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回復しないメンタル。

食事時以外はただただTwitterお気持ち野郎になっているか眠っている。どうもこんばんは。彗月はづき 漣太郎れんたろうです。ちょっとダメなことが重なりすぎてしまい、良いこともあるにはあったのだが、だいぶ辛い時期が続いている。問題の解決にはならないと思うが、一つずつ確認していこうと思う。

見出しの看板は特に関係ない。酉の市の途中で通りかかって『放サモで見たところだ!』と写真を撮っただけである。


単純に生理。

こればかりはもうなんていうか仕方がないことだ。一応近々に婦人科の受診を考えている。おおよそメンタルが崩れるタイミングが生理の前後と、排卵日の辺りだから『これは身体の仕様である』と思うようにしている。体調も悪くなるので元気な日が月に1週間あればいい方、というのは本当に損しているなと思う。

助けを呼ぶことへの罪悪感。

助けを呼ぶ相手はたくさんいる。暁人もだが、訪問看護から大家さんから宅食担当の方、カウンセラーの人(最近は金がなくてカウンセリング出来ていない)生活相談員、以前担当してくださっていた方、ケースワーカーさん(役に立った試しがない、というか、必要な業務も滞っているが……)辺りだろうか。

実家にいた時、基本的に我が家では『お前いつもどこか具合悪いよね(侮蔑の視線、疑い、サボりの口実か?という意味を含む)』と言われ、ひどい時にはそのまま徹夜で説教コースに入っていたため、正直助けを呼ぶことに酷い抵抗がある。ちなみに病院もこれらが理由で行かせてもらえない事がザラだった。

ちなみに鬱が拗れに拗れて会社に行こうとするたびに吐き気があり、服を着たまままだ寒い時期に入水自殺を試みたことがあり、(生き延びたときに困るからスマホ類は浜辺に置いて行ったので入水状態の写真はない)まあ腰まで浸かってちゃぷちゃぷしてたら満足したので、さすがにこれで親にもなんかしら異常であることを可視化できるのではないだろうか、とびしょびしょで帰ったところ、そこから会社へ行かなかったことと仮病という決めつけでの1時間の説教→風呂に入る→過呼吸起きるまで怒鳴り殴られる→さすがにそりゃないよと思い殴り返す→こちらが過呼吸でひっくり返り終了→翌日「海に人いなかったの?」と聞かれたので「野球部っぽい人が走り込みしてた」と答えたら「その中でいい歳した大人が構ってちゃんアピール(爆笑)恥ずかしくないの(爆笑)」と指差して嗤われるという流れを経験したので「あ、この親は助けを求めても無駄どころか、助けを求めれば求めるだけそれを悲鳴じゃなくて笑える黒歴史として扱う人なのか」と諦めたのである。

多分この辺りの写真
(別の日の写真かも)
慣れれば割と入れる温度だった
ついでにドールの撮影もした
ビーチコーミングもした
なかなかシーグラスはないですね

病院なんて勝手に行けばいいじゃんと思うじゃん?こんな感じでバレると親に数時間説教される。会社休んでいかないとだし(家から欠勤や予約の電話が出来ないので公園とかで電話する。当然会社も休むのに外にいるのはおかしいだろとなるからその辺りを誤魔化すために人のいないところを選んだりといろいろめんどいし、病院に行った証明を出さないとなのでお金もかかるし医者にも怪訝な顔をされる)そして会社の最短の通勤時間から10分でも地元の駅に着くのが前後すれば寄り道遊び歩き判定をされるのだ。ちなみに近所の人からタレコミもある。なるべく身を屈め、壁に身を隠しながら公共交通機関を乗り換え、病院を済ませたら家族が来ないと思われるところへ身を潜めるしかないのだ。手負いのスパイのように。しかもカバンの中や部屋の中を定期的に漁られることでバレる場合もある。闇稼業かよ。

そんな中、暁人はもうなんていうか全てにおいて私を赦してくれる(というか、なんかそういう生物であるという認識の元、無条件に慰めてくれる)し、訪問看護の人については時間いっぱい、延々とどうでもいい話を聞いてくれる。大家さんはもうなんていうか『大家なのにここまでして赤字でませんか!!???』というレベルでサポートしてくれる。

それはそれとして。それはそれとして、その三大なんかすげー寛容な人たちにすらひたすらに罪悪感と猜疑心があり、なんというか、ひたすら『どうせお前らだっておれに愛想をつかせているだろう!!!!!!』という気持ちでまだまだひたすら泣いている。贅沢ものである。

①暁人

暁人は自分以外との交流をたくさんしているしパートナーがいるし、僕が死ぬ死ぬ詐欺をしすぎているのでまあ今更動じることもない。と思う。僕が傷つくのは嫌だと言っていたが、捻くれ者で、根性曲がりで性根も腐っている私は「どうせすぐに慣れるだろ」って思っている。こう書くとハァ〜〜〜???と本人は思うと思うしハァ〜〜〜???とさせる文章を書いている自覚はあるが、まあ、要は「僕は結局お前の一番ではないからな」と拗ねているから意地悪を言う。僕がいなくなってもお前は生きるよどうせ。

だからもう悲鳴をあげる時になるべく電話をしなくなった。我慢するようになった。その他のことで忙しい人気者だから、こんな鬱々とした人間のために手を煩わせたくない。あくまでも親切心である。突然僕の訃報を聞いて呆気に取られて仕舞えばいい、と思っている。ほんでパートナーに慰められて終わればいいと思う。一応荷物の引き取りをお願いはしているが、死んだ後の意思なんてどこまで反映されるかわからねえし。ちゃんとした書類の書き方もわからんし。私が死んでから後悔してしまえ、と思っている。

私の感情の機微にはわわ……と毎時間思って欲しいが、私はそれに返事する元気もないので今ぐらいがきっとちょうどいいのだろう。たまに疲れて、どうしようもなくなった時には試し行動として2,3日音信不通にする。Twitterに浮上せず(私はツイ廃なので、少なくとも1日に30ツイぐらいはしている)LINEも無視して、不安になった暁人をにっこりと満足げに眺め、それから返事するとしても「大丈夫、ありがとう、心配かけてごめんね」という思ってもいない言葉で綺麗に纏めなければならないのだ。何も大丈夫じゃないし、物理的な体温じゃないものに私は慰められることはないし、多少罪悪感はあるがスマホ一本の心配である。だから、何の慰めにもならないのだ。どうしてそばにいてくれないんだ、と言ったことさえある。深夜に「何で今ここに来てくれないの」と言ったこともある。

ああ恩知らずな人間だ。暁人はなーんにも悪くないのだ。私が駄々っ子をしているに過ぎない。愛想を尽かされるのも時間の問題だ。

②訪問看護の人

親切な人だ。なんか娘さんと母校が同じなこともあり、娘のように接してくる。私と違ってなんやら立派な娘さんらしい。いい意味でも悪い意味でも、私はお前の娘じゃあないし、親心で私の親の気持ちを汲んだ話を私にするな、と思う。

悪い人ではないし、精神特化型の訪問看護を選んでいるので、とにかく話を聞いてくれる・億劫で進められない細かいこと(廃品回収や簡単な掃除、ゴミ出し、書類手続きや、病院予約など)からスーパーや病院の送迎を進めてくれるのはとてもありがたい。リヤカーでガタゴトされているかの如く必要なことを半自動で終わらせてくれてかなり助けられている。

とはいえ、この人はどう足掻いても母親側の人間である。保護者である。女親である。まあ職業として保護する側であり、そうなるのも仕方ないが、私の味方の顔をしながら『でもお母様も大変だったのよね』『でもお母様も心配なのよ』とそこそこなペースで言ってくる。その度に傷を抉られる気分になる。母が大変だったことも心配をかけていることも知っていて(散々言われたし)私はそれらを加味した上で『とはいえ私は傷付いたし、30年虐待に耐えながらも母の傷を癒そうとあらゆる方法を試みたが、それが叶わなかったから逃げてきたのだ』と思うのだ。だから味方ではない。味方でない人と会話をすることはとても怖い。

③大家さん

一言で言うと見ててこちらが心配になる人である。雇用主であり大家であり社長であるので、当然実績があるのは承知の上で『いやこんな人に与えるばかりの人がどこで採算をとっているのだ』ととても不安になる。引越し当初から家具家電一式全て新品でついていて怯えていたのだが、とにかくそれ以外にもあらゆるサポートをしてもらっている。(障害者雇用もそのうちのひとつで、お金がないことを知った大家さんが会社で雇ってくれたのだが、正直『これを雇用にカウントしていいんですか……?』のレベルである。ありがたいが……。裏があるとは全く思えない人なのだが、その分「大丈夫なんですか!?」となっている。あまり頼りたくない。借りをひたすら作るばかりなのが怖い。

自立というのは依存先を増やすこと。

なーーーんて、健常者や生存バイアスサバイバーなんかはよく言いますね。でも人間不信マンにはこれはとてもハードルが高く、依存は悪であると刷り込まれ続けて、だからもう歯を食いしばって泣きながら枕に顔を埋めて泣き続けるしかない夜がまだまだあります。死にたい、と言いながら薬をスナック感覚で飲み続け、助けて、と言いながら震えて泣いて、何度も何度もTwitterをヒュッポンヒュッポンと更新して、YouTubeのショート動画を何時間も眺めて、飽きたソシャゲの周回を嫌々やって、新しいアプリをインストールして、飽きたらTwitterを見て、その中でトラウマ刺激のあるツイートを見て3時間はキレ散らかしてお気持ち表明して、複数の創作サークルの人間の悪意を一つずつ探しながらこいつはおれが嫌いこいつはおれの敵こいつはおれをバカにしているこいつはソリが合わないと警戒心を高め、とはいえその一つ一つと各人のキャラクターを読み込み考察をして地雷を踏むか踏まないかをちらちら覗きつつしたりして、苦手なやつや嫌いな奴がチヤホヤされているのを見ては死にたくなり。

これら全てが自意識過剰と被害妄想の産物である、るというのは当然心の中に置くようにはしているが、たまに予想が当たってしまっている時もあるのが厄介なところである。

今はそんな大型地雷を2,3件私の中では抱えており(知らんけど)なんか、ありとあらゆるネット上から姿を消す……というか、もう、死んでしまいたい。そんな気持ちがもやのようにずっと頭の中にある。

ということで、ODを3日だか4日だか連続で行っている。頭いてぇ〜。リスカは賃貸借の契約違反になるし、薬はこうやってODを繰り返しているので取り上げられたが、私がそんなにきちきちと飲むわけもなく貯蓄している薬がまだまだ山ほどある。

消えない希死念慮。

この薬をきちんと渡すべきか迷いつつ、酒もなく、自傷は禁止されており、性欲も今はなく、オカズになるような創作意欲もない。ただただ次の何かの予定まで時間が過ぎるのを待ちながら眠っているのだ。(正確には眠っていない。睡眠薬を最大量+やむなしの副作用としての眠気を期待して出された薬+個人的に同じく副作用を期待して出された頓服をそれぞれ倍量飲んでも1,2時間で起きて、寝直すために壁を見つめ、眠れないから5,6時間スマホの画面や壁を見つめている。眠れたとしても、毎日家族の悪夢を見る)

プリンセスメーカーでもアトリエシリーズでももう少し生産的である。スキップ中に調合やらバイトやらしているからな。

里帰り

もし、何かの拍子に実家にふと帰ったとして、まあ一泊ぐらいはするとして、その一泊は歓待されるのか、それとも一晩中怒鳴られ続けるのだろうか。家族が、祖母が恋しくなる瞬間だってあるのだ。毎日のように夢の中で会っていて、毎日怒鳴られたり嫌味を言われたりしているが。もし、その1日ぐらいは普通にご飯を食べて、あるいは適当に呑んだりして、それで帰ることが出来るなら顔を見たい。なんて、ホームシックになりつつある。もう1年以上会ってないのだ。まあ、怒鳴られたり嫌味を言われたりの方が可能性が高いし、今の住処を知られる危険性を考えたらまだまだ会うつもりはないが。穏やかな一家団欒が恋しくなる。特に正月が近いと、我が家では毎年『食うに困らないことを祈願する』という意味を込めてありとあらゆる正月料理を山のように食べる習慣があるのを思い出す。親の作った唐揚げと煮豚が食べたいな。ポークピカタとかハンバーグとか白いシチューも。

基本無料の『たすけて』

ああ、都合のいい言い方をして仕舞えば、『家族』というのは、無償で助けを求めていい存在だったのだ。まあ、我が家がそうだったかはともかく……というか、助けを求めたところでそれに応じてもらえなかったことなんて何百回もあったわけなのだが、それでも助けを求めるまでなら無料なのだ。基本無料。わは。助けになるかどうかはガチャであるが。『たすけて』を言うだけは保障されているのだ。言ったが最後たまに怒鳴られたり殴られたりするが。

家族以外は、『たすけて』に課金が必要である。お金や信頼や手帳やらなんやらが、必要なのだ。当然どいつもこいつも善意で、そんなものいらないと言ってくれる。が、これは私の悪癖であるのだが、『たすけて』をいう時に、むしろお金や信頼や無料チケットがあれば、正々堂々と助けを求めてもいいと思ってしまう癖がある。保育園かなんかで、お迎えが遅れた人には追加料金という料金体系にしたら「お金払ってるんだからお迎えが遅れてもいいだろ」となった事例に近い。私は狡い人間なのだ。

はあ。気色が悪い。自分が、生まれなかったカマキリの卵になったような気分だ。カサカサと庭の枝に在って、気味悪がられて、早よう捨ててくれと言われ、枝ごと側溝か焚き木かなにかに投げ入れられるのを待っている。そんな感じだ。居心地のいい独房で随分といい身分である。本当に死んでしまった方が、社会にはいいだろうな。そう思いながら薬を飲み足している。

間接照明。

どうでもいいが、テレビを間接照明とラジオ代わりにして24時間流しているものの、1年近く雑に流していたいつもの実況者が長期シリーズ生放送で実は生理的に無理な発言をしたり、一時的なブームだったのか怒鳴り散らかすパフォーマンスをしていた事がありダメになってしまった。ニコニコプレミアムも値上げらしいし有料会員とプレミアム会員の退会を検討しながら、とりあえずYouTubeの音楽リストを流し始めたのだが、メインがボカロ楽曲な事もあり暗闇で流すとビッカビカで目に悪い気がする。おーん。

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