと、物事を前に進めるために、「とにかくひたすら頭に浮かんだモノを片っ端から文字にしてみる」という事をやります。

今、このnoteを書いている時のように、キーボードを前にしてとにかくキーボードを叩きます。頭に浮かんだ何らかのモノをきっかけにして、それを文字にして、その書いたモノをきっかけにしてまた何かが浮かびそうになったらそれを捉えて文字にして・・・なんて事をひたすら繰り返していきます。

これによって、ちょっとずつちょっとずつ、モノによっては一気に物事が前に進み始める事があったりするので、何かをやらないといけないのにただ唸って悩んでしまう時にはこのやり方を試してみることにしています。

そうして、“写真”というキーワードについて色々考えていたら、ふと昔の事を思い出しました。

「そういえば、昔の同級生に、カメラマンになるって言ってたヤツがいたよなぁ」って。

高校生の頃、よく一緒に遊んでいた何人かの同級生のうちの一人が、「カメラマンになる」って言って写真の専門学校に通っていた事を思い出しました。それから何年かが過ぎて、僕がまだ大学生だった頃に、その同級生達で久しぶりに会った時に、カメラマンのアシスタントをやっていたソイツが「マジでツライ」というような愚痴をこぼしていたのを思い出したんです。

そして、ソイツの愚痴に対して、別の同級生が「そんな事言うのは、お前がその仕事に向いてないからだ」なんて感じの事を言って、ちょっとしたケンカになっていました。愚痴を言っていたヤツに対して、厳しい言葉を向けいたヤツもいわゆるクリエイティブ系の専門学校に通って、クリエイティブ系の仕事に就いていて、しかも、若くして評価を受けていたヤツだったのでそんな厳しい言葉が出たんだろうなと、それから随分時間が経ってからなんとなく想像できるようにはなりました。

その頃は、僕自身がまだ働いていなかったので、仕事の愚痴を言うソイツの気持ちもわからなければ、愚痴を言うヤツに食ってかかるヤツの気持ちもわからなくて、ただただケンカの仲裁をしていたような記憶があります。

そんな、「カメラマンになりたい」と言っていた彼の事を久々に思い出して、検索をしたらすぐに彼の名前が出てきました。自身の名前を関した写真家として立派に身を立てていて、自分自身が撮った写真を掲載していたり、仕事の依頼を受けられるようになっている素敵なWEBサイトやInstagramがヒットしました。

そこには、彼自身の姿が写った写真も掲載されていて、彼の思いがサイトに記載されてもいました。

写真を一目見て、あの頃と全然変わっていない姿を確認する事ができたのと、そこに書いてあった彼の思いがとても素敵だったのと、初めて見る彼の撮った写真が何とも言えず素晴らしかったのとで、一人で勝手に感動してしまいました。あれ以来20数年間もノーコンタクトだったにもかかわらず。

思い返すと、上に書いた「カメラマンのアシスタントの仕事がツライ」と泣き言を言っていて、別の同級生とのケンカが勃発したその時が、僕が彼に会った最も直近のタイミングでした。

それ以来、その彼ともそうですし、それ以外の同級生とも会っていません。

それくらい疎遠だったにも関わらず、“写真”というキーワードについて考えると、結構な早いタイミングでソイツの事が浮かんできました。

そして、生存確認とともに、彼のこれまでの仕事の成果や、今現在の様子なんかも知ることができました。

この事があって、あらためて、現代のSNSやインターネットという技術の凄さや素晴らしさをあらためて実感しています。

僕もそうですが、その彼も、今はあの頃とは全然別の土地に移り住んで生活しているようです。

高校を卒業してから、四捨五入すると30年の年月が過ぎました。

こうやって数値にしてみると随分と長い時間が経ったなぁと実感するんですが、僕が彼を思い出す姿は、最後に会った時の姿のままです(つい最近知った彼のWEBサイトで最近の彼の姿を見ると、あの頃と全然変わっていないのを知ったので、頭の中の彼の姿が上書きされる事も無いんですが)。

あの、カメラマンを志して、だけど、現実の仕事に打ちのめされつつあった彼の姿をハッキリと覚えているので、今の彼が立派に写真家として身を立てているのを知って、彼が撮る写真が素敵な写真ばかりだというのを知って、なんだかとても嬉しい気持ちになっています。

そんな、気持ちとともに、「自分も今まで以上にもっと頑張らないとな」という気持ちにもなっています。

そんな風に、ひょうな事から20数年ぶりに彼の消息を知って気持ちが勝手に盛り上がってしまった僕は、ついつい、彼にSNSでメッセージを送ってしまいました。もしかしたら、全く覚えていないとか、凄く迷惑だという可能性も多分にあるだろうなと思いつつ。それでも、彼と最後に会った時の記憶と、今の彼の消息を知って、嬉しい気持ちになってしまったので、僕の気持ちとして「彼にメッセージを伝えたいし、これでメッセージを送らなかったら心残りになる」と思ってしまったんです。

心残りになりそうだと思うくらいに、どうしても伝えたかったのは、

「あの頃、カメラマンになりたいと言っていた君が撮った写真を初めて見て、どの写真もとても素敵な写真だと思ったし、写真家になった君を知って感動したよ」

こんな内容です。

これを言われて彼が何を感じるのかよりも、とにかく、あの頃の彼と今の彼(のごく一部)を知って、彼の撮ってきた写真を見て、僕が感じた事や思った事をどうしても伝えておきたいと思ったんです。

「なぜ、これを伝えたいと思ったのか?」その理由はよくわかりません。

もしかしたら、あの苦悩していた若かりし頃の彼の苦しそうな姿が今でも頭の中にこびりついているからかもしれませんし、そんな苦しそうな彼がその苦しみを乗り越えて夢を叶えた事が嬉しかったからかもしれません。

後日、彼が返信をくれました。

「返事をくれた」というだけでも充分に嬉しかったんですが、それに加えて、僕の事を覚えていてくれたのもとても嬉しく思いました。これもきっと、「あまりない苗字で覚えがよかったからかもしれないぞ」なんて思っています。

今思うのは、「いつか、写真家の彼に、写真撮影の仕事を依頼できるようになりたいな」という野望です。

その為には、彼に仕事を依頼できるだけのギャラを捻出できるようにならないといけません。

生きている間に、叶えたい野望が一つ増えたので、これからまたさらに頑張っていこうと思います。



あかね

株式会社プロタゴワークス

https://www.protagoworks.com/

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