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悲観的な未来もありうるが、テクノロジーを活用しながら、 サステナブルなモデルを創造できれば明るい未来が待つ

ロイヤルホールディングスの会長、菊地唯夫さんは、時代に合った経営上の戦略をプラスの思想で論理的かつ緻密に立てて攻め込んでいき、その戦略を産業の発展のために惜しみなく披露されているという印象があります。そのため、京都大学で教鞭をとられているニュースを聞いたとき、妙に納得したものです。コロナ禍における外食産業の危機的状況のなかでも、「今こそマイナスをプラスに」と、声をあげます。そんな菊地さんに、厳しいコロナ時代を乗り越えた30年後の未来を聞きました。

菊地唯夫(きくちただお)ロイヤルホールディングス代表取締役会長
1988年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本債券信用銀行頭取秘書、ドイツ証券東京支店投資銀行本部ディレクターなどを経て2004年ロイヤルホールディングス入社。 総合企画部長、法務部長、管理本部長などを経て2010年代表取締役社長、2016年代表取締役会長(兼)CEO、2019年代表取締役会長に就任。2020年より京都大学経営管理大学院特別教授。

これからの外食の価値はvalueではなくworthへ

――ロイヤルホールディングスといえば「ロイヤルホスト」「天丼てんや」などの「外食事業」をはじめ、空港や高速道路、病院など大規模施設内で食を提供する「コントラクト事業」、「機内食事業」や「ホテル事業」、「食品事業」まで幅広い事業を展開されています。コロナの影響は、それはそれは大変であったと……。

菊地 はい、大打撃でした。会社としては外食とホテルと機内食とリスクを分散していると考えていましたが、今回のコロナは全ての事業に影響があり、トータルで甚大な損失を出しました。根源のリスクが共有だったということで、それが「人が移動しないと我々のビジネスは成り立たない」という点だったということです。そこで、人が移動しなくてもできるビジネスは何か? 我々が不得意としている点をどうすればカバーできるかと考えたとき、総合商社との資本提携につながったんです(昨年2月15日、ロイヤルホールディングスと総合商社・双日とが資本業務提携)。物流つまり物を動かすことを考えたんですね。でも、コロナが流行してもしなくても、外食産業が抱える問題は遅かれ早かれ出てくる時期だったと思います。

――人が移動しなくてもいいビジネスモデルを考える時期が来ていた、ということですね。

菊地 そうです。そもそも時代が変わってきていたんですね。先日、残念ながら亡くなられたジャーナリストの松坂健さんがこうおっしゃっていたんですよ。「菊地さん、これからの外食の価値はvalue(バリュー)じゃなくてworth(ワース)だよね」と。価値という言葉を英語にすると、これまではバリューだった。つまり、かかったコストに関してリターンや割安といった数値的な価値を求めるもの。ワースはもっと情緒的です。英語の教科書でよく出てくる「This book is worth reading.」のworthですね。今までの外食産業は「valueバリュー」で食の世界を見ていたけれど、コロナに関係なく「worthワース」で評価する時代になってきたといえると思います。

――確かに同じ「価値」でも英語にするとニュアンスが変わることがわかります。なぜバリューからワースへ変わったと思われますか?

菊地 ひとつの理由はやはり「社会変化」です。今までのようにどんどん「成長」している時代から「成熟」の時代に変わることによって、価値観自体が非常に多様化してきました。もうひとつの理由は「世代交代」です。今まで物質主義だった我々の時代から、若い世代の人たちが「物を持つ」ということよりも「物を使う」ことに価値を見出すようになった。食べることにもworthの価値を見出すんですね。

――そうした社会の変化によって起こる問題が、コロナによってスピードが速くなったということですか?

菊地 コロナが時間を速めたことは間違いないですね。私はふだん、外食というカテゴリーではなくて食全体の市場で考えてみているんですが、食の市場は「外食」と「内食」と「中食」が単純に分離されるものでした。たとえば「今日は外食にしよう。だからどこどこに行こう」「今日はお弁当を買っていこう、だからどこどこに行こう」と、人々は二段階で食のとり方を考えるわけです。その一段階目と二段階目はこれまで同じカテゴリーでしたが、コロナ前からすでにコンビニのイートインスペースやスーパーマーケットのグローサラントといった「中食」「内食」がどんどん「外食」に入ってきて、そういうカテゴリーを分けることにあまり意味を持たなくなりつつありました。そこにコロナが来てどうなったかというと、お客様が「外食」に行かなくなったわけです。そうなると外食はキッチンカーやデリバリーなどに入っていって、今度は一気に「外食」が「中食」化したわけです。そうすると行き着く先ってどういう世界になるかというと、食全体が垣根のない市場になっていきます。

――垣根のない市場になるということは、先ほどおっしゃっていた人の移動も必要なくなってくるということでしょうか。

菊地 はい。お客様が自分で好きな時間に、好きな場所で、好きなスタイルで自由に食の選択ができるようになった。つまり、わざわざ行く必要がなくなる時代になったということは、いいことか悪いことかというと、私はいいことだと思うんです。たとえば、私たちが小さい頃は、あるテレビ番組を見るために、時間にものすごく拘束されていましたよね。テレビを見るために、急いでその時間に帰って、テレビのある場所にいなくてはいけなかった。でも、ビデオによってまずは時間から解放されました。そしてポータブル機能が生まれて場所からも解放されました。これはひとつの人類の進化のプロセスだと考えていいと思います。それが食の市場に来たということですね。

――時間や場所から解放されたお客様への新しい対応法が求められるということでしょうか。

菊地 はい。コロナがあって、実際に今、外食に従事する事業者たちは、デリバリーやテイクアウト、フローズンミールなどありとあらゆる方法で、自分たちが持っている強みを洗い出して、パッケージし直してお客様に届けようとしました。そしてそれが可能になった。なぜ可能なのかというと、テクノロジーが進化しているからです。テクノロジーの進化は、時間と場所から解放された人々に対応するために非常に役に立っているものです。そして、テクノロジーと合わせてサービスについても改めて考えなければいけない時代だと思っています。そうそう、以前、セミナーで話したことがわかりやすいかも知れません(図を取り出す)。外食産業で起こる波について考えてみましょう。

サービス産業で広がるデジタルの変革

菊地 外食といったサービス業の現場では売上が伸びるときと伸びないときの波が常に起こります。1日だったらランチとディナーの波、1週間だったら平日と週末の波、1年だったら春休み、ゴールデンウイーク、夏休み、秋の行楽、正月の波、ですね。この売上の波でいうと、損益分岐点をひくと売上が上回れば黒字ですし、下であれば赤字となり、黒字面積が赤字面積を越えればトータルで黒字になります。そしてこの「波」の調整は、人手を増やしたり減らしたりして調整してきました。でもコロナの前から人手不足が深刻な問題となっていたことで、この「人」を固定化せざるを得なくなっていました。そうなると、損益分岐点は上がってしまうという構造上の問題を抱えています。コロナでなくても、これから30年後は日本ではますます人がいなくなってしまうので、これまでのような調整はできなくなります。そうなると外食産業はなりたたなくなってしまいます。つまり、これまでの「ピークに人を増やして、ピークでない時は人を減らす」というビジネスモデル全体が立ち行かなくなり、問われていると思っています。それを解決するのがデジタルの活用です。サービス産業においてデジタルがどのような変革をなすのか? つまり外食産業におけるDX(Digital Transformation/デジタルトランスフォーメーション)を改めて整理しながら考える時期が来ています。

――飲食店のDX化はコロナ禍によって加速している印象があります。

菊地 その通りです。私はDXの進展によってサービス産業に4つの変革が起こると思っています。まずひとつは先ほどお話した「波を調整できる」ようになること。波を調整するには、コストを削減して損益分岐点を下げるか、ピーク時の売上をとにかく上げるか、山ができたら反対に山を作って標準化する、あるいは、波の大きさ自体をもっとゆるやかにするなどいくつか方法があります。たとえば、波がピークの時に少人数で対応できる仕組みをつくるとか、ピークの時にでもデリバリーを増やしていく、予約システムを入れてみるといったような方法ですね。こうしたものはテクノロジーによって解決できます。産業における波の問題はよくよく考えてみると、過去をみても製造業や金融業での問題もテクノロジーが解決してきたんですよね。

――食業界におけるテクノロジーというと、人間の代わりに機械が動くといったようなロボット的なことばかり浮かんでしまうんですが。

菊地 それも重要ですが、それはツールとしてのテクノロジーですね。波の調整という観点で考えるとテクノロジーの定義はもっと深くて広いです。今の世の中の注目キーワードであるシェアリングやダイナミック・プライシング、サブスクリプションというものは、波を平準化しようというもので、これらもデジタルが解決を導きます。DXにおけるふたつめの変革は、「同時性の問題の解決」です。たとえば生産性を上げるために従業員を減らすと、同時にサービスが悪くなってしまうことがよく起こります。

――経験あります。入口でずいぶんと待たされるとか、注文をしたいのになかなか注文を取りに来てもらえないとか。

菊地 メニューの画像とずいぶん違う商品が出てきてしまうといったこともありますね。これらはみんな同時性ゆえに発生する問題です。店側にすればそもそもキャパシティに限界があるわけですから、予測を超えた集客があったときなどお客様にも店側にも皆にストレスがかかります。これまではそれを「しょうがない」という言葉で片付けられていた。でも事前決済やデリバリーといった仕組みを使えば、今のような問題は起こりにくくなるし、調理器具のイノベーションならメニューの写真とは違うものが出てくる可能性も低くなります。つまりテクノロジーの進化によって、我々が「しょうがない」ですましてきたものが、かなりの程度緩和すると思います。

――「しょうがない」「仕方がない」という言葉は日本人気質ですかね。

菊地 日本人の潔さであり、美学でしたが、それがストレスとなって噴出してくる時代では、「しょうがない」ではすまされないです。外食の現場は、賞味期限切れ、過剰勤務、偽装表示などいろいろ問題が起こりますが、こういう問題が起こると、どこどこの企業はずさんな管理をしているとたたかれます。でもそれは、個別企業の問題を超えたところにまずは大きな問題があるのだと思っています。よくよく考えるとデフレが20年続いていて、デフレは価格を下げます。でも、人件費、家賃といったあらゆるコストは上がっていきます。その問題の解決のために、製造業は工場を海外に移す、オートメーション化するなどソリューションを見つけてきました。それが、外食産業ではできない。とはいえ、産業である以上、利益を出さなくてはいけない。そうなると、コントロールできるコストのひとつは人件費で、それらをカットした結果が、問題の温床になっているのかもしれないですよね。人件費を圧縮した結果が、バイトテロだったり、ブラック企業だったりという問題を起こしたのかもしれません。

――一時期、ニュースを騒がせましたね。ネットでは店なりバイトなりの個人攻撃をしていましたが、そもそも、社会構造上の問題と考えると、なかなかシビアな問題ですね。

菊地 それを「しょうがない」ではなく、解決の糸口のひとつとしてテクノロジーがあるということです。3つめの論点は「ロングテールビジネス(販売数の少ない商品群の売上の合計が売上全体の大きな割合を占めるビジネスモデル)の可能性」です。外食産業をマスマーケットとロングテールでみたとき、これまではマスマーケットでないとできなかったんです。まずは人が集まる一等立地に高い家賃で店を構えて、機材を揃えて、人手もたくさん集める。初期投資が大きいのでマスマーケットでないとなりたたないというのがこれまでの定義でした。今はスマホで簡単にテイクアウト、デリバリーができるようになって「一等立地でなくて三等立地でもいい」となり、そこで「デリバリーやテイクアウトだけを行うゴーストレストランがいいじゃないか」ということになる。そうすると、我々が高い固定費にしばられて、マスマーケットしかできなかったものが、今度はロングテールマーケットに進出することができるようになる。東京ヴィーガン餃子のような取り組みはおもしろいですよね。デリバリーをうまく使っているでしょう? ヴィーガンの取り組みも大事だとは思っていても、マスニーズではないのでできなかった。ロングテールで考えると、健康食や外食ができない事情を持つ方、ヴィーガン、有機野菜、宗教食、そういう人たちにもテイクアウトやデリバリーによって平等にサービスができるようになりました。これからは、そういったものが新たなマーケットとして生まれてきます。

――そうなると、これまで店に来ていたお客様とは違う方々が顧客となっていくので、お客様とのつながりも新たな局面を迎えそうですね。

菊地 まさに4つめは「お客様とのつながりの変化」です。今までチェーン店が優位だった最大の理由は、情報の非対称性という優位性を持っていたからです。要は、チェーン店ならば、だいたい行く前からクオリティやバリューがわかっているわけですよね。いくらくらいで何を食べられるかがわかって出かけられた。いっぽうで一見の店は情報がないからわからなかった。行ったら高額な金額をとられるかもしれない、と思うと怖いじゃないですか。でもデジタルが進化してきたおかげで、行く前からわかるようになった。検索すれば情報が出てきますから。つまり、チェーン店は情報の優位性を失ったわけです。お客様とのつながりが、これまでは非対称性ということで優位性を持っていたのに、それを失ってしまった。それならば、新しいつながりを求めなければならない。それがアプリなどでの新しいつながりということではないでしょうか。たとえば、あるお客様が、たまねぎが食べられないなら、その情報をアプリに入れておいてもらって、次に来られたらたまねぎを除いたものを提供する。メニューの好みをデータ化して蓄積し、その人が好きそうなものをおすすめできるようにする。そうした新しいつながりは決して悪いことではなく、チャンスだと私は思いますね。今の時点でDXがもたらす利点として私は今述べた4点に注目していますが、もっと可能性はあると思います。

感情労働が労働の本質になっていく

――テクノロジーの発展は不可欠であることは理解できるのですが、それによる弊害はないですか? 自分たちの仕事が奪われてしまうのではないか? あるいはホスピタリティが欠如してしまうのではないか? といった問題はよく出てくると思うのですが。

菊地 実は「ロイヤル」では2017年にテクノロジー導入のひとつとして、実験的に現金を扱わず様々なテクノロジーを導入した店をやってみたことがあるんです。このとき、従業員から言われたのは、自分たちの仕事がなくなるんじゃないか? ということです。結論から言うと、私はその問いに対してはNOといいました。確かに2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン博士らが米国において10~20年内に労働人口の47%が機械に代替可能であると試算をしましたし、日本については2015年に野村総合研究所が、オズボーン博士らとの共同研究によって日本の労働人口の約49%が就いている職業において、機械に代替可能との試算結果を出しました。ただこれは、労働とテクノロジーの代替性なんですよね。でも、アメリカのアーリー・R・ホックシールドが「感動労働emotional labor」という言葉を使ったように、労働には「肉体労働」「頭脳労働」のほか「感情労働」があります。

――すみません、感情労働とは何でしょうか?

菊地 感情労働というのは、顧客の満足のために自分の感情をコントロールする労働のことです。教師や医者、接客業がそうです。これからは肉体労働はロボットに、頭脳労働はAIに替えることができますが、感情労働は今のところは人固有の労働なんですよね。この部分が労働の本質的な部分になっていくはずです。ただし、この感情労働には弱点があって、メンタルにプレッシャーがかかります。常に模範的でなければならないからストレスがかかってしまうわけです。当社の従業員に「何かストレスありますか?」と聞くと、ほとんど「ストレスがあります」と回答がきます。でも、ストレスの内容を聞いていくと、接客や調理そのものにストレスを感じている人はほとんどいないんです。この仕事が好きでやっている人が多いからです。では何にストレスを持っているかというと、本部への報告書とか、棚卸とか、発注が間に合わないとか、そんな労働環境のなかで、自分が一番大切にしなければならない接客や調理もしなければならない。そこにストレスを感じているわけです。ストレスを持ったうえで、一日疲れたあとで、掃除、皿洗いとなると、それはさらにストレスになりますよね。接客がストレスと思えてくるかも知れない。我々経営者がやることは簡単で、本来のストレスを、ロボットあるいはAIに置き換えればいい。本来、価値を生むところに集中することができるわけです。

――なるほど。確かに。外食に携わっている人たちは、料理を作ることや接客そのものは好きそうですね。皿洗いが嫌だ―、掃除が嫌だ―、会計が嫌だ―とは聞こえてきますが(笑)。接客以外のストレスを軽減すれば、好きな調理や接客に集中できますね。

菊地 テクノロジーの支援があることによって、根源的な価値を生み出すところに集中できます。でもね、うちの従業員はまじめで「自分たちは楽になるかもしれないけど、お客様にとって、いいことなんでしょうか?」という質問も出てくるんですよ。ここでまず考えたいのは、お客様の基本的な満足度はとてもシンプルで、清潔な食器で出されること、来てほしいときにスタッフが来てくれること、お渡ししたメニューの写真通りにおいしそうな料理が来ること、想像した料理の通りの味であることなんです。その点を、まずは安定して提供して差し上げたうえで、さらにプラスする付加価値としてスマイルだったり、心を込めたおもてなしだったりがあるんです。それは、提供する側がストレスを感じているとできないことです。外食産業に従事している人は、店で働くことはみんな好きなんですよ。機械がやっても人がやっても一緒のところは機械にやってもらって、そこで生まれるストレスの軽減で、より人間らしいサービスができるといいと思うんですよね。

――接客ロボットはどう思われますか? 人間に接客されることが面倒くさい、ってお客様も今後出てくるような気がしていて。つまり、客のほうがロボットを求める時代が来るのではないかと。

菊地 その可能性はありますね。ファストフードはどんどんロボット化してくるんじゃないでしょうか。ただ、バリューではなくワースという意識のもとでのロボット化だと思いますよ。やはり人間は人と人との接点が大事ですからね。ロボットが当たり前になってくればくるほど、逆に人が求められてくるのではないでしょうか。全部の飲食店が全部ロボットになったら、希少性が出るかもしれませんね。あそこは人がやっているんだよ、って(笑)。

コト消費ならではの魅力を失わずに進めるテクノロジー化

――世界的に見て日本のフードテクノロジーはどうですか?

菊地 中国、イスラエル、アメリカに比べれば遅れていると思いますよ。ヨーロッパも進んでいないんじゃないでしょうか。日本は遅れているけど、私はこのくらいのスピード感でいいんじゃないかな、とも思っています。先程、お客様は時間と場所から解放されたと言いましたが、テクノロジーによる時間と場所からの解放はあらゆる産業で起こっていることです。洋服の購入だって、銀行経由の送金だって、家でできるようになりました。ただ、これらを可能にしたのは機能=ファンクションのテクノロジー化にすぎません。飲食はモノ消費ではなくコト消費であり、それはデリバリーでは無理です。デリバリーしてくれる方に「うちの店ならではのおもてなしの心も伝えてください」といっても、無理です。飲食店は行かないと体験できないものを持っています。そのことを見失わずに、テクノロジー化は進められていくべきだと思っています。

――日本の飲食店はおもてなしの心が世界的に評価されているといわれています。菊地さんは海外から日本を見る機会も多いと思いますが、菊地さんから見て食産業からみて日本の良さ、問題点はなんでしょうか?

菊地 同質性じゃないでしょうか。いいところでもあり、悪いところもであります。みんなが同じ空気でなければダメで、異論を許さない傾向があります。山本七平という方が書いた「空気の研究」という本があるんですね。これは、第二次世界大戦中、戦艦大和を出すことはいかに無駄なことだとみんなわかっていたけれど、戦艦大和を出さないで負けてしまったらどうするのか? という空気になって、出さざるを得なくなったことが書かれています。これは同質性の悪い部分です。なかなか水を差しにくい。この「空気」は世界とはまったく違います。

――コロナ禍のマスクだって、誰がはずすんだろう? ですよね。

菊地 マスクはみんながはずすまで外さないでしょう。同質性によって、なになにが流行っているといえば、みんなそっちに向かってしまう。唐揚げが流行したら唐揚げ、食パンなら食パン。やっぱりそこも同質性を気にする部分ですよね。

――同質性がいい方向にいくことはありますか?

菊地 高度経済成長期のときは、同質性によって皆が仲間になってひとつの目標を持って一生懸命がんばれば皆が幸せになる! とがんばってこられたわけです。だから作った製品のクオリティが極めて高くて、世界的な信頼を得ることができたわけですから。同質性を持っていると統制もききやすい。そういえば日本人は、世界で一番不安に弱くて、不満に強い国民だそうです。生命保険が世界で一番売れるらしいです。これは不安に弱いからですよ。コロナにしても、日本の感染者は世界に比べても多くはないけれど、経済はストップしていたでしょう。この国民性がよく出ていると思います。きっと、日本は自然災害が常にあったからだと思いますね。災害が起こったらみんなで我慢しようということになる。さきほどの「しょうがない」につながるのかもしれませんね。

――その気質はこれから30年経っても変わらないですかね? 30年後、食はどうなっていくでしょうか。

菊地 国民気質の本質は変わらないんじゃないでしょうか。それがいい方向に働けばいいと思っています。経済力の強さでいうと、中国が今後、アメリカを抜いて一位になるでしょう。いっぽうで日本は人口が減少していきます。GDP(国内総生産)の計算式は人口×生産性で、日本は人口が減っていくわけですから、生産性が変わらなければ単純計算でいえばGDPは減っていきます。人口が減少している以上に生産性を上げていくことに注視していかないと、購買力はどんどん下がっていきます。でも中国がこのまま永遠に購買力が上がっていくかというとそうではない。それほど遠くない未来に人口のピークを迎えるといわれていますからね。中国の購買力はだんだんなくなってくるけれど、今度はインドが出てきますから。こうした経済力も波の話です。

――日本が生産性を上げていくために、これまでお話いただいた変革が必要だということですね。

菊地 コロナは、ある意味で目を覚まさせてくれたと思います。日本での人口減少は実は30年前からいわれていることです。時間があるがゆえに余裕がありすぎて手を打ってこなかった。実際、コロナに直面して、いろんな問題が浮き彫りになって大変だーとなって、コロナがあってもなくてもいずれは浮き掘りになっただろう問題が、一気に噴出して、解決しようと動き始めています。コロナは時間を速めます。

――30年後の食の未来はどうなってしますか?

菊地 日本ではこれからはZ世代が中心となってくるので、まったく違う世界が待っていますね。人口も1億人をきるわけですから。ひとつの未来はすごく悲観的なものです。経済がズタズタになって、ひとりひとりが貧しくて、没落した国。もうひとつの未来像は楽観的なものです。人口減少のなかで、ひとりひとりがより生き生きと働いてテクノロジーを活用しながら、サステナブルなモデルを創造できれば、明るい未来は待っていると思います。今後、Z世代は東京から離れていくんじゃないでしょうか。日本は国土が縦長で、北海道と沖縄では文化がまったく違います。景色や空気が違う。それがさまざまなエコシステムを生み、インバウンドをひきつける魅力となっています。多様性のある日本を受け入れる社会構造ができていれば、明るい未来ができるのではないかと思います。

インタビュー・構成:土田美登世

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