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【エッセイ】解散している家族たち

 結婚3年目を迎えた娘夫婦が、休日には時々デートをするという平和的な別居生活に入ったと聞き、思い出した小説がある。
 平成元年、もう34年も前の作品。
 糸井重里さんの『家族解散』。
 タイトルが衝撃的だったけど、内容も笑劇的で、それでいて少し切なくて、少しだけ身につまされた。
 コピーライターというのが華やかな職業として脚光を浴びていた時代、その先駆者の糸井重里さんが紡ぐ言葉って、すごくラフに生活に入り込んできたものだった。
 糸井重里さんの言葉は、自分の中の真実にちょっとだけ触れていなくなっちゃうみたいな、軽快でありながら、ちょっとドキッとする感じが、自分の中のM心をくすぐっていたなぁ〜と懐かしく思った。

 終の住処と決めた家に引越す時に、部屋に溢れかえっていた本の殆どを処分した。
 残すのは、畳一畳分くらいの本棚に収まる分だけと決めた。
 残した単行本は、三島由紀夫、夏目漱石、シェイクスピア全集という古典と、若い頃によくわからないけどカッコイイと思って揃えた澁澤龍彥、影響をいっぱい受けた橋本治と河合隼雄。
 あとは私が好きな近代史もので、その他残した何十冊かの文庫本は、何度も読み返してボロボロになっている大好きなものばかりだ。
 その中に『家族解散』はあった。
 久しぶりに取り出して、黄ばんだページをめくってみると、懐かしさと共に、「いくら時代が変わっても家族はやっぱり難しい」という思いが巡る。

 『家族解散』は、「ちゃぶ台の来た日」という家族団欒の象徴である道具が家に出現してから始まり、「家族旅行」で終わる。
 本のタイトルを見なかったら、昭和の古き良き家族の物語のような気がしてしまう。
 でも4人家族の小倉さん家は、4人揃っての家族旅行の中で「家族解散」という言葉に酔っている。「家族解散」っていうのが、どういう意味を持つのかもわからないまま。
 長女の明子さんは「なんで家族なんてつくったのかしらね。パパとママが出会ったから?」と、トゲトゲしく言う。
 それに対して父は「昔のことだから、よくわからない」などと、記憶喪失みたいな返答をする。
 長年「家族」を表面上はつつがなくやってきたのに。
 そして今は「家族解散」に何か希望のようなものを感じている。
 そのくせ「最後に頼れるのは家族だ」と言ったり、「家族は他人のはじまりだ」とか言ったりする。
 なんのこっちゃ?だけど、きっと「家族」ってそんなもんなんだろう。

 うちも、両親が亡くなってから実の兄とも疎遠だし、親戚付き合いもしていないし、私ら夫婦も娘夫婦も、娘の夫の実家も、ぜーんぶ解散して個々で暮らしている。
 今の家のお隣さんも、中年夫婦だと思いきや事実婚で、しかも週末だけ一緒なのだそう。
 今の日本の世帯も単身世帯が一番多いのだそうだ。
 子供が独立して配偶者と死別した高齢者の方々が最も多いそうで、65歳以上男性の8人に1人、65歳以上女性の5人に1人が一人暮らしだそうだ。
 でも、それよりも早い段階で単身を選ぶ人が増えていて、いずれソロ社会を迎えるなんて事も言われたりしている。
 そんなソロ社会に、行政や社会のルールがついてこられるかはわからないけど、意味なく「家族」に固執するのは、もう違うのかもしれない。

 「家族解散」って、「いつでも元に戻れる」という期待も含んでいるし、「もう関係ない」という断絶も含んでいるようで、少しの自由と、少しの希望と、そして少しの切なさを感じる言葉だな。

 最後に、この小説の中で、私が最も好きな章をご紹介します。
 それは「寒い夕暮れというのは」という章。
 『寒い。
 寒い夕暮れというのは、街を歩く人の顔がみんな似て見えるものだ。(中略)
 たぶんそれぞれが別の事を考えているつもりでいながら、実はひとつの同じこと「寒い」について思っているからではないだろうか』
 『たぶん夕暮れの他人たちはそれぞれどこかに帰ろうとしているのだ。帰るということは、どうやら大変に重要なことなのだ」

 この章を読むと、頭の中に、♪帰りたい 帰りたい あったかい我が家が待っている♪というセキスイハイムのCMソングが流れる。
 「帰りたくなるようなあったかい我が家」
 あんなに幸せそうで物悲しいCMはないな…と私は思う。
 実家の両親は一生懸命に家族団欒を作ってくれたけど、ボロ屋で寒かったし、結婚して作った家は綺麗で暖かかったけど、心が寒かったし…。
 でも、あのCMのような家族、家を、羨ましいと思ったことはない。
 冬の寒い風から身体を守ろうとするように、自分の心を揺さぶるであろうことからは、身をすくめて避ける習慣ができている。 

 人を羨む行為が、一番自分を傷つけることだから。
 では、また。

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