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29,000mの先に見つけた「REAR PROJECT」の現在地

  新年明けましておめでとう御座います。昨年は様々な環境の変化があり…という書き出しの文章にはもう飽きている事かと思いますので、昨日決行しました「僕たちは温泉に入りたい2022」について書いていく事にします。概要をサクッとご説明しますと、「夜な夜な男二人が63km歩いて温泉を目指す」という企画を決行したんです。(道中メッセージをたくさん頂きました。ありがとう御座います。)結果、「30km目前で、タクシー呼んで、ルートインで一泊」という企画にすり替わり、一般的に「失敗」に終わった訳なんですが、このまま終わらせたんじゃ、傷だらけになった僕の下半身の筋繊維たちが浮かばれませんから、総歩行距離29,000m。時間にして10時間39分から得られたモノについて書いていきます。


29,000mの先に見つけた「REAR PROJECT」の現在地

 13:30に相模湖駅を意気揚々と出発し、大月市内で凍えながら「中止」を決断するまでの道のりで、「人が想いを実現するまでの過程」を見ました。僕は2013年の大晦日に不純な動機でゴミ拾いを始めた事をきっかけに、社会課題に対し、「この課題を解決する事を、自分の人生の軸に置こう。」と思い立ち、20代の前半は「ポイ捨て問題」の解決を命題に各所で自主企画のトークイベントを開催したり、クラウドファウンディングで協力者を募り、渋谷に音楽アーティストと協働で作成したポスターを掲示したり、音楽作成を行なったりしていました。その後僕は、会社員として「人の下で結果を出す事」を目標に「社会」を学び、現在は「地球温暖化 × 消費」というテーマで「REAR」というサービスを作成しています。この「REAR」は今年の夏頃には皆さんが使用して頂ける形までする予定なのですが、この企画が始まったのは、2020年9月。1年以上かけて、REAR PROJECTとして表現したいモノの輪郭が見えてきていて、まさに、この「サービスを作る=自分の想いを実現させる事」と、「63km先の温泉に向かうという挑戦」が僕の中で重なって見えたんです。

最初はなんでも楽しい。

 相模湖駅を出発した直後は会話も弾みますし、空は快晴。ルートから外れてまで、晴天に輝く山々にシャッターを切る余裕さえあるくらいでした。僕の膝小僧たちも、我先にと一等賞を競い合い、足取りは軽い。まだ30分も歩いていないのに、「こんなに歩いた後の温泉は気持ちいいんだろうな〜」なんて、脳内タイムスリップまで繰り出す始末。
 REAR PROJECTとして社会課題のアイデア出す時も実は似ていて、チーム内でも僕はアイデア出しをする事が割と多い立場である事もありますが、一度湧き出たアイデアは収集がつかない程溢れ続け、部屋の一室に置かれたホワイトボードに埋まるアイデアを眺め酔いしれる訳です。ただし、これは決して悪いことではなくて、むしろこれはREAR PROJECTの強みであると思っていますが、これだけでは、僕らが作りたい「解決策」にはなり得ない訳です。もちろん、温泉にも到着しません。問題はここから。

「空っぽ」の先で、決断ができるか。

 相模湖を出発して、20kmを過ぎたあたりであたりは暗くなり、自分の体の異変に気づき始める。さっきまで一等賞を奪い合っていた膝小僧たちから、熱意が感じられなくなっているのです。さっきまでの勢いはどこに行ったのか、次第に男たちの口数も減っていく。都会ではなかなか見れない満天の星空を見て、一時は感動するも、足の痛みがすぐに見上げる顔を下げさせる。進みたくても進めない。そんな時間が1時間、2時間と過ぎていく。
 サービスを作っていく中でも、このような状態は訪れる。チームメンバーは皆ふざけた人間ばかりなので、困難を面白がって向き合える体質を持っていると思いますが、それでもなかなか前に進めずにヤキモキする時もあります。この「行き止まり」に対し、「どう乗り越えるのか」と探究し続けるのか、または一度来た道を戻ってでも別のルートを探すのかの「決断」をしなければなりません。足取りが重くても、口数が減っていても、いずれにしても「決断」をしなければならないのです。
 自分の中から全てを吐き出した「空っぽ」の先で、「決断ができるか」が重要なのです。

「決断」の先に何を見出すのか

 今回僕らは、30kmを目前に「中止」の決断を下しました。それは両足が言う事を聞かなくなり、体の内側からくる寒さによる震えを自制できなくなった頃に辿り着いたファミリーマートでの出来事でした。地図を持つ相方から「ここのコンビニを逃せば、2時間またはこのペースだと3時間は何もない道を歩き続ける事になります」と言われ、お互いのコンディションから「中止」を決意。タクシーを呼び、ビジネスホテルでボロボロになった体を休める事になったのです。
 「REAR」も同様に、サービスの開発に入ってから大きな変更を2回しています。今の輪郭になるまでに、全く違うサービスを作り、2度そのアイデアを捨てて、今現在の輪郭になりました。
 これらを、実際に矢面に立っていない人間は簡単に「逃げ」と呼ぶでしょう。ただ僕は、その道を歩いた人間の決断に「逃げ」と言う名前をつける権利は、当事者以外持っていないと思いますし、大切なのは、当事者がその決断の先に何を見出すのかが重要だと思います。今回の「中止」の先に何を見出すかが大切なのです。

 ここまで長々と書いてきて、特別な事は書いていないけど、僕は確実に自己啓発本やyoutubeからではなく、自分の足でこの学びに行きついている。29,000mで行き止まりを見つけたREAR PROJECTは、現在地を知った。「あんな時代もあったな」ではなく、「あの時代が、今の自分を作っている」と感じられるように、膝小僧の競い合いを再開しよう。(今日は体がとんでもない事になっているので、明日から。)


「最後まで読んでくれた」その事実だけで十分です。 また、是非覗きに来てくださいね。 ありがとうございます。