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抜け殻な私と仏な夫

この週末なんだか体調がすぐれなくて、心身がしなびていた。
お腹は壊すし、頭は痛いし、眠たいし、寒いし、私はエネルギーが根こそぎ抜かれたただの容れ物ですよ、という気持ちだった。

土曜日、夫はいつも通り仕事へ行って、私は長女の習い事の送迎をしたり、ガソリンを給油したりした。
図書館から予約していた絵本が届いたと連絡があり、そのくらいやってやるわよ、えんやこら、とカウンターへ受け取りに行ったら私のカードが上限冊数に達していた。もう借りれませんよ、なにか返して下さいね、と言われる。くそう。

我が家の子どもたちは図書館に行くと際限なく本を持ってくるので、毎回とんでもない冊数を借りることになるのだ。
5人家族、ひとり10冊まで借りられるので、合計50冊借りることができる。
先日まで末っ子のカードを作っていおらず、上限が40冊だったのだけど、それではついに足りなくなってしまって、いつしか我が家の天井は50冊ということに。毎回重くて本当に辟易するんだけど、じゃあ誰が譲るのかで悶着するのが厄介でまあ、車だしね、と借りてしまうのだ。お静かな図書館で悶着されては困る。

というわけで、じゃあ、なにか返しに来ますね、とカウンターでお話ししたんだけど、「私のカード」から返す必要があると言われる。
我が家にある40うん冊の中から、「私のカード」が借りている10冊を教えていただく。パソコンの画面を見せてくださるのだけど、感染防止のカーテンを越すとモニターがよく見えない。画面の写真を撮ってもいいですか?と訊ねると、ややかぶせ気味で「図書館で写真は禁止ですので」と言われてしまう。
そうですよね、とへらへら笑って、カーテン越しにひたすらメモを取った。
だめなものはしょうがないけど、もっと優しく言ってほしかった。抜け殻な日は些細なことでしゅんとしてしまう。

*

午後、長女のお友達姉妹が遊びに来たのだけど、私は昼食後、盛大にお腹を壊してしまい、クッションと毛布と心中していた。
お腹がじんわりと痛くて、丸まっているとウトウトする。
少し前ならお友達が遊びに来て寝るなんざ到底できなかったわけだけれど、目を離しても大きな心配が要らないお年頃の子どもたちが今、家にいるんだな、と薄目を開けて思ったりした。
みんな仲良く遊んでいて、とてもむつまじかった。

お腹が始終ぎゅうぎゅうとやかましいので、夜はうどんを入れたお鍋に。

待ち焦がれた夫の帰宅が遅くて、彼が帰ったころには抜け殻も本格的に抜け殻になっていたのでごはんを食べながら寝てしまった末っ子を抱えて一緒に早々と寝室へ。

昼間に少し寝たのに、こてんと寝てしまった。

*

日曜日。この日は午後から、少し前に引っ越して行った近所のお姉さんたちが遊びに来ることになっていた。
家族一同、うきうきな朝。なんだけど、私だけが昨日のぐずぐずを引きずっていて、なんだか面倒くさい大人だった。
いちばん遅くに起きてきて、夫が作ってくれた朝食をもそもそ食べて、ぐだぐだと朝っぱらから長風呂をきめた。
その間にも夫は洗い物をして、買い物にまで行ってくれて、神なる夫そのものだった。
なのに私はまだまだぐずぐずしており、昼食は焼きそばにしよう、と話し合って決めていたのに、いたのに、いたにもかかわらず、夫が材料を買ってきてもくれたのに、にもかかわらず、焼きそばを食べたくなくてまたぐずぐずした。

「焼きそばは食べたくない」

子どもみたいなことしか言えない。なんと言っても私は抜け殻で、今はぐずぐず言うだけの生き物。

「じゃあ何が食べたい?なんでも言いなよ」

夫がやさしい。やさしくて悲しい。

「分かんないけど焼きそばは嫌だ」

と言うと、夫は

「うーんどうしようか。好きなものを食べてほしい」

と困りながらも仏のようなことを言った。

焼きそばは食べたくないけど、誰も困らせたくないし、でもやっぱり焼きそばは食べたくなくて、夫の妻が面倒で、なんかもういろいろ嫌だった。

そこへ長女がみかんをひとつ持ってきてくれて、かわいいお顔で渡してくれる。みかんは甘くて瑞々しくて、とってもおいしかった。

*

私はパンに何かしらのさくっとしたものが挟まれているものが食べたいと言い、結果、夫はコメダ珈琲へおいしいサンドイッチを買いに行ってくれて、私はその間に焼きそばを作って、お昼ごはんと相成った。
夫が買ってきてくれた、カツサンドと海老カツサンドと、コロッケバーガーをみんなで分けて、焼きそばと一緒に食べた。
すごくおいしかった。

食後、ようやく少し抜け殻の中身が満たされた私に、夫がまさかの「ありがとう」と言ったので耳を疑った。
「なんで!!!?!」と言うと「だっておいしかったから、いい提案だったなと思って」と、まことに、まことに、菩薩発言をぶっ飛ばした。
なんなの。悪い人に騙されないか心配。変な壺とか水とか買うなよ!!!!と思った。もしかしてすでに私という悪い人に彼は騙されているんだろうか。はて。

*

13時ごろ、お姉さんたちが来てくれて、みんなでお茶をして、長女と末っ子はいつもみたいにかわいく髪を編んでもらった。
そのあと、台所の後片付けがある私を残して、夫と子供たちは彼らとともに少しだけ公園へ。
彼らは海外からの実習生で、ふたりのうち、ひとりは日本語ができない。それでもこうして会いに来てくれることに感激してしまう。
こちらで暮らしていた頃、子どもたちは彼らのおうちにほんとうによく遊びに行っていて、いつもすごくかわいがってもらっていた。
彼らの国のおいしいお菓子やお料理を頂くことも珍しくなかった。

たくさん遊んだ後、電車で帰ると言うので、車で送ることにした。
「すごく遠いよ?!」としきりに遠慮するので、子どもたちも喜ぶから、と半ば強引に車で送った。距離を聞くと確かに近くはないけれど、私たちはしょっちゅう長距離移動をするので、ちっとも許容範囲だった。

2か月ほど離れた間に、彼女の日本語は(ふたりのうち、ひとりは堪能な日本語)また少し上達していた。立派だなぁ、とひたすらに思うし、どうか幸せになってね、と毎分のように思う。

*

帰宅すると庭仕事をしていた夫がまた「ありがとう」と言った。
最近の夫は、以前にも増して菩薩度が増している気がする。
長女もどこか徳が高いオーラと包容力をまとっているので、私の魂のレベルの低さが露呈する日々。
因みに夫の「ありがとう」は「庭仕事をさせてくれてありがとう。おかげで薪をたくさん切れたよ」という意だった。
家族のための薪を切っておいて、「ありがとう」と言える夫。眩しい。
もう二度と燃やさない。

*

夜、夫が昼間買ってきた刺身の柵を切ってくれて、私は横で、卵焼きと豚汁をつくった。
キュウリと大葉と海苔を添えて、手巻き寿司したかったらしてもいいよ?な食卓が完成。刺身として食べるもよいし、気が進まない人はとりあえず豚汁を食べてなさい、というシステムでひとつ。
お腹がくちくなったころ、私のくさくさした心は鎮まっていて、夫はずいぶんと疲れていた。そりゃ疲れるよね。

「今日は頑張ったねぇ」
と夫が言うので
「あなたがだよ。私はなにも頑張っていないよ」
と言うと、
「いやいや、彼女たちを車で送ったじゃない」
と夫が言った。
「でも楽しかったから疲れなかったよ」
と言うと
「ほんとうに今日は、楽しかったねぇ」
と夫が言った。

*

お腹を壊したり駄々をこねたりした週末だったけれど、いい日曜日の夜だった。
私はやっぱり寝落ちして、夫は洗濯物を干してくれた。

また読みにきてくれたらそれでもう。