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【感想文】小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』

✒️あらすじ

「大きくなること、それは悲劇である」。
少年は唇を閉じて生まれた。手術で口を開き、唇に脛の皮膚を移植したせいで、唇に産毛が生える。そのコンプレックスから少年は寡黙で孤独であった。少年が好きだったデパートの屋上の象は、成長したため屋上から降りられぬまま生を終える。廃バスの中で猫を抱いて暮らす肥満の男から少年はチェスを習うが、その男は死ぬまでバスから出られなかった。
成長を恐れた少年は、十一歳の身体のまま成長を止め、チェス台の下に潜み、からくり人形「リトル・アリョーヒン」を操りチェスを指すようになる。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、いつしか「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出す。静謐にして美しい、小川ワールドの到達点を示す傑作。

小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』裏表紙より

✒️感想

2023年1月10日 読了
★★★★★

 全文が詩なのではないかと思ってしまうほど、どこを読んでも美しい文が綴られています。登場人物はどれも個性的で、想像が膨らみます。
 小川さんならではの細やかな情景描写と、心動かす場面転換は読み応えがありました。

✒️こんな人におすすめ

 まず、チェスが物語の大きなテーマとなっていますが、チェスのルールが全く分からなくても問題なく読むことができます。私もチェスのことは何も知りませんでしたが、小川洋子さんの手にかかれば主人公のチェスの才能の素晴らしさは十分わかります。それも、陳腐なルール説明は一切無し。それで読者にチェスを感じさせてしまうところがこの作品の素晴らしいところです。

✒️呉海の付箋

 これが、少年とチェスとの出会いだった。男はチェス連盟からマスターの称号を与えられているわけでも、国際トーナメントで活躍したわけでもない。ただの平凡なチェス指しだが、チェスとは何かという本質的な真理を心でつかみ取っているプレイヤーだった。キングを追い詰めるための最善の道筋をたどれる者が、同時にその道筋が描く軌跡の美しさを、正しく味わっているとは限らない。駒の動きに隠された暗号から、バイオリンの音色を聴き取り、虹の配色を見出し、どんな天才も言葉にできなかった哲学を読み取る能力は、ゲームに勝つための能力とはまた別物である。そして男にはそれがあった。一回戦であっさり敗退しながら、ライバルたちが指す一手一手の中に一瞬の光を発見し、試合会場の片隅にたたずんで誰よりも深く心打たれている、そんなプレーヤーだった。

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