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自分で計画した人生だと考えてみる

私のバイブルといっていい本が一冊ある。

宇佐美百合子さんの「あなたを生きて」だ。

私が小学生の頃、父が本屋さんで「好きなもの買ってあげるから選んでいいよ」と言った。父はいつも小説などを私に買い与えていたので、挿絵の入った文字の少ない本は却下されるのではと怯えながら差し出したのを覚えている。

「これだけで1000円?高いな」

父の不機嫌そうな声に少し傷ついたけれど、それ以上は何も言わずに買い与えてくれた。

タマシイの計画

内容はどれも紹介したいけれど、今回は私の人生観の根底にある考えの基となった一節を紹介する。

もし、

すごく傷ついて、
わんわん泣いて、

生きていくのもいやになるくらい
大きなココロの痛みを、
若いうちに体験してしまおうって、
タマシイの自分が決めてきたとしたら?

あるいは、

病気にむしばまれて、
カラダの自由をうしなって、

どうして自分ばっかり…
というつらい人生経験を
あえて味わおうって、
タマシイの自分が計画してきたとしたら?

なぜだろう…
って考えてみる。

もしかしたら、
絶望して流した涙の分だけ
他人を思いやれるようになったり、

それがいつしか愛に変わって、
ほんとうの強さが
つちかわれていくとしたら…

そのほうが、
きっといい人生になるにちがいない。

だって、
タマシイの自分は愛だから、

なんとかして、
ココロとカラダを、

あふれる愛で
満たそうとしてるんだ。

(宇佐美百合子「あなたを生きて」(2003)徳間書店 24〜26頁)

今ある人生を楽しむ

つらいことがあっても、そこから何が得られるのかを考えるようになった。つまり、「なぜこのつらい経験を私は選んだのだろうか?」と思うようになった。

他の人が恵まれているとか、自分は○○よりマシだとか、そういう話ではないのだ。自分自身のこの身体と心を備えた一度きりの人生をどう生きるか。自分自身がどう認識し、どんな行動をとるかである。

どのような経験をする人生か自分で選んで生まれてきたとしても、それに都度対処するのは自分だ。全てのことが決まりきった人生なら何も面白くない。自分の行動によって楽しい、充実したものにする。

人生に安心する

自分が人生を計画して生まれてきたのだとしたら、越えられない壁など存在するはずがない。挫折を経験するとしても、そこから得るものがあったり、他者の痛みや悔しさに寄り添えるようになるだろう。

全て、自分にとって必要なことだったと思える。楽しいことも悲しいことも、後悔するような出来事も、一生忘れられない体験も。

誰かに頼っていいし、悲しみに暮れていいし、全てから逃げ出したっていい。生きてさえいれば、何かを選択し続けていれば。

何も心配することはない。

自分で自分をつぶすような計画をするはずがないのだから。

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