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温泉でぶちギレた話

母と、姉家族と私たち一家で温泉に来ている。
一泊目の夜、みんなで楽しく食事をとって温泉につかったあと、姉が、宿泊しない彼女の夫を自宅へ送り届けると言った。
自宅まで車で片道20分ほどだろうか。
往復40分。
まあ、近場である。
姉の一歳の子供が母と宿で留守番することになり、母が一人で相手をするよりは、と私たち一家の部屋へやって来た。
ようこそようこそ。
子どもたちも大喜びで、持参した子ども雑誌を一緒に眺めたり、布団にダイブしたり楽しく遊んでいた。
ぼちぼち眠たくなる21時前。
長女と息子が、めったに会えない姉の子と一緒に寝たいとごね出した。

「えりちゃん(姉。実名ではありません)のお部屋で寝たい!コウ君(姉の子。同じく)と一緒に寝たい!!!!ママお願い!!!」

気持ちはわかるけど駄目。

「コウ君はあなた達がいると、きっととても嬉しいけど、嬉しくって楽しくって寝るのイヤになっちゃうでしょ。寝るのが遅くなってお熱が出たらかわいそうだよ」

実際、実家での一泊目、子どもたちがはしゃぎ倒してみんなが寝しぶり、随分と夜更かしをしてしまった。
二泊目は、ばーばと寝たいとごねた結果そこは許可したものの、結局寝付かれなくて長女と息子はまたまた夜更かしした。

今夜もまた興奮して夜更かしするのはいよいよ避けたいし、ましてコウ君を巻き込んで彼の体調が不安定になるのは嫌だった。

母も私に、コウ君がおそらく寝なくなるだろうしやめておこう、と言った。

子どもの睡眠不足というのは大人のそれよりはるかに厄介で、寝不足が引き起こすグズり、駄々、予測しないタイミングでお昼寝、または長すぎるお昼寝、からの夜更かし、など、子を監督する親のパフォーマンスにも影響が出る。
これが親の管理下で我が子に起こるケースなら腹もそう立たないけれど、よその子によって睡眠が阻害されて影響が出た場合、姉の心象を思うと、やはりあまりよくないのでは、と思ってしまうのだ。
姉だけならいざ知らず、姉の夫からしたら大した思い入れもない妻の妹とその子どもたちに我が子の睡眠を阻害され、予測しないグズりなどがあった場合、不快でしかないのでは、と胸がざわざわしてしまう。

しつこく食い下がり続ける長女と息子。
眠さも手伝って頑固さがすごい。
ねばねばまとわりついて「ねぇ~ねぇ~」と繰り返す。
その都度「楽しいからってみんなにご迷惑かけられないよ」と説明する。

せっかく温泉で楽しく過ごしているのだし、どうか穏便に納得しておくれと思う。

私たち親子の押し問答に母もいよいよ見切りをつけ、じゃあねと部屋を後にした。

するとさっきまで大人しかった末っ子が
「ばーーーーーあばーーーーーーーーーあ!!!!」

と泣き叫ぶ。
まじかよ。
部屋の出口でぎゃんぎゃんと泣いていた。

部屋の中ではまだまだしつこい主に息子。
うつむき納得のいかない長女。

カオスである。

さて皆さんお気づきだろうか。
まったく登場しない、九人目の登場人物がいることを。

九人目のその人はカオスの最中、首まで布団をかぶり、ゆるく目を閉じていた。
まるで、私は静養に来ているので関係ないよとでも言いたげに。
そう、説明するまでもなく夫だ。

さっきまでなんとなく大目に見られていたその姿にもはや苛立ちしかない。
私ひとりをカオスの荒野にほおっておいて、夫は100%温泉宿の恩恵を全身で浴びている。
生中を2杯飲み、ひとりで湯に浸かり、カオスは見て見ぬふりをして、首まで布団。

今からまだ子どもたちの喘息の吸入と飲み薬と、水イボの飲み薬と、歯磨きがある。
カオスをひとりで組み敷く今を嘆かずにいられようか。
お前はハリボテか。

こうなるとすべてに腹が立つ。
伝家の宝刀「いい加減にしなさい!!!!!」をくり出すそのときだ。
さっきまでの理性的な私が遠くから見つめているのが分かる。
もはや理性などない。
大きなひくい声で、好きにしなさい!やら、行けばいいでしょ!やら、怒らないとお話聞けないの?!やら、少しは手伝ってよ!やら、やらやらやら、やらを書きすぎてゲシュタルト崩壊。
とにかくまくし立てた。

ONIBABA and ONIYOME

ぴえぴえ泣きながら、ごべんなざーーい、と謝る子どもたち。
もそもそと布団から出るハリボテ。
温泉に免じてすぐに調子を取り戻したい気持ちもあるけれど、どうしてなかなか、腹の虫がおさまらない。
もはやグズグズ言った子どもたちよりはるかに今、ムカついているのはハリボテだ。
ハリボテが面倒から目を背けて、ひとりまろやかに流れる温泉宿のひと時を堪能していることにはらわたが煮えくり返っていた。
付け加えると、その日ハリボテは朝も10時に起き、食事以外ほとんどすべての時間をこたつ布団にくるまれて過ごしていた。
さらにその前日は夜20時頃には夢の中にいた。
さらにさらに言うと、晦日、元旦を過ごした夫の実家でも彼は積極的に何かしらの布にくるまれて眠りこけていた。

私のターンがこない。

年末年始だからと全力の菩薩心で夫を労っていたけれど、このカオスで菩薩心も崩壊だ。
なんなら粉々。

翌日から夫はひと足早く自宅へ戻る。
入院中の父の一時帰宅を待つ私たちはもうしばらく実家のお世話になる。
つまり、あと数日、私ひとりで三人の子どもの相手するのだ。
とうぶん私のターンはこない。
この絶望、どうかご理解いただきたい。

一夜明けた今朝、子どもたちはやはりかわいく、夫は生来の朗らかさだった。

また読みにきてくれたらそれでもう。