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茶葉からお茶を楽しむ暮らしが手軽になり、ペットボトル利用減少等による環境考慮と利便性の両立が可能に

塚田英次郎さんはエスプレッソマシンならぬ抹茶マシン、その名も「Cuzen Matcha(クーゼン・マッチャ)」の創業者です。Cuzen Matchaは袋詰めされた茶(てんちゃ。抹茶を挽く前の茶葉)をマシンに入れて水をセットするだけで、挽きたての抹茶が飲めるという家庭用抹茶マシン、つまり、茶葉を石臼で挽いて抹茶を点(た)てるところまで一台でできます。日本でも本格的なドリンクとしての抹茶の存在は特別ですが、アメリカでは? 東京とサンフランシスコを拠点に抹茶ビジネスを展開する塚田さんが描く未来を聞きます。

つかだ・えいじろうEijiro Tsukada 1998サントリーに入社。長年、茶事業の新商品開発・事業開発に従事。在職中の2006年スタンフォード大学経営大学院(MBA)修了。ヒット商品である「伊右衛門特茶」の立ち上げや18年にアメリカで「Stonemill Matcha」創業に携わった後、19年に退職して「World Matcha Inc.」を起業する。20年から抹茶マシン「Cuzen Matcha」を全米で販売し、21年から日本でも販売を開始した。

健康飲料としてアメリカで
注目される抹茶

――抹茶というと、日本では飲むのは苦いというイメージがあって、日本のものなのに飲むというよりフレーバーをたのしんでいる印象がありますが、アメリカではどうですか?

塚田 アメリカもそうですよ。とはいえアメリカでは日本よりも「抹茶は健康によい」という意識があって、2014年頃からニューヨークでMatchaブームが起こったんです。当時、コーヒーのカフェインから脱却したいという人たちのニーズがあり、そこに抹茶が注目され始めたんです。アメリカのコーヒーはサイズが大きいということもありますが、コーヒーのカフェインで苦しんでいる人はけっこういましたね。

――2014年というと、塚田さんはまだサントリーにいらした頃ですね?

塚田 はい。伊右衛門のブランドマネジメントをしている頃ですが、日本にいてもニューヨークの抹茶ブームは伝わって来ていて注目していました。とはいえニューヨークでのブームは、健康によいという意識からスタートしたにもかかわらず、抹茶専門のカフェなどで供されるグリーン✕ピンクなど「色鮮やかなファッショナブルな抹茶ドリンク」でしたね。今の日本もそんな感じですが、抹茶というと苦いから、そこにミルクや砂糖を入れて飲めばいいじゃないかという発想です。そういうイメージで飲まれていて、本物の抹茶のおいしさを提供しているわけではない。だから逆に、そこにビジネスの活路があると考えました。

――抹茶ラテや抹茶風味のアイスクリーム、抹茶シフォンケーキなどではない、ドリンクとしての抹茶のおいしさって、日本人にもわかりにくい気がしますが。砂糖を入れないと飲めないというイメージがあるというか。

塚田 そのイメージって、日本もアメリカも、本当においしい抹茶をほとんどの人が実は知らない、飲んだことがないということが大きいのではないでしょうか。コーヒーだって、日本は今でこそドリップコーヒーをブラックで飲むという人が増えていますが、昔は砂糖とミルクをたっぷり入れる飲み物というイメージでしたから。ただ日本とアメリカで違うのは、アメリカの人たちは自分で勉強をして、見たことのない新しいものでも「いいものはいい」とはっきりと言えるところです。抹茶は苦いというイメージがあっても、その苦さにはワケがあると思って学ぶ姿勢がある。そしてアメリカでは日本よりも多くの人が、抹茶は体にいいものだと認知している。ハリウッドでは抹茶をサプリメント的に飲んでいましたからね。抹茶パウダーの量をはかってお湯のなかに入れてかき混ぜて飲むんです。こうなると、飲むというより摂取している感じでしたが、抹茶といえば健康という意識は、アメリカのほうが持っている証です。日本は身近にお茶があり過ぎて、お茶全体に対して知ったかぶりをしてしまうし、先入観があって新しい情報を得ようとしない傾向があるように思います。

――確かに、日本でお茶の“ホントのところ”を知ろうとする人はあまりいない気がします。実は抹茶をストレートで飲んだことがない、という人もおっしゃるとおり、たくさんいます。

塚田 歴史的に、抹茶はお茶事で飲む特別なもの、という意識があるからでしょう。アメリカの人たちは先入観がないし、繰り返しになりますがとにかくよく勉強をします。何が体にいいのか? を自分の力で探す人は多いです。そのパワーこそアメリカのすごさだと思っています。なぜ抹茶がいいといわれるのか? 抗酸化作用はコーヒーに比べてどうなのか? アジア人には肌がきれいな人が多いが茶のせいではないのか? そういったことを徹底的に調べるので、新しいものでも自分がいいと思ったらいいんです。日本人は、自分よりも「人がいいと言ったからいい」という考えを持っている人が多いように思いますが、アメリカは違う。だから、我々のような新しいプロジェクトにも耳を傾けてくれます。アメリカで流行したら、日本でも注目される。ある意味残念ではありますが、そういう流れはあります。

――なるほど。だからアメリカからのスタートなんですね。それにしても起業されて、いきなりアメリカで抹茶マシンを、という発想がおもしろいですよね。

塚田 起業するときはあちこちで反対されました。でも2017~2018年に「Stonemill Matcha」というプロジェクトを僕が担当したときにサンフランシスコで抹茶カフェを手掛けていて、その時の経験によってやりたいという気持ちは強くなったんですよ。常連さんたちが毎日抹茶を飲んでくれていたんですが、彼らの家でもこの習慣が広がってくれればいいとふと思ったんですよね。コーヒー屋さんでコーヒーを飲んで気に入ったら豆を買って帰りますよね。でも抹茶は抹茶パウダーだったので酸化しやすいし、買って帰っても水の量や抹茶パウダーの扱い、点て方がむずかしいため、カフェで飲むのと家で飲むのとでは味や香りが変わってきてしまう。抹茶の裾野を広げるには抹茶という飲み物を作ってくれるマシンがあればいいけれど。あれ? そういえば、コーヒー豆を挽いたり、コーヒー豆をいれたりする家庭用のマシンはあるけれど、抹茶を挽いたり抹茶を点てるマシンは世界中どこにもない。ならば作って販売しよう。そういう発想でした。コーヒーがカフェでも各家庭や仕事場でも浸透したように、抹茶も浸透すればいい。それならば、マシンだと。

――2019年に起業されて、2020年にもう販売までいかれていて。開発期間としてはかなり短くて完成まで早い印象があるのですが。

塚田 はい。シャープさんの技術の力が大きいです。シャープさんが「お茶プレッソ」というマシンをすでに開発されていて、これはもう生産中止となっているのですが、この技術をベースにさせていただき、機能性やデザインの改良を進め、生み出したのが「Cuzen Matcha」です。このマシンを持ってあちこちに説明をしてまわり、飲んでもらって、理解してもらっているのが今の僕の大きな仕事です。

――2年経って手ごたえはどうですか?

塚田 これは意外だったんですが、ストレートで飲む抹茶の評価がとても高いです。まず僕が説明するのは、良質な茶葉はテアニンが入っているものが多くてうま味を持っていること。新茶のシーズンである春の一番茶はうま味が多いので、ストレートに飲んでもおいしいということです。でも、夏以降のお茶になるとカテキンが出てきて苦味が出てくる。そうしたものが主体になると価格は安くなるけれど苦味が強い。だから、砂糖やミルクを入れないとおいしく飲めない。皆さんが慣れている抹茶ラテはそうした極端に苦く甘いドリンクの可能性があること。でも、いい茶葉を使って、それを挽きたてにすると味も香りも違うこと。抹茶パウダーだと酸化しやすいけど、挽きたてならばその心配はない。だからパックされた茶葉をマシンで挽いて、そのまま飲んでもらいたいこと。そういうことを細かく説明をしていくと、わかってもらえます。「いい茶葉を挽きたてで飲むと、本当においしいんだね」と言ってくださいます。強いコーヒーに慣れているお客様は、逆に抹茶はマイルドだね、っていう人たちが多いですよ。

おいしさ、健康だけではない
茶の根底にある禅の心も込める

――「Cuzen Matcha」を漢字で書くと「空禅」とのことですが、やはりこれは茶の心というか、禅からですか?

塚田 そうです。マシンに円窓(まるまど)をつけたのも、茶室のイメージからです。茶室にある畳、茶室から見える日本庭園など美しいものに禅を感じます。日常的にそうした禅を取り入れる空間を作りたくて「空禅」という名前をつけました。マシンという無機的なものではありますが。このマシンを置いていくと、どこか禅の雰囲気が出ればいいという願いです。茶道の世界のトラディショナルなビジュアルとは異なり、モダンなスタイルにも光を入れることは、世の中に普及するためには大切なことだと思います。

――もしかして「Cuzen Matcha」でお茶事もできると?

塚田 できますよ。先日はスタンフォード大学の芝生で「Cuzen Matcha」を使って、野点(のだて)をしてきましたから(笑)。 

――それはすごい! ならば、ですが、このマシンはミキサーのように下から攪拌しますが、抹茶を「たてる」と考えると、茶筅のように上から混ぜるようなスタイルがいいようにも思ったのですが、それは技術的にむずかしいんですか?

塚田 いえ、できなくはないです。ただそうなると手入れが面倒になりますから利便性のほうを選びました。とはいえ、CUZEN MATCHAはお客様にひと手間いただく設計になっています。ワンプッシュで抹茶ラテができるというものではないですから。逆に、その手間が茶の道っぽくていいのではないかと思っています。自分で水を入れてそっと置くなど自然と所作を意識しながらていねいに扱う必要がある機械です。合わせたいものがあれば、いったん茶を点ててからミルクや炭酸と合わせなければならない。でも「Cuzen Matcha」と向き合っている時間は無になり、心が充実した時間を持ってもらえるのも、茶の時間らしいのではないでしょうか。10分間だけ意識を無にしてもらって茶にむきあう。そして10分後に仕事へもどって集中して仕事をする。10分間だけ茶室でリフレッシュしてもらう。そういうイメージを持ってもらえればうれしいですね。

――逆に、そうしたティータイムの10分でも惜しむ時代だとすれば、異様といえば異様ですよね。

塚田 日本だとお茶の時間がペットボトルになりましたからね。ティータイムが10分どころか3分くらいじゃないですかね。

よくも悪くもペットボトル大国日本
茶をいれる文化で日本の茶農園の活性化を

塚田 日本では各職場や街のいたるところにペットボトルのドリンクがあってお茶を飲める。お茶をたくさん飲めるので、いいことでもあります。防災的にもペットボトルは安心ですし、砂糖がたくさん入ったドリンクを飲むよりも、お茶を飲んだほうが体にはいいですから。でも、ペットボトルのお茶は味や香りはどうしても挽きたてにはかなわないです。挽きたてのお茶は本当に香りも味もおいしいです。また環境的にも、ペットボトルはリサイクルをするとはいえ一度はゴミとして出てしまいますから。

――地球環境という点でいえば、「Cuzen Matcha」では今は日本の茶葉を使っていらっしゃいますが、フードマイレージの点でいえば日本で茶葉を運ぶよりはアメリカで茶葉を育てて、という発想はありますか?

塚田 うーん・・・将来的にはあるかも知れませんが、まだまだ先ですね。茶葉なので液体を運ぶよりはよっぽど効率はいいです。たとえば、60人分のお茶が必要だとして、ペットボトルだと60本必要で、それを運ぶのは大変だけど、我々の茶葉だと60g (大きなリーフ袋で1袋)で済みます。日本にはもともと茶が育つ環境があるし、日本の農業を応援したいので、まずは日本の茶を使っていきます。

――お茶は鹿児島の生産者さんからのものですね。

塚田 はい。霧島の農家さんから、いい茶葉を購入させていただいております。抹茶は茶葉をまるごと臼で挽き、茶葉の持つすべてを飲むスタイルですから、体にも環境にもやさしい有機栽培の農家を探していたんです。彼らの茶に出会ったときは衝撃でした。茶の木を強く育てれば病気になりにくい、という考え方で、茶の木にたくさんの栄養分を与えます。栄養分を与えるといっても、化学肥料ではなく有機肥料です。その有機肥料は土壌中のバクテリアが分解してくれなければ、茶の木が養分として吸収できないため、バクテリアが土の中でしっかりと働けるよう、土の水分にまで気を使っていました。常に土壌の水分量を計測し、乾燥してくると地下水をくみ上げた水を畑へまくんです。このように有機農法で育てるのは手間もかかるし肥料代もかかるため、それを採用する農家はとても少ないけれど、彼らは日本に有機認定認証が始まる前から、ずっとそうした茶を作っていたんです。農家を探しているとき、「オーガニックのお茶はおいしくない」という声が聞こえてきたのですが、ここの茶葉は力強い味と香りを体験すると、何をもってそういう意見を言うのだろう、そう思える茶葉です。

鹿児島の茶葉の生産農家さんと

――お茶の農家さんも就農が減っている問題はありますか?

塚田 あります。ひと昔前まで、日本は食中、食後に急須にお茶をいれて飲むのが当たり前のスタイルでした。急須でいれるお茶は質の差がダイレクトに出るので、品質の高い茶葉には人気が集まって、品質にあったまっとうな価格で茶葉が取引されていました。町にはお茶屋さんがあって、店頭に行ってはお茶の話をしたり、茶筒に量り売りの茶葉を入れてもらったりして、お茶が人々の日常でした。でもペットボトルのお茶が出てきて、それがお茶のスタンダードになると、急須でいれる良質な熱いお茶よりも、清涼飲料としておいしいもので、しかも低価格なものが求められ、それらに適した茶葉が選択されるようになります。茶葉が安い値段で買われてしまうと、先の有機栽培の農家さんのように、本当にいい品質のお茶をつくっている生産者さんは、それではペイできません。せっかくいいお茶をつくっても買ってもらえないし、価格もたたかれるならやっていられないと、廃業してくる人も出てきます。ニーズがないから町からお茶屋さんは消え、ますますペットボトルが便利だということになり、ペットボトル用の茶葉ばかりが育てられるようになります。

――大量生産の茶葉ばかりだと、確かに残念です。

塚田 斜面に段々に開かれた茶畑ってとてもきれいですが、そうした段々畑で作られる茶葉の量は昔より減っています。やはり平地で栽培するほうが、生産効率がいいですからね。これはもったいないな、と思います。その景色を守るためにも、僕はいいお茶はいいと伝えていきたいですね。日本で意識が変わりにくいのなら、海外で日本の品質の高い茶葉の需要を作れば、高い値段で買い取ることができる。高い値段で買い取ることができれば、生産者を守ることができる。里山の景色も守られます。それは地球を守ることにもなる。昔の日本人は茶とともにとてもサステイナブルに暮らしていて、非常に豊かな暮らしがありました。その姿や知恵こそが、今、世界に求められていると思っているし、ビジネスのヒントが眠っていると思っています。幸い、若い子たちがオーガニックで海外用にお茶をつくろうという動きがあって、海外に勝機を見出しています。少しずつ、点の動きはあるので、それが線になっていけばいいと願います。

――日本ではなくまずは海外で、というのが、ちょっと悔しい気がしますが。

塚田 日本の意識が変わっていくのを待つのはなかなかむずかしいし時間もかかるので、まずは動いてみよう。それが海外なら動きやすい、というだけなんですよ。アメリカって、以前はフードカルチャーは遅れていて、アメリカに行ったらおいしいものを食べられない、と思われていましたよね。古いタイプの日本人は今でもそう思っているんじゃないですかね。まったくそんなことはないです。ダイバーシティの国ですから食にまったく興味はない人はいるし、収入の差も大きい。でも、情報に惑わされずにいいものはいいとする力がある。国民性なのかな? 日本は情報に惑わされ過ぎる気がしますね。どんな形であれ、自分たちの国が育ててきた茶の文化を、自分たちの力で今一度盛り上げていければいいと願っています。

インタビュー・文:土田美登世

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