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保証人協会

就職をした22歳の私は、会社の近くにアパートを借りた。木造2階建の壁の薄い賃貸アパート。25平米1Kの都内の住宅地。駅から徒歩9分の立地で、7万2千円。当時、東京でアパートを借りる場合、だいたい敷金2ヶ月礼金1ヶ月から2ヶ月、そして保証人が必要だった。保証人なし礼金なしというような物件は、当時は圧倒的に少なかった。そういう物件は、家賃が高めの設定になっていたり、場所が悪かったりした。会社から近くて、静かで安全な住宅地で、家賃はできるだけ安くて・・・XX区の〇〇線沿線の住宅地がオススメだと上司に言われたんですけど、いいのないですか」と希望を言うと、そんな物件はまずなかった。

 礼金や敷金なら学生時代に貯めた貯金を崩せば払える、だが保証人は、誰にも頼めない。父方の親戚は連絡先も知らない上、もし連絡したらきっと父に連絡が行き、先回りして妨害される。そして親戚にも迷惑をかける。やっとのことで就職の契約をとりつけ、今度こそ親からのコントロールから離れて自立できる!と思ったら、次は、住居の契約でつまづいていた。

 後々、世渡り上手な知人にこのことを話すと「そんなの友達や知り合いの世話好きなおじさまに頼んでおいて不動産屋にはうまいこと嘘をついとけばいいじゃ〜ん」と軽く返された。残念ながら、当時の私は、そこまで世渡り慣れしておらず、そんなこと思いもつかなかった。そればかりかそれまで完全に親の管理下にいたため極端にいろんなことに無知で、そしてすべてのことに怯えていた。
「保証人を友人にたのむなんてできない(保証人という言葉だけで借金の保証人を友人に頼んで迷惑をかける話が頭に浮かんで、自分がそうなりそうで怖くて頼めない)」
「書類とか、なんかを見てバレて親に連絡がいったらどうしよう」と頑なに思っていた。わたしには、彼女みたいに貢いでくれるおじさまもいなかったし、誰かの世話になる度胸も器量もわたしにはなかった。あと少し、もう少し、自分は最後までちゃんと逃げ切れるのか。また何かをきっかけに失敗して、親に引き戻されるのではないかとビクビクしていた。

 私は、保証人なしの物件を探し求めて、1軒、2軒と不動産屋さんを回った。その度に「保証人なしは厳しいですねぇ」と言われた。どの不動産会社の人たちも親から反対されているような面倒くさそうな事情を抱えた人には貸せないなぁ・・・という感じだった。

 私は、「世の中には親のない人もいるだろうに、一体どうしてるんだろう?」「成人して真面目に働いて貯金もしてるのに親の保証無しには家も借りられないって、なんてひどい世の中だよ」「やっと就職して自立したのに一体いつまで親の影響を受けながら暮らさないといけないんだよ」と切羽詰まった息苦しさと自分の不甲斐なさに泣きそうだった。三軒目の不動産屋さんでは、到着早々「親と縁を切っているんで保証人頼めないんです 他に頼める親戚もいないし、保証人なんて友達に頼めないし・・・もう、本当にどうしたらいいかわかんないんです」とで半ばヤケクソで打ち明けた。すると、若い男の不動産屋さんは、「はいはい、なるほどね〜、じゃ、保証人協会に頼んじゃいましょうか。お金かかりますけど、払えます?」と、いとも軽いトーンで返してきた。

 保証人協会とは、私のような保証人になってくれる肉親がいない人にこっそり名義を売ってくれる機関とのことだった。私は、なんのことかわからず、目を白黒させた。そしてなんとなくキナ臭いと思ったが、とりあえず会社に毎日通うためにそこに頼むことにした。実家に帰らず自立して生きていくには、働くこと。働くには、引っ越さなくてはいけない。引っ越すには、保証人が必要なのだ。迷っている場合ではない。

 代金は、家賃の2ヶ月分。保証人協会が、私に保証人を売ってくれることになった。不動産屋に言われて、東京駅近くの雑居ビルの一室にある保証人協会の事務所に行くと、60代くらいのおばちゃんが出てきた。名前を言って家賃2ヶ月分のお金を渡すと、見知らぬ人の住民票など不動産手続きに必要な書類をくれた。書類には、横浜在住のJR勤務の50代くらいのおじさんの情報が描いてあった。保証人協会で受け取った書類を後ほど不動産会社に敷金2ヶ月礼金2ヶ月と合わせて提出し、無事に契約できた。両親とは死に別れて横浜に住んでいる叔父さんが保証人になってくれたということにしましょうと言われた。そして、引っ越し業者にお金を払い、やっとこさ無事に新しいアパートに引っ越すことができた。


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