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太宰治『畜犬談―伊馬鵜平君に与える―』太宰作品感想18/31

犬は危険な生き物であるという主人公の意見に、幼少期の僕であれば大賛成であったろう。あんな危険な生き物を、何故ペットとして飼育しているのか不思議でたまらなかった。昔の僕は、犬を見る度ごとに走って逃げた。速く動くものに犬は吠える。吠えられた僕は、また恐怖する。その繰り返しから抜け出したのは親に走るなと言われ、勇気をもって犬の前を歩いたときであった。何にも怖くないというふりをして犬の前へゆっくりと一歩踏み出した僕はあの日、一歩大人になったのだと思う。

犬嫌いの主人公は、別にそれで犬を虐待するとかいったことはない。丁寧に凶暴な犬への対策を考えて行動した結果、逆に犬に好かれてしまう。早春、練兵場へ散歩へ出かけた主人公は、一匹の痩せた犬(ポチ)と出会う。ポチは主人公の家までついてきて、やがて住み着く。いたずら好きな困った犬で、なんといっても喧嘩っ早い。すれ違った犬には、悉く吠えてかかった。ある時にシェパードにあしらわれて、そこからは喧嘩を控えるようになる。何だか、人間味のある犬だ。残念なことに、小さい頃は可愛いらしかったポチは皮膚病に侵されるようになり、酷い醜態となってしまう。犬を可愛がってた妻も、「ご近所にわるいわ。殺してください」と冷たく一言。

「女は、こうなると男よりも冷酷で、度胸がいい。」

太宰はこのように書いている。男は心が弱いから、筋力を多めに天から与えられたとかいう美輪明宏の迷信じみた言葉もあながち間違いではないと、最近考えたりもする。

主人公はやむなく、ポチの毒殺を試みる。皮膚病はもう、目も当てられないほどまでに進行してしまっていた。主人公は、ポチを出会いの場所である練兵場まで連れていく。しかしその道中、ポチは大きな図体をした赤毛の犬に喧嘩を仕掛けられる。

無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸をねらった。ポチは、咄嗟にくるりと向きなおったが、ちょっと躊躇し、私の顔色をそっと伺った。
「やれ!」私は大声で命令した。「赤毛は卑怯だ! 思う存分やれ!」
 ゆるしが出たのでポチは、ぶるんと一つ大きく胴震いして、弾丸のごとく赤犬のふところに飛びこんだ。

ここがこの小説のクライマックスである。


この戦いの結果も、毒殺の真実も、ここでは何も書かないことにしよう。色々な余分なことも書きたいが、我慢することにしたい。とにかく、僕はこの話が好きである。数ある太宰の小説の中で、一番好きかもしれない。


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