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読書感想文

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ネタバレありです。
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記事一覧

「賊将」(池波正太郎)

 桐野利秋はもともとの名を中村半次郎といい、明治維新の時に名を上げて陸軍少将になりました。西郷隆盛に重用されていたこともあり、桐野利秋という名も西郷隆盛につけてもらっています。二十五にもなって河童退治に行ったりと変わった所がありますが、貧乏な家を一人で支え、鍛錬も続けるところに周囲の人から評価されています。純真で頑固、御恩と奉公を大事にする昔の侍のような人物です。取り立ててもらった西郷隆盛とともに

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「将軍」(池波正太郎)

 陸軍大将乃木希典のもとに息子である乃木保典少尉戦死の知らせが届いたところから始まります。とても冷静に知らせを受けている様子で冷血な印象があります。将として表に出さないようにしているにしても徹底されています。実際にはとても繊細で、全ての兵の死に心を痛め悲しんでいます。
 乃木希典は西南戦争時に軍旗を奪われてしまうという失態から自決しようとしたことがありました。当時周囲から止められたものの、常に死に

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「応仁の乱」(池波正太郎)

 庭師の善阿弥と足利義政の出会いの話から始まり、義政の息子である義尚が征夷大将軍になるまでを書かれています。
 善阿弥や雪舟など芸術に携わる人に美徳を見出して羨ましさを持つ場面には、腐敗した政治を疎んでいる様子が出ています。善阿弥は河原者出身ですし、雪舟は武家とはいえ下級武士の家で三男と、幕府の役目には関わることのない家系です。権力を持つ守護大名同士で闘争を続けて幕府の力が弱くなる応仁の乱ですが、

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「動かぬ女」(岡本かの子)

 主人公が鉄道の席で出会った一行に印象的な令嬢がいました。鉄道に乗っている間ずっと令嬢は動くことはなかったようです。疲れや悩みのせいでは無い様子で、何も行動しないので考えていることも全くわかりません。同じ一行の男の子たちは騒いでいたり、蜜柑に興味を持ったりと子供っぽさを出しているので温度差があります。空気に耐えかねて不自然に発言する主人公の行動がリアルで面白いです。

「鯉魚」(岡本かの子)

 応仁の乱があった頃の京都で、臨川寺の修行僧昭公は家来に裏切られて館と金目の物を失ってしまった早百合姫を匿います。途中までは昭公が寺から出ていくのかと思いましたが、そういった展開にはなりません。
 二人が出会ってから一月ほど後に昭公と早百合姫が会っていることが他の僧にバレて法戦になります。法戦の問答が成立していないのにだんだん正しいような空気になっていくのが面白いです。昭公は落髪を許されます。早百

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「愚かな男の話」(岡本かの子)

 百喩経から抜粋された間抜けな話をまとめたものです。少し冷静になれば思いとどまるだろう、ばかばかしい話が続きます。本人は真面目に考えて頑張っているはずですが、話を読むとそんなことするはずがないだろうと思うほどです。大真面目にばかばかしいことをしているという点では探せば現代での同じような話が見つかるかもしれません。

「愛」(岡本かの子)

 のろけ話を聞かされている気分になる文章です。恋心を書いている印象です。会おうとするだけでプレッシャーを感じていたり、会ってからも不思議な苦しみを感じるほどに相手のことが気になっています。そして世間の評価と自分の気持ちにずれがあることに疑問を持っているという、感情のリアルな部分がしっくりきます。

「星」(岡本かの子)

 昔から文化を問わず星座や流れ星、天体には何かの意味を見出そうとしています。著者の岡本かの子は世界を旅した事があり、行った先々の星空を見て書いています。とても魅力的で、キャンプに行きたくなりました。今の日本では綺麗な星空を見られる地域が限られているので、不自由になるものもあると気付かされました。

「汗」(岡本かの子)

 19歳になる河内屋の娘の浦子は、子どもの頃に病で知的障害になっていました。両親は浦子のためにもエリートの男性と結婚させてやりたいと頑張ったものの、うまくいかないので諦めていました。戦前は結婚が義務のような印象がありますが、それでも諦めるというのはどうにもならないほどなんだろうと思います。そんなところに面白半分で見物に来た松崎という男性は一目惚れします。そのまま半年もせずに結婚するという、面白いめ

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「預言者の家で」(トーマス・マン)

 預言者ダニエルの宣言書を朗読する集まりですが、ダニエル本人は現れません。予言書を朗読するのは弟子が行います。主に参加者はとても熱心な様子ですが、語り手側の小説家は内容に興味が無いようです。常に周囲から浮いている雰囲気があり、宣言書の内容とは違う目的ががるように感じます。文中にも宣言書の詳しい内容は出てこずに終わってしまい、肩透かしを食らってしまいます。

「小フリイデマン氏」(トーマス・マン)

 フリイデマン夫人の息子、ヨハンネスは生後1ヶ月の頃に乳母に落とされてしまったことが原因で不自由な身体になってしまいます。家の中では問題にはならないものの、外での人間関係では不自由な身体のために苦労して生活していきます。30歳になった頃、ゲルダ・フォン・リンリンゲンに出会い、一目惚れしてしまいます。身を滅ぼすとわかりながらも愛の告白のような行動をおこします。恋愛だけでなく人付き合い全般の経験が少な

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「神童」(トーマス・マン)

 ビビイ・ザッケラフィラッカスという子どもは8歳にして神童と言われるほどのピアニストです。ビビイ本人は周囲からの評価を冷ややかに受け止めているようです。人前での演奏によるものか、好き勝手言われることが嫌いなのか、原因はわかりませんが、ビビイ本人が求めているものは手に入れていない様子。そういったところもまだ子どもらしく思います。

「幻滅」(トーマス・マン)

 妙な男が幻滅について話します。ひねくれた性格になるくらい幻滅が身近な男だそうです。語り口は全てに期待しすぎているところがあります。自分の人生や他人、自然現象など全ての物事に期待してしまっています。彼は世界よりも言葉のほうが豊かなものに思えるという、独特な価値観を持っています。今では現実から目をそらすために星空を見上げるくらいしか退屈しのぎにならないという残念な人生です。彼は、最後の希望のように死

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「墓地へゆく道」(トーマス・マン)

 ピイプザアムという男は不幸な人生を歩んできました。天涯孤独な身の上で育ち、結婚して子どもが生まれても家族に先立たれています。さらには理不尽な理由で仕事も失うという不幸が続く人生です。狂ってしまうのも仕方ない半生で、死ぬまで不幸が続くのでしょう。タイトルもピイプザアムの報われない人生を表現しているように思います。