見出し画像

EP.11 おじいちゃんとあんぱんと私の話

画像6

いつもお読み頂きありがとうございます。

 たまにはノスタルジーにふけってみます。と言うか、オフィス周辺を歩いていて思い出深い場所を通りました。現在は、変哲もない駐車場。昔、ここには、大臣から表彰される程の砥ぎ師職人さんの家がありました。私の訪問介護かけだしの頃のお客様とのエピソードです。


◆男性ヘルパー限定の介護依頼⁉

 私たちが起業当時、世相を逆手に男性ヘルパー事業所として活動していくことになりました。※このエピソードはこちらを確認ください。
訪問介護立ち上げ当初、利用者獲得に四苦八苦していたその時、数件ご依頼頂いていたケアマネさんから1本の電話が!

「いつもありがとう。今日はお願いがあって電話したのよ😉」
「実は、女性のヘルパーさんを嫌がる男性がいてね、日下部さん行ける?」

「はい、よろこんで!!!😆」
ひと昔前の居酒屋みたいですが、私たちにとってこの1件のお仕事が生命線。内容云々より、感謝の念をもって即答が習慣でした。

さて、ご依頼の内容は・・・、お一人暮らし、胃がんで胃を全摘出、尿意がない為、リハビリパンツを常用。そして、病気ではないらしいが、しゃべらない男性。排せつ介助、食事促し、買い物代行。

但し、男性ヘルパーさんだけで対応が条件。理由は、女性ヘルパーを嫌がってケアを受けないとのこと。周囲のヘルパー事業所は女性ヘルパーしかいなく困っていたそうでした。

介護かけだしの私にとって、胃の全摘出の方は未知の領域。そもそも、胃って全部取ったら食事どうするの?的な感じで不安いっぱいでしたが、それを悟られてしまっては本末転倒です。一応、事前情報を基にできる調べ物をして準備を行いました。

◆薄暗い6畳間と埃のにおいのする家

 会話ができないので、アポとりもしないでケアマネさん同行にて、Sさん宅を訪問。大通りから少し入った長屋が連なる古い住宅街の一角にその家はありました。
 古い木戸、木のフレームに1枚ガラスがはめ込まれた昔ながらの引き戸。中を覗くと砥石や包丁、ハサミなどが無造作に置かれているのが見えました。壁には、なんとか大臣賞と書かれた表彰状がいくつもかかっていました。それだけに、さびれた感じがより一層引き立ちます。
そして奥に薄暗い明り・・・。
 ケアマネさんに呼ばれて家を周り、玄関は別にありました。鍵もかかっていないようでノックして、挨拶。

画像2

カビと埃っぽいにおい・・・、空気が淀んでいるのがわかります。

 家の中は、和室の6畳間、板の間にこれまた昔ながらの流し台。
裸電球のオレンジ色の明かりが、もの悲しさをより演出していました。
中央にコタツ、そのわきに万年床の敷布団。

 ケアマネさんがお声をかけると、コタツからSさんが起き上がり、こちらを向きました。

なんとも生気のない顔・・・。肌着にズボン下、青い半纏を着ていました。
改めて挨拶するも、ほとんど反応なし・・・。大丈夫か?そう思いながら、ケアマネさんに促されて、重要事項説明と契約を済ませました。その後、ケア内容の確認を行い訪問日をお伝えしてその日は終了。

◆毎日一人で通った訪問介護

男性限定の依頼だったので、一先ず私ひとりでケアに入って様子をみることにしました。毎日夕方、ご訪問しケアに入ります。お風呂がなかったので、オムツ交換と全身清拭で清潔保持。お声かけをすれば、素直に衣服を脱いでくれたり抵抗する様子はありません。
 女性ヘルパーはNG、女性だとどんな反応するのか疑問に思いつつケアを進めます。ただ、ご本人様の表情は、冴えず相変わらず会話もなし。 

 食事は配食サービスを利用されていたのですが、あまり食べられている様子もない。背丈は昔の方にしては大柄ですが、やせ細っており力がでない感じでした。食事を促し、食器のかたずけや洗い物を実施。
買い物の依頼があれば、メモをしてくれているので確認して買い物代行。但し、必要最低限の日常品のみ・・・。
 コミュニケーションは、私からの一方通行・・・、反応がないのは、精神的にかなり厳しいと感じつつも、声掛けが基本の介護では、大事な仕事。

 ケア終了と共に記録を書いて退室です。「また明日きますね」と言って出ていく毎日です。日を重ねれば、こなれてくるの時間に余裕がでてきます。今は使われていない、お店エリアも探索し会話のネタを探しました。

 ケアマネさんから頂いた情報と家の中にある過去の痕跡からいろいろと想像し、話かけ続けました。

◆「あんぱんが食べたい」

ケアに入って2週間が過ぎる頃、いつものようにケアを行ってると、Sさんが、珍しくその場でメモを書いて渡してきました。チラシの裏紙メモ帳には

【あんぱんが食べたい】

そう書かれていました。おっ!?これは大きな変化。
「あんぱんが食べたいんですね!」聞き返すと、ゆっくりうなずいてくれました。

「買ってきます!!」

 とお伝えし、すぐにスーパーへ。途中で、胃を全摘出していて、あんぱん食べられるのだろうか?と思ったものご本人様の初の希望。これを聞かないわけにはいかない。あんぱん片手にSさん宅に戻りました。
 あんぱんをお渡しすると、

画像4

おもむろに袋をあけて、ゆっくり食べ始めたのです。
そしてうっすら笑顔に。

 流石に量は食べられないのか、3口程度で食事は終わりました。が、この一歩は大きな一歩でした。次からの訪問の度にSさんが微笑んでくれるようになったのです。

このあんぱんの一件をケアマネさんに報告すると、驚いてました。
「胃を全摘出しているから消化の良い配食サービスにしていたのだけど、それがよくなかったのかしら、これからも本人の希望があれば聞いてあげてね」
定期的にSさんからあんぱんのリクエストがあり、気が付くと1個まるまる食べられるようになっていました。そして、大きな変化ではありませんが、少しずつご自身で動かれるようになっていったのです。相変わらず、会話はありませんでしたが、表情がでるようになり顔色もよくなったように思います。

 この時、改めて自分の希望する食事を食べることが活動意欲につながるのだと認識しました。利用していた配食サービスは、安価で栄養バランスの取れた食事でありながらメニューは決まってしまっていてもちろん本人のリクエストとはいきません。また、消化の良い形態の注文だったことも、楽しみを奪う結果につながっていました。
 栄養の摂取だけでなく、食事のたのしみ、好きなものを食べられることの幸せを大事にし、その後のお客様とのコミュニケーションの土台になっています。

 Sさんは残念ながら一月後に肺炎で入院し亡くなられたとケアマネさんから連絡を頂きました。Sさんが亡くなられて少しして、事業所に弟さんから郵便物が届き、中身は裁ちバサミと包丁に感謝の手紙が添えられていました。短期間ではありましたが、Sさんへの思いが胸にぐっとこみあげてくるものがあったのを今でも覚えています。

画像3

 Sさんが研いだハサミや包丁の切れ味は、言うまでもなく抜群。すごい職人だったのだと実感しました。私に大事なことを教えてくれたSさんに感謝です。

さぁ、今回のエピソードからどんなことを感じますか?

画像4
画像5



この記事が参加している募集

オープン社内報

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?