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ないことになっているものを「あるもの」に変えていく。性教育「びわこんどーむ伝道師」清水美春さんの探求

コンドームを手に取るという体験を入り口に、性から人権、文化まで学ぶ中高生向けの出張授業を続けている清水美春さん。2月23日に開かれる「クエストカップ2023全国大会」の社会課題部門「ソーシャルチェンジ」で審査員を務めます。出身の滋賀県・琵琶湖とコンドームをかけた「びわこんどーむ伝道師」と呼ばれ、合言葉は「習うより、触って慣れよう、コンドーム」。子どもの前でほとんど語られてこなかったコンドームを学校の授業に引っ張り出した、清水さんの原動力とは。

ハフポスト日本版提供

清水美春(しみず・みはる)1980年滋賀県生まれ。大学卒業後、同県立高校の教諭に。進学校10年、夜間定時制5年、教育委員会3年、進路多様校1年。そのうち2年間はJICAの青年海外協力隊でケニアに派遣され、地方病院で感染症対策に従事。現地の40校2,000人を超す生徒にエイズ予防講座を開く。帰国後は、本業の合間に中高生と性教育・人権教育・異文化を考える「びわこんどーむ」の活動を開始。

中学校のPTA親子講演会でコンドームに触れる。その意味は

2022年末、清水さんは、滋賀県内の公立中学校で、3年生向けの性教育の出張授業を開きました。授業の中で、生徒と保護者が同じ場所でコンドームに触れます。

20年前に教員になった時から、保健の授業で実物のコンドームを使った性教育をしていた清水さん。ただ、外の講演では、実物を持ち込んだことがありませんでした。それが変わるきっかけが、ある高校で開かれた性感染症予防を呼びかける講演会。講演を終えた清水さんは、高校1年生の生徒からこう聞かれました。「コンドーム  というアイテムの重要性はよくわかりました。ただ 、コンドーム って一体どんなものなんですか?」それ以来、必ず実物を見せ、触ったり風船のようにふくらませたりする時間も必ず取るようになったといいます。

清水:授業で大切にしているのは、私が中学生だった時に、この授業を受けたいかどうかという視点です。性について学ぶ機会を、多くの日本人が持っていません。コンドームの使い方だけでなく、「自分には性的欲求があるのか」「自分の体より、相手とのムードを優先することは正しいのか」など、生徒たちの悩みにそった話をしていくうちに、コンドームという性感染症予防アイテムへの認識や、雰囲気が徐々に変わっていきます。もはや性教育ではなく、アート活動かもしれません。

「社会の空気を変える」などという大それたものではなく、自分の「性」にどう向き合うかという、もっとパーソナルなもの。口に出すのがはばかられてきた性に関する話をもっとオープンに語り合う。「コンドーム」がその入り口になるかもしれないと考えています。

中学で初めて見た騒動

清水さんがコンドームを始めてみたのは中学3年生の時。国際交流事業で滞在したオーストラリアの学校主催のパーティーでの「事件」でした。

清水:ミラーボールが回る中、突然、風船のようなものが三つ飛んできて、その一つが日本人の女の子の顔に当たりました。

気づいた彼女が「コンドームだ」と大泣きして、先生たちが慌てて回収する中、周りの子がなぐさめていました。でも私はコンドームがどんなものかを知らなかったので、どうふるまえばいいのか、ぜんぜん分からなくて、ただただ見ているだけでした。それまで誰にも教わったことがなかったんです。

中高とバスケ一色の生活で、「性」に関して考える機会とは無縁のまま大学生になった清水さん。保健体育の教育実習で指導計画をつくるために、同級生と討論した時、初めて「性」と向き合いました。

清水:どうしたら生徒が「性」を自分事として捉えてくれる授業になるか、を話し合う中で、同級生たちが語るそれぞれの性体験を聞くうちに、性への価値観や感覚が、人にとって大きく異なることを知ったんです。

すでに「デビュー」している子もいましたが、コンドームの使い方を知っていても本番で使ったことのない子もいました。「相手につけてと言えなかった」と話すのを聞いて「知識があっても使うとは限らないんだ」と驚いたんです。このことがきっかけになって、どうしたらコンドームをためらいなく使えるようになるのか、その相手との関係性に焦点をあてられるような指導の方法を考えるようになりました。

ケニアでの経験

高校の保健体育教諭として8年務めた後、2010年から青年海外協力隊でケニアの病院へ。現地で活動する中で、やはり教育が重要だと痛感してからは、現地の生徒にHIVの感染予防を伝える出前授業に力を入れました。

清水:ケニアは「生殖につながらない性行為はすべきでない」という宗教観が基盤にあります。だから学校のHIV予防の授業では、先生は「禁欲」に言及するのみ。コンドームをつけることは生殖につながらない性行為にあたるので、コンドームの使い方は教えないのです。

生殖の伴わない性行為が建前では「ない」ことになっていましたが、日常的にコンドームを見る機会は頻繁にありました。日本では店の奥の、意識して探さないと見つからないような場所にひっそりと置かれているのに、ケニアでは店のレジ横で売られている。

街中や公共施設にはコンドームの無料配布ボックスがたくさんあるし、日本の駅前で配られるティッシュペーパーのように、街中で配られてもいました。しかも補充してもすぐになくなる。当時はHIV感染率が7%を超えていたこともあり、日本のような「日陰の存在」ではありませんでした。

途上国支援としての無料配布が当たり前なので自分で買う習慣が根付きません。だから無料で入手できなければつけずに性行為をする。支援対策のはずの無料コンドームなのに、自ら予防する気を妨げている皮肉な面もありました。「つけた方がカッコいい」という意識を子どもたちが持つように、指導でも工夫しました。

帰国後の「カルチャーショック」

2年後、清水さんはケニアから戻り、定時制高校に赴任します。定時制で出会った生徒たちが語る「性」への価値観には、ケニア以上のカルチャーショックを受けたといいます。

清水:定時制高校では「コンドームをつける男なんて、ほんまにいるんか」「早く新しい彼女を作って(性行為を)やりたい」と普通に話す生徒もいました。

保健の授業の後、児童養護施設出身の生徒にこういわれたことがあります。

「先生の授業を中学生で聞きたかった。友達にも聞かせたかった」
その生徒には中卒の友人が多く、すでに親になっている子も少なくない、と。それまで「高校の間に教えられたら」と思っていた自分の甘さを痛感しました。高校では遅いのだ、生きていく上で不可欠なことなんだから、せめて義務教育の間に教えなければ、と。

ハフポスト日本版提供

2021年5月に開始した「全国1万人の中高生にびわこんどーむを届ける学校プロジェクト」のクラウドファンディングでは、目標金額(150万円)の1.2倍にあたる約185万円が集まりました。当初は高校生だけに配布する予定でしたが、中学校からの要望も多く、北海道から沖縄まで1万人以上の中高生にコンドームを使った学びを届けることができました。

清水:はじめは、中学生にコンドームを触ってもらうのは「絶対無理や」と思っていました。でも、ある公立中学の養護教諭が卒業する生徒たちへのお守りとして性教育講演とコンドームを贈ってくれて、その前例が11の中学校へと広がっていったんです。

私はもうコンドームというアイテムの存在を伝える活動にそろそろ終止符を打ちたいと思っています。本当はコンドームのことくらいは知っていて当然の、その先の未来についてもっと話がしたい。
避妊に有効な低用量ピルの普及や、性感染症検査が充実した社会の実現のその先にある、コンドームをはずしてもいいと思える ‟パートナーとの関係性” についてもっと話がしたいのです。(クラウドファンディングCampfireのサイトから)

「触れる」から「性」を探求して見えた世界

清水さんはいま、大学院で「セクシャル・プレジャー」(性的な快感、喜び)を研究しています。性を語るなかであまり触れられずにきたコミュニケーションのありよう、心も体も健康な「性的な」ふれあいのかたち、性への偏見や価値観。そんな世界で探求を続けています。

清水:ケニアにいた2年間で、握手やハグなどスキンシップがすごく増えたのが、この研究をするきっかけでした。動物が毛づくろいし合うように、触れ合うことの延長に「性的」な触れ合いがあると感じました。
日本は触れ合う機会がほとんどありません。学校現場でも、家庭でも、視覚や聴覚で得られる情報だけで相手を判断し、いがみ合ったり、すれ違う人を多く見てきました。抱きあうまでいかなくても、互いに軽く触れるだけで満たされる承認欲求や、解消するわだかまりもあるはず。そうした触れあいで得られるものがないまま、孤独を感じている。それが、生きづらさにつながる側面もあると思います。

世界保健機関(WHO)や性の健康世界学会(WAS)は、触れ合うことで得られるコミュニケーションや感情は、健康や幸せの一つの要素として、定義宣言を採択しています。

清水:私は多動的なこともあり、これまで数多くの大人や生徒たちとの面白い出会いに恵まれてきました。誰かのフィルターを通してモノを見ることも好きなのですが、自分が本当に魅力を感じた世界には、直接飛び込まないと気が済まないタイプです。

私の頭の中は、いつも発想の「シャボン玉」が生まれては消え、生まれては消え、を繰り返しているのですが、中にはどうしても気になるものが何度も繰り返し現れてくるんです。次第に無視できなくなって追いかけてしまうんです。
これが私の「探求」です。これからもずっと続くと思います。


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