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老子流『世界制覇』する方法!

こんにちは、らるです。

今日は『老子』の中から
「世界を制覇する方法」を紹介します。

学問を修めていると、
その知識は一日一日とふえてくるが、
「道」を修めていると、
一日一日とその知識は減ってゆく。
減らしたうえにまた減らし、
どんどん減らしていって、
ついにはことさらなしわざのない
「無為」の立場にゆきつくと、
そのしわざのない「無為」のままでいて、
それですべてのことをりっぱに
なしとげるようになる。

世界を制覇するのは、
必ずかくべつな仕事をしないで、
あるがままにまかせていくことによってである。
もしかくべつな仕事を少しでもするようなら、
世界を制覇することはできない。

P153 

どうでしょう?

頭の中が???という感じに
なってきませんか?

学問を修めると
世界制覇から遠ざかっていく
のです。

「かくべつな仕事」をすると
世界制覇から遠ざかっていく
のです。

普通のイメージからすると
逆じゃないでしょうか?

上に行きたければ
勉強して格別なことを
これでもかといっぱいやって

そこにがついてきて
やっと上にいける…

その「上」の頂点が
「世界制覇」
なんじゃないか

そう思っている人が
多いんじゃないでしょうか?

どうも、老子の考える世界制覇は
意味が違う
ようです。

「世界制覇」の意味とは?

老子の生きた時代は
戦乱の時代でした。

だとすれば、世界制覇とは
戦乱の世を勝ち抜いて
トップに立つ…
というのが
世界制覇のような気がします。

ただ、老子は一貫して反戦思想なのです。

争うな
他人と比べるな

というメッセージが『老子』という
書物には溢れています。

すると、
世界制覇=戦乱の世で勝ちあがる
ではないはずです。

じゃあ「世界制覇」って何なの?

私は、ここでいう「世界」は
「自分から見た世界」ではないかと
思うのです。

要するに
「世界」を「制覇」する
というのは、

「自分が捉えている世界」を
「自分が満足する形」にする


という事ではないかと
思います。

「自分の満足」がゴールにある
考えたならば

学問=小手先の知識
が役に立たないことも

格別=普段の自分から離れた特別 
ではダメなことも


すんなり納得がいきます。

小手先のテクニックを全て捨て
なにも(自分にとって)特別なことをしないで
「自分自身の形そのもの」に
たどり着いたとき
「自分が捉えている世界」を
「制覇」したことになるのではないか

そう思うのです。

無為にたどり着け!

無為とは

自然にまかせて、人為を加えないこと。

特別なことをするな
自然に任せよ

ということです。

これが「世界制覇」への
唯一の道なのです。

老子が最も大切にしている「道」
「道」に沿った生き方というのが
「無為」の生き方なのです。

「道」は、雑に言ってしまえば
万物を生み出す根本的な自然法則…とでも
言うようなものです。

だから「道」に近づいた生き方が
できれば、あらゆることを
なしとげられるようになる
のです。

その「道」に近づく方法が
学=小手先の知識を捨て
自らの自然の姿に近づいていく

ということなのです。

まとめ

小手先の知識を捨てよ

無為になれ

自然のあるがままの
あなたに近づけば近づくほど

あなたの世界制覇は
近づいてくる

最後まで読んでいただき
ありがとうございました!

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