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冬眠していた春の夢 第30話 おかえりなさい

 11月3日、気持ち良く晴れ渡った文化の日、あの白い鳥居から3人は出てきた。
 まるで、あの頃の3人の少年が、成長して戻ってきたみたいだった。
 嗚咽が止まらないリョータさんの肩を抱いた橋本さんも涙を流していた。
 「お兄ちゃん!」
 仁美が賢吾さんの元へ駆け寄ると、賢吾さんは大きく頷いた。

 すぐに両親に伝えて、警察に連絡をしてもらった。
 そして掘り起こされた骨は鑑定に送られた。
 10年も経っているために、衣類や持ち物は見つけられず、法医学的に鑑定するしかなかったけれど、大きさから見て小学生くらいの子供という事なので、たぶん間違いないだろうとは思われた。

 それからひと月経って、ようやく兄は家に帰ってきた。
 「おかえり春馬」
 「…おかえりなさい…春馬」
 「おかえりなさい…お兄ちゃん…」
 小さな骨壷を抱いて、父も母も、ずっとずっと泣いていた。

 そして、母の心の準備が整った週末に、兄の葬儀が執り行われた。

 「10年という長い年月、独りぼっちで孤独だったと思われるでしょうか?」
 お経を唱え終わった後、御住職が振り返って私たちに語りかけた。

 「亡くなった方の魂は、肉体に執着しません。それよりも、自分を愛してくれた人たちへの執着が残ることはあります。
 だから春馬くんは孤独を感じるよりも、ご家族やご親族、そしてご友人の方々の心配の方が辛かったことと思います。
 春馬くんを、心配の念から解放して差し上げましょう。
 『おかえりなさい』という言葉は、迎える言葉でもありますが、あの世へ『お帰りなさい』という見送りの言葉でもあります。
 ふたつの意味を込めて、春馬くんを迎え入れ、そして見送って差し上げましょう。亡くなった方を、亡くなったと認めてちゃんと送り出し、そして亡くなった方を敬いながら生きていくという事が、のこされた者の心を穏やかにさせてくれます」
 そんな言葉が、胸に沁みた。

 兄のお骨は祖父母の眠るお墓に納められ、墓石にもその名前が刻まれていた。
 葬儀に参列した名古屋の叔父は、祖父母の一周忌の時から、まだ2ヶ月ちょっとしか経っていないのに、だいぶ痩せて、ひとまわりくらい小さくなっていった。
 そして墓前で跪き、小さくなった背中を震わせて、いつまでもいつまでも泣いていた。

 橋本さんとリョータさんも泣いていたけれど、どこかスッキリとした表情をしていた。
 頭ではそうとは思っていても、10年経っても『認定死亡』の届けを出せずにいた両親も、ようやく事実として認められたようで、悲しみの中にも、確かな安堵が見てとれた。
 悲しみは同じでも、その死をきちんと認める事ができるのって、とても大切な事なのだと、改めて思った。


 そして、お葬式の次の週はクリスマスだった。
 私の家に、橋本さん、リョータさん、それに仁美と賢吾さんが集まってくれた。
 母の部屋にあった兄の写真が沢山リビングに飾られて、兄の思い出話で盛り上がった。
 橋本さんとリョータさんが、たくさんたくさん兄の話しをしてくれた。
 兄はとてもヤンチャでひょうきん者だったようで、笑いが絶えなかった。
 この家に、こんなに笑い声が溢れているのは、初めての事だった。
 亡くなった者を亡くなったと認めて、その思い出を大切にして生きてゆく。
 そんな温かい想いに包まれた、聖なる夜だった。


 最終話に続く。

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