7月に1週間ほど、お寺に滞在させていただいた時の記録です。

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お寺のお風呂に入ったら、シャンプーしか置いてなかった。
その時に思ったのは「リンス欲しいな」じゃなくて「髪、剃るか」だった。

もちろん一瞬よぎったその選択肢は一瞬後にはすぐ掻き消えたけど、そんなことを考えた時点で「ああ、私はこの場所に徐々に順応しつつあるな」と思った。

このお寺に住まう人の約半分は髪がない。ここに住まう人たちがどんな気持ちで、どんな覚悟を持って髪を剃っているか、まだ私には分からないところも多いけど、それとは別に、「あ、髪がないのも素敵だな」と、ふと思ってしまう瞬間がある。

実際、髪は邪魔だ。このお寺では何度となくお辞儀をする機会があるが（しかも普通のお辞儀でなく頭が床に着きそうなほど深く下げるお辞儀だ）、お辞儀を終えて顔を起こすたびに横髪が顔の前におりてきて、それを払い除けるのが面倒だ。

私は髪を長く伸ばしているというほど伸ばしていないし、ボブなのだが、そもそもなんで髪を生やしているんだろう？　ドライヤーも嫌いだし、美容院代もかかるし……

などと、風呂場でややキシキシする髪をゆすぎながら考えこんでしまった。

こういうことが、このお寺ではよく起こる。

自然に囲まれた場所に立つこのお寺には、虫が沢山入ってくる。どれくらい沢山入ってくるかというと、夜、廊下の電気を点けておくと、網戸が昆虫標本コレクション状態になる。当然、うっかり網戸が開いているととんでもないことになる。

都会に住む私は、虫は不慣れだし嫌いだ。はじめは、網戸に貼りつく蛾の見たくもない腹を見せられてウンザリしていたのだが、二日目くらいからはそれが当たり前になり、そしてある時、スコンと腑に落ちた。

「虫が入ってくるんじゃない、虫たちは好きに生きてるだけだ。勝手に家を建ててここに住まわせてもらっているのは私達だ「入ってくる」のは私達だ」と。

自然あふれるこの場所に、勝手に小さな仕切りを立てて、「この中に入って来るな」とふんぞり返る方がおかしな話なのだ。

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私は今まで、人生の限られた時間の中に出来るだけたくさんのワクワクするイベントを詰め込みたいと思って生きてきた。
お寺に来た時も、「午前は作務、午後は芸術活動かあ！」「次は何する？　明日は何する？」といつもわくわくしていたのだが、どうもこのお寺の人たちはあまり「次」とか「明日」とか考えていない気がする。

いつも、朝ご飯の後に、のんびりコーヒーを飲みながら「今日何する？」と話し合う。
その日にはその日のことしか考えないのだ。

私は、限られた時間の中でできるだけたくさんのワクワクすることをやるために、効率よく立ち回れる方法を考えるのが好きだ。いつぞやに読んだ本のすすめに従い「死ぬまでにやりたいことリスト100」を作って、いや80個くらいしかできなかったけど、「どうやったら、死ぬまでにこの80個を全部達成できるんだろう……人生短すぎる」と途方にくれたりもした。

でも、このお寺に来た初日に、「いろいろ手を出してみても、一番大事なことの周りをぐるぐる回ってるだけで、たどり着けないよ」と言われた。

グサリときた。

本当は、死ぬまでにやりたいことなんて80個もない。本当にやりたいことなんて、一つか二つくらいしか無いんじゃないか。80個のうちの78個は、嘘か、あるいは本当にやりたいことの言い換えとかバリエーションに過ぎないんじゃないか。

このお寺に住まう人は、「生きる」ことしかしていない。畑を広げようとか、たくさん収穫しようとか、畑仕事を手早く済ませて別なことをしよう、とか思っていない、

けど、ひとつひとつの野菜がひたすらおいしい。

私は、ひとつのことにはまだ決められない。決めたらお寺に住まうとおもうし、和尚さんにも「一年くらいここにいたらだいぶ変わる、今悩んでることもだいぶよくなる」といわれた。でも、ただ生きるためだけに一年を投ずる覚悟もまだできない。

もう少しだけ、78個にかまける時間が要るけど、人生のどこかでちゃんと「生き」たい。

渋澤怜（＠RayShibusawa）

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