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若い世代がいい方向に変えてくれる。その希望をつなぐために各人の「自分に合った小さな革命」が大切。

ネット上で「フロリレージュ」「川手寛康」と検索すると、ミシュラン二ツ星、「世界のベストレストラン50」受賞という評価のほか児童就労問題や環境問題に積極的に取り組むアクティブな川手シェフが浮かび上がります。でも本人と話してみると、時に熱く語りながらもギラギラした印象はありません。大きな目標を掲げてそれに向かって努力をするよりは、料理人として楽しいと思うこと、大切だと思うことを積み上げていったことで、今の評価につながったと語ります。「世界のベストレストラン50」の評価軸は、皿のおいしさやサービスだけではなく、料理人としての姿勢も評価されるいわれています。そんな地道な姿勢も評価されたのでしょうか。川手シェフが思う30年後の未来とは?
© Pieter D'Hoop

川手 寛康(かわて ひろやす)1978年、東京都生まれ。恵比寿「QEDクラブ」、西麻布「オオハラ エ シイアイイー」、「ル・ブルギニオン」等で修業したのち2006年に渡仏。「ル・ジャルダン・デ・サンス」(モンペリエ)で研鑽を積み、帰国後、白金(現在は移転)「カンテサンス」のスーシェフに。09年6月に青山「フロリレージュ」を開き独立。15年に現在の場所へ移転。2022年度「ミシュラン・ガイド東京」で二ツ星、 2021年10月に発表された「世界のベストレストラン50」で39位に初入賞。
フロリレージュ

大きな目標を掲げてトップに立つより
地道なところからメッセージを伝えたい

――まずは「世界のベストレストラン50」の入賞おめでとうございます。率直にどうですか?

川手 それはうれしいですよ。世界的なステージでの評価をいただけると、料理学会でスタンディングオベーションを受けた「龍吟」山本征治さんや、「世界のベストレストラン50」で常に評価を受ける「NARISAWA」の成澤由浩さん、「傳」の長谷川在佑さん、ミシュラン三ツ星をとった「カンテサンス」岸田周三さんたちと同じステージに立てたような気がして。誰よりも厨房に立っているシェフでいたいと思っていて、その点を評価されたとしたらさらにうれしいです。

――世界のベストレストラン50には毎回テーマが掲げられていて、今回のテーマは「ポジティブなメッセージを発信し、誰も取り残さない食の未来を作っていくこと」と聞いています。川手さんといえば環境問題やフードロスに取り組んでいらっしゃる印象がありますが、やはりそこも評価につながったと思いますか?

川手 うーん、どうなんでしょうね。別に何か新しいことをしたわけではないのですが。基本的には料理人になった頃からスタンスは何も変わっていないんですよ。単にコツコツと目の前のことを一生懸命やらせてもらっているだけです。

――川手さんのスタンスとは具体的にどういうことですか? 

川手等身大でいたいということですね。あまり構えずに目の前にある料理人として「やりたい」「楽しい」、と思えることをやることです。レストランに来るお客様はもちろん大切にしているのですが、そうしたお客様だけに食の楽しさを伝えることだけが自分の役割ではないかな、と思っています。スーパーマーケットのごく普通の食材を使った家庭料理は大切だし、ファストフードやコンビニエンスストアのごはんを否定したくはない。レストランはレストランの料理があって、家庭は家庭の料理があって。だからカルチャースクールで料理教室の先生をやっていることも楽しいんですよ。

――料理教室はどこでやっているんですか?

川手 池袋のコミュニティ・カレッジで。もう13年間続けてやらせてもらっています。

――世界の川手シェフがコミュニティ・カレッジで13年も!? いい話です。

川手 来てくださる方は「世界のベストレストラン」なんて知らないんじゃないかな? 「フロリレージュ」にも来たことない方がほとんどです(笑)。でもそれがいいんですよ。純粋に自分のために家族のために料理を作りたいと思って、通いやすい場所の料理教室に来て。彼女たちが使いやすい食材で、僕が考える家庭料理の楽しさを伝えて、そしてそれをそれぞれの家庭に持って帰って、また伝えて。そうしたジワジワッとした広がりをお手伝いできることが楽しいんですよね。レストランで10のメッセージを残すのもいいですが、料理教室でひとりの生徒さんに0.5ずつのメッセージを伝えて10になって、100になって1000になって、とすることが僕の役割かな、と思います。チームを作って大上段に構えて、皆さんやりましょうよ、と引っ張っていくのは苦手なんです。できることから少しずつやればよくて、そのなかで気づいてもらえるためのきっかけづくりや、ヒントになる言葉を料理人として投げかけられればと思っています。だから料理教室や小中学校などで話をして彼らの意識改革をしていくほうが僕らしいと思うし、やりがいを感じます。

© Pieter D'Hoop

――そのいっぽうで、世界中のシェフたちとコラボレーションをされていて。すごいです。

川手 あまり深く考えてないですよ。やりたい! と思ったら行動しているだけで。アンドレ・チャンとコラボレーションしたときは台湾の空港で彼を偶然見かけたんです。あっ、チャンだ。こんな感じで(笑)。近づいて行って「僕は日本でフランス料理を作っています。あなたとコラボレーションしたい」って言ったら「いいよ」と。

――え? チャンは川手さんのことを知っていたんですか?

川手 いや、たぶん知らなかったと思います(笑)。コーディネーター的な方がやってきて名刺交換をして、あとはとんとんとコトが運びました。コラボレーションをすることで自分も刺激になりますから、コラボレーションしたい! と思った方がいたらすぐに手紙を書いて自分からアプローチするし、声がかかってやりたかったらやらせていただきますし。

職業の選択肢の幅がない幸せもあると感じた
ペルーのカカオ農園での体験

――すごい行動力ですよね。太田哲雄さんと実際にアマゾンに行かれたときも驚きました。5年前ですかね?

川手 ある日、太田さんが店に突然食べに来てくれたんですよ。チョコレートを持って。ちょうどその頃、デザートにチョコレートを使うのを休んでいたんです。チョコレートは好きなんですが、児童労働の問題や不正取引のことが聞こえてきていて、料理人としてあまり気持ちのいい食材じゃないな、と。そんなときに太田さんが現れて、率直にその話をしたら、「だからこそ、このカカオを使ってくれ」と。そうそう、太田さんはチョコレートという言葉を使わなかったですね。あくまでも、「カカオを使ってもらいたい」と言っていました。太田さんの思いを聞いていくうちに興味を持って、あっ、ペルーに行ってみようかな、と思って。

――太田さんはどうして川手さんにお声をかけたんでしょう?

川手 なぜでしょう? 理由は聞いたことないですね。今度聞いてみてください(笑)。僕は最初のメンバー*だと思います(*太田氏は不当に安く買い叩かれていたペルーのカカオを公正な価格で輸入し、利益を村人に還元して彼らの生活を助けるというアマゾンカカオの普及活動を行っている)。

――アマゾンはいかがでしたか? 

川手 アマゾンというよりも、太田さんの案内でペルーのカカオ農園が見たかったんです。それがペルーの奥地にあったので必然的にアマゾンも体験した、ということなんですけどね。そのカカオ農園は意外にしっかりしていたことに驚きました。子供たちが働いているんだけど、シンプルに昔の日本のようにお父さん、お母さんのお手伝いをしている、という感じなんです。農園でごはんを作って、子供たちと一緒に食べながらいろいろ話をしたのですが、悲壮感はまったくなくて、みんなキラキラしていて。学校にも通えています。南米にはそういうことができない国もあるのですが、ペルーは比較的教育が行き届いています。「将来はお父さんのカカオ農園を継ぐんだ」と語っている子たちもいましたね。インフラが揃っていないところがあるので、それはサポートしてあげなきゃ、と思っていて。太田さんは現状を理解されているから、太田さんが扱っている農園からカカオを買っていて、今では料理に使っています

――すみません、個人的なことですが、ペルーといえばガストン・アクリオに昔から会いたいと思っていて。太田さんはガストンのもとにいらしたんですよね? 川手さんは会われましたか?

川手 もちろん。もう2、3回は会ってますよ。料理人としてあんなに志が高くて、結果を残している人は彼しかいないです。すっごく大酒飲みなんですけどね。一緒に飲んでヘロヘロになりましたもん(笑)。

――いいなー、話を伺いながら一緒にお酒飲みたいです(笑)。どうですか? 貴重な体験をしてペルーから帰って来て価値観は変わりましたか?

川手 カカオ農園の子供たちを見ていると、日本は選択肢が多すぎるかな、と思いましたね。それは幸せなことだし、実際に自分の娘たちにもいろんな可能性を示してあげたいと思っているんですが、「いいものはいいんだよ」「この職業ってこんなに素敵だよ」って固定して伝えてあげられることもとても重要なことなんじゃないかと思いますね。選択幅がまったくない幸せも十分にあると感じました。それは、お金がないからその選択肢しかないということではなく、教育も受けられるのだけど、歌舞伎の世界の襲名などのように、カカオ農園だったらお父さんとお母さんがカカオを育てているのを見ていて楽しそうだからやる。それはそれで、とても幸せそうだと思えました。選択肢をたくさん与えられて自由に選べることこそが素晴らしいと思っていたんですが、自分が経験したなかで「この職業がいいんじゃないかな」と推してあげることもすごく重要なことなんじゃないか、って思っています。

――川手シェフもお父様が料理人さんですよね?

川手 そうです。両親も兄弟も料理人という一家に生まれて、気が付けばそれしか選択肢がなかったんですが、そこに迷いもなかったし、すごく幸せですし。一生かけてやれる素敵な職業だと子供たちに迷いなく話せますし、親にも感謝しています。

――料理人をやっていてきついと思われたことはなかったですか?

川手 それは料理人に限ったことではなく、生きている限りなんらかのきついことはあるでしょう。苦しみを与えられることもお客様だけど、幸せを与えられることもお客様からなんですよね。そのふたつを比べたら、幸せなほうが大きいということですね。でも、ダイレクトにそう感じられる職業って実は少なくないですか? システムのなかのひとりになってしまうと、目の前の苦労しか見えなくて、幸せの対価はお金であって。でも料理人はそうじゃなくて、フェイストゥフェイスで伝えてもらえる。距離感が短い職業というのが、僕の性にあっています。

カツオ

サステイナブルが我慢ではなく幸せをもたらす
新しい付加価値となるように

――その幸せが30年後も続くか、ということも今回のテーマに含まれていまして……。

川手 30年ってこそばゆいところをついてくる数字ですよね(笑)。想像の範囲内のことが起こるかというとそうでもなさそうだし、いや、想像通りの可能性もあるし。ちょっと漠然としているのですが、僕としては、今よりも我慢する行為が少なくなっていればいいと思います。

―-我慢、ですか?

川手 未来のためにサステイナブル、サステイナビリティという意識は避けて通れないテーマですが、今はサステイナブルというと我慢することだと思っている人たちは多いと思います。捨てることを我慢する、使うことを我慢する、食べることを我慢する、という具合にね。でも30年後は、サステイナブルは我慢ではなく、新しいことを生み出せる当たり前の価値になっていて、サステイナブルという意識があるからこそ幸せだと思える時代になっていて欲しいと思います。

――川手さんといえば、サスティナビリティを表現するひと皿としてメニュー名に「サステイナビリティ牛」とつけた経産牛(子供を産んだ牛。繁殖用の牛は味が劣るとされ、加工品に去れることが多い)のカルパッチョがスペシャリストで、牛なら仔牛だ処女牛だ、ともてはやされた時代での登場だから話題になりました。

川手 サステイナブルな意識はかなり前から持っていましたが、僕としては、単純においしいから(経産牛を)使ったんですけどね。でも結果的に多くの方に食べてもらえてメディアにも紹介してもらって、メッセージとして届けられたと思います。ただこのインパクトが強すぎたからか、フロリレージュといえば肉、みたいな捉われ方をされているのですが、最近はメニューに野菜類が増えてきましたね。

――それはやっぱり、牛が実はサステイナブルじゃないからとかなんとか、だからですか?

川手 僕はそんなに計算して行動していないんですって(笑)。単純に年齢とともに食べる肉の量が減ってきて、自分が食べたい料理となると自然に野菜が増えてきてしまったということが大きいですかね。あとはここ数年で野菜の力強さ、すばらしさをようやく理解できるようになってきたかな、と思います。とはいえ、環境的なことももちろん考えていないわけではなくて、少しずつ店の形態も変えながら、できることをやっていくと野菜料理に力を入れるようになったということはありますね。といって、フロリレージュは今度は野菜料理だ! と言われると、そうなんだけど、そうじゃない。なんというか、日本人は完璧主義なところがあって、その完璧主義はサステイナブルの考え方にとても邪魔になるなと思うんですよ。

――というと?

川手 サステイナブルという目標ができると、あれがダメ、これがダメとなる。絶滅危惧種を守るためにマグロを食べないようにしよう! と声を上げるのはわかりますが、その声が大き過ぎると、捕鯨問題のように極端な方向に向かってしまうでしょう。要はバランスなんだと思います。僕はサステイナブルのシンボルのように言われますが、僕だってコンビニを使うし、疲れればタクシーにも乗るし、旅行に行くときは飛行機にも乗るし、焼き肉だって食べるし、月に1回くらいはマグロを食べたいですよ。でも、そうした人たちが発信してはいけないかというと、そうじゃないでしょう。自分に一番無理がない方法で、お客様や仲間たちと同じ方向に向かいたくて、そのためにはバランスが必要なんだと思っています。今はSNSの時代だから声が大きい人たちが正解のように思われますが、声が小さいけれどスジが通ったことを言っている人が好きです。地道でやっているほうが、わかりやすいし、やりやすい。そんな小さな意識改革のほうが、未来に効果的につながっていくし、それが最短距離だと思っています。背伸びをしすぎる必要はないですよ。

トレヴィス

――改めて伺いますが、料理人さんがサステイナブルの意識を持つとは、どういうことでしょう。

川手 それも人それぞれでいいんじゃないでしょうか。僕が最初に意識したのは、昔、あるレストランに研修に行ったとき、使ったラップ紙を一枚一枚洗って、干しているのを見たときですかね。衛生面を考えると、ラップ紙は使い捨てにしなくてはいけないですが、そのシェフの姿を覚えているから、やはり「捨てる」行為を考えるようになりましたからね。

――それも小さな意識革命ですね。

川手 「捨てない」という意識の改革です。こうした小さな意識の革命は、人によって異なって当然で、自分にあった小さな革命を持つことによって大きな一歩につながるんだと思います。ただ、料理人の場合に忘れてはいけないのは、サステイナブルの根源にあるのは、自分で新しい価値観を見出して価値を高めるという使命だと思います。単に記号としてのサステイナブルではなく、フードロスに取り組んでいるからこれでいいんだ、でもない。ひと皿の料理として料理人としてどうまとめられるか、じゃないですかね。

――いま、川手さんが取り組んでいること、夢中になっていることは何ですか? プロデュースされた沖縄の「ハレクラニ」のダイニングの「シルー」のコンサルティングシェフも務められていますよね。

川手 沖縄は海のものと山のものが揃うし、同じ日本でも本土とは違う文化と歴史を持っていますよね。それが料理人として成長できそうと思ってお受けしたんです。ただむずかしかったですね。農家の規模が小さいので欲しい食材が安定的に手に入らないんですから。でも、沖縄のよさを伝えるためにはしょうがないじゃないですか。だから、こちらのシステムを変えて、ディナーしかやらない、お客様は40名以上やらないにしています。経営側には怒られますけど、いいお店を作ったほうが、ホテルの価値観や沖縄のよさを表現できると話したら納得してくれました。でもだからこそ、そこでしか味わえない料理ができて、楽しいですよ。「シル―」に来られたお客様が「フロリレージュ」に来て、あの時の料理と違うとおっしゃるんですが、それはそうだろう、と(笑)。沖縄でなくてはならない料理をお出ししているつもりです。それが楽しい。あっ、そうそう、次の取り組みといえば「フロリレージュ」なんですが、実は、来年の2023年6月に移転を考えていて、もう図面も描いているんです。

――ええっ!?

川手 もともとやりたかったターブル・ドットというスタイルの店をやろうと思っていて。

――ターブル・ドット?

川手 食事をしにきたお客様が皆ひとつの大きなテーブルに座って、同じ料理を食べるというスタイルのレストランです。長方形のテーブルにドーンとみんなが座って食べているイメージですかね。

――晩餐会みたいなスタイルですか?

川手 そんな感じです。うちは大家族でみんな揃って食卓を囲んでいましたから、その楽しさをレストランでやってみるのはずっと夢だったんです。ひとつの空間、ひとつの時間をみんなで共有したくて。そろそろできるかな、と準備を始めました。僕の最終形態です。16メートルの1本のテーブルにみんなが座って食事をしてもらいます。僕もそのテーブルで料理を作って隣にはお客様が座っている。それでみんなでワイワイガチャガチャやっていこうぜ、って。絶対(ミシュランで)三ツ星とれないですよ(笑)

――いらないでしょ(笑)。

川手 やったら楽しいだろうな、ってずっと思っていたんだけどできなかったんですよ。日本人って、知らない人がテーブルの隣に座るのは苦手な意識があるじゃないですか。でもそれを店側がコントロールする仕組みさえできればやれるってことがわかったんです。グループのお客様はここに座ってもらって、ひとりで来られたお客様は僕の前に座ってもらえばいいや、とかね。

――すごく楽しそうです。料理人であることが幸せだと何度もおっしゃっていましたが、それがよくわかりました。川手さんの話を聞いて、料理人になりたいと思う若い人たちも増えると思います。

川手 今どきの若い子は……という人たちがいるけど、決してそんなことはないです。現代っこはすごく優秀だと思います。先日、あるイベントで高校生といろいろな話をしたんです。そうしたら環境問題の話になったとき、「国に嘆願書を出しましょう」って言うんですよ。びっくりしました。すごいな、と。彼らには希望しかないですよ。30年後はきっと彼らがいい方向に変えてくれると思います。我々大人は、彼らの希望をつなげるために、背丈にあった意識改革をしていけばいいのだと思います。ふつうの延長、それでいいんです。小さいけれど、それが大きな一歩であり、未来への最短距離だと思っています。

イカ

インタビュー・文/土田美登世

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