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むかしおわり語り

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里村で起こる盆の夜の出来事 言い伝えや信仰背景にあるもの
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「腹減り坂」

「腹減り坂」

ああ、まただ・・

さっきと同じ道を堂々巡りしている

幾度も幾度も長い坂を登ってきて

まあるくなった曲がり道の

林の中に滑り込む

きっと林の中の細い道なのだと心細く思ったが

藪から棒に、またあの長い坂の途中

ここは登っていて、ふいに足の力が入らなくなり、倒れて野垂れ死ぬ『腹減り坂』と呼ばれてきた

山の神とは言うが、餓鬼神や死神のような怪に取り憑かれて、命を奪われるのだ

事実ひだる神

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「見返り坂」

「見返り坂」

せっかくの嫁入りじゃったが

嫁入りの日が、その娘の命日になってしまってね

えらく難儀な峠道を渡って、何日もかけて

馬の両腹に嫁入り道具ぶら下げて・・

馬の背にまでくくりつけたのも、まずかったね

替えの馬まで用意出来なかったから

そりゃあ、何度も雨水に洗われて、カンカン照りのお日様に晒されて

カパカパに乾いた石ころだらけの砂と土

崖っぷちの下は最金川が流れてる

そりゃあ、見れば綺麗

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「ミナレヌモノ」

「ミナレヌモノ」

若い妻だったから、山の暮らしが耐えられなかったようだ
今日は長月(九月)の二十日目だ
今日までは厄日、明日明後日にも若い妻が戻らねば、この縁はひととせのものとしよう
迎えに行くには、ちと遠い女なのでな

この辺りでは刈上げ餅と言って、オレが稲刈り手伝いに行った田んぼの人が、餅をついて届けてくれた
それが十日前だ
この日は嫁いだ嫁が実家に帰っていい日になっていた
嫁の両親がいる人には、親の分だと二枚

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怪僧【行人塚】

怪僧【行人塚】

とある村を訪れる者がいる
『旅の修行中』
と言うことで、食べ物を所望した
「この辺りは、こんにゃく芋が産物と聞く。お恵み下され」
さて
村人たちは、『旅の修行中』とは言え、ひどく汚ならしい、ボロきれを引っ掛けただけのような男を不気味に思い
悪態をついて追い払った
村人ぐるみで邪険にするものだから
とうとう行者は怒り、呪いの言葉を口にした
「この先、この村でこんにゃく芋を作ってみよ。食べた者は全て死

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妖怪「豆もらい」

妖怪「豆もらい」

雨の日の夜中に、戸を叩くものがある
『とんとん』
布団の中でじっとしていると
『とんとん』
ごくり、唾を飲む
「とんとん。おっかやん、豆おくれ」
子どもの声?
いっそう、体が縮こまる
『とんとん』
「まーめおくれ」
しばらくすると
ぴたぴたと、来た道を戻って行く足音
戸を開けると、さらわれるとか食べられるとか
ITATIかMUJINAのお話

「人干し場」

「人干し場」

その道は
坂を下り上って下りてまっすぐ
左に入ってただただ寂しい道をゆくのだと
今はない寺の後ろから
年老いた母を捨てに行くのがおどごっ子(息子)の役目でさ
齢が六十になるとそうするんだって
今の世の六十歳
婆さんなんて呼んだらおっかない目で睨まれる
そもそも人を山に捨てに行ったら刑罰もんだ
なんでだかここの姥捨山だけ
『人干し場』って呼ぶんだと
まっすぐ通り越しても行こうかな、とは思わない
ただ

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「奈津の怪談」

「奈津の怪談」

奈津は子供の頃から、怪我や折檻されてもその痛みで泣いた覚えがあまりない
その痛みは頻度が多くて、我慢しているうちに痛みに強くなったのだろうか
むしろ恐怖のほうに泣いた
目を閉じて泣き叫んでも、瞼を閉じる前の大人たちの剣幕と形相と力で張り倒される恥ずかしさが、エスカレートしてどんどん恐ろしい怪物になる映像が頭に湧いてくる
けれどプツッ・・と画面が切れて、奈津はとぼとぼと歩き出す
小雨の中・・暗闇の中

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「とまりゃんせ」

「とまりゃんせ」

すり鉢のような山へは、下側から回り込むように道が開かれた

小さな頃は、丸い筒穴のような竹林をくぐり抜けて、とうりゃんせにいったような気がする

だけれど今日が七つのお祝いで、行ってみたら暗くて、両端はどうも田んぼのあぜのよう

昼間はここはこうだったかしら

あの下の鳥居から赤銅色の顔の人、柿しぶ色の着物着て歩いてきたの、覚えてる

すれ違ったっけ

ううん、追い抜いたんだっけ

「あれ」

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「沼微笑」

「沼微笑」

霧か・・?

ふと見やった窓の外

真っ白で夜のとばりも見えない

「もやですよ」

「霧じゃないのか」

「もやですよ。大きな沼が近いから」

沼が近い・・と言っても三十キロは離れているだろう?

ここまで風に乗って来るのか?

まあ、いい

ビルの五階

風はあるのかないのかも見えない

今日は少し疲れたな・・

そこには鷺がいるような気がした

沼のへり
沼の表面を覆うように
白いもやが流れ

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「曇り鐘ヶ淵」

「曇り鐘ヶ淵」

そこは空の上なのか

水上なのかわからない

どこまでも水色の景色が上下に続く

白地に太縞の黒い着物

黒い帯

白い布傘

ゆるいパーマネントのかかるまとめ髪

湖上の空に立つ人は

誰を待つのか

******

マロニエの並木通りを通り越して、史朗はあるベーカリーのモーニングを取った
ふだんは頼まないウィンナーロール
正解だと思った
油分は確かに多い
フカフカのパンは指でつまんだだけでも、

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盆の夜「くちきぎ」

盆の夜「くちきぎ」

『お提灯代だよ・・』

黒い着物の着流しの
たもとを長くした不思議な男の人だった
両の手元を長い袖中に隠して、犬がお手をするような姿勢で、私の手の平を開かせた

『あたしはホオズキをひとつ、貰って行くからねぇ』

六連続きの鬼灯をヒョイッとつまみ取ると、その人はたもとをヒラヒラとさせて、大通りに出て行った
暗かったけれど、覗いていたら
角の通りのところを右に曲がるのだった
そっちは杉の木があるのだ

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村盆の夜ー前夜「ぬひ」

村盆の夜ー前夜「ぬひ」

よくある古銭ーだった
宅地の庭や畑からなど出土する確率が高く、なおかつ価値の低い古銭
六文銭やらとかいうのか、あの真ん中に穴の開いた丸い、昔の金である

うちの外で飼っている犬ーチビが掘り出したものである
チビは俺の大半の印象では大人しい犬
産まれた時から活発ではあったらしいが、それは仔犬ならではだ
産まれたばかりで貰われて来てすぐ、とても小さかったので哺乳瓶でミルクを与えられて育った
俺が赤いリ

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村盆の夜ー前夜「くろうじ」

村盆の夜ー前夜「くろうじ」

村社の石碑の門から一本道
川沿い
左のまっすぐな野道は村社
真ん中のくねり道は裏山と一軒家
右の畦道は竹山と沢の主の道

真ん中のくねり道の草むらに
芋のつると小さな丸い実を見つけた
むかごだ
自然薯が埋まっていると踏んで
道具を取りに戻った

そもそもが家の門場から、村社の門をくぐって来ないから
あんなことになるのだろう

草とゴミとつるをより分け、はじめ片ヒザから土を掻き始め、徐々に寝転がるよ

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「匂いたつ夕暮れ」

「匂いたつ夕暮れ」

わたしは昔、その場所に提灯職人の店があったことを思い出して、少し先まで足を伸ばしてみた
雨の日はどうしていたか記憶にはなかったが、いつも店の軒先に、家紋らしき文様が描かれた長い提灯がぶら下がっていた
仏具を売る店はいくつか他所にもあったが、実際提灯を作り続けている店はそこだけだと、幼いわたしにもわかっていた

「ほ、まだある。跡継ぎがいたのか」

わたしは日本の伝統が受け継がれていたことに、感動を

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